反ESGの波及、米国社会の分断と2024年大統領選挙への影響は?

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 反ESGの動きとは
    1-1.米国で広がる反ESGの動き
    1-2.反ESG運動の主な主張
  2. 反ESG運動勃発の背景
    2-1.石油・天然ガス産業の保護
    2-2.化石燃料の高騰
    2-3.米国社会の分断現象
  3. 反ESG運動の現状
    3-1.「反ESG法」の成立
    3-2.企業ESGの採点中止
    3-3.ESGファンドの相次ぐ閉鎖
    3-4.国際的な枠組みからの脱退
  4. 今後の展開
    4-1.米大統領選に向けた動き
  5. まとめ

「ESG(環境・社会・企業統治)」とは、投資や融資において重要視される概念です。これは環境保護、社会的責任、良好な企業統治を重んじるもので、最近では特にその重要性が認識されています。

しかし、2022年頃から特に米国を中心に、ESG投資に対する反対の動きが強まっています。これは政治的な要因も影響しており、2024年の大統領選を控え、共和党や保守系シンクタンクが反ESG運動を推進しています。世界最大の資産運用会社である「米ブラックロック」も複数のESGファンドを閉鎖するなど、その影響は大きいです。

そこで今回は、現在活発化している反ESGの動きとその理由となる背景について、詳しく解説していきます。

①反ESGの動きとは

1-1.米国で広がる反ESGの動き

環境問題や社会問題への取り組みを重視する「ESG」の概念は、日本でも投資や企業の経営方針において広く取り入れられていますが、その一方で米国では、激化する党派対立の火種となっています。脱炭素や多様性の動きに反対する「反ESG」の動きが保守派の野党・共和党の新たな旗印となっており、来年の2024年に控えた大統領選においても、主要な争点の一つになると見られています。

2023年4月25日時点で、米国の9州ではESGに関心の高い企業との取引を阻止する「反ESG法」が可決されました。この法律では、化石燃料や銃器産業など、ESG基準に基づく企業との取引が制限されています。その内容としては、化石燃料や銃器産業など、ESGに関する方針を持つ企業、年金基金、保険会社や資産運用会社と各州が取り交わす契約や取引は特定の企業への「不当なボイコット」であるとみなされ、認められないというものです。そして、法案が可決された州では、年金基金が大手金融機関から資金を引き上げるなどの事態となりました。

このように、元々はESGをリードしていた米国ですが、ここ最近は反ESGの動きが特に顕著となっており、各方面から関心が集まっています。

反ESG運動の主な主張

反ESG運動の主な主張は、以下の3点です。

  • 資産運用会社によるESG要素を考慮した投資や議決権行使の禁止や制限。
  • 化石燃料産業へのボイコットを行う金融機関に対する投資や契約締結の禁止。
  • 脱炭素化を目指す金融機関連携に対する反トラスト法(独占禁止法)違反の懸念提起。

2.反ESG運動勃発の背景

2-1.石油・天然ガス産業の保護

反ESG運動勃発の背景の一つとして挙げられるのが、石油・天然ガス産業の保護です。近年、カーボンニュートラルを目指す動きが強まり、特に脱化石燃料に注目が集まっています。これにより、化石燃料産業に対する圧力が高まっているのです。

具体的には、人類が石炭や石油などの化石燃料を大量に燃やすことで、二酸化炭素の排出量が増加しました。そこで、太陽光や風力、地熱といった再生可能エネルギーへの切り替えを目指す動きが世界中で広がっています。

このような状況の中、テキサス州をはじめとする「レッド・ステート(共和党が政治的主導権を握る州)」では、反ESG運動が特に活発になりやすいと言われています。これらの州では、産業が州経済に大きな比率を占めているためです。

テキサス州では2022年夏、アボット州知事(共和党)の指示で、化石燃料に関連する企業への投資を制限している金融機関のリストが公表されました。この中に名前が挙がったブラックロックなどの金融機関に対して、テキサス州政府は年金基金との取引停止を示唆し、投資方針の撤回を迫っています。

2-2.化石燃料の高騰

2024年11月に予定されている大統領選挙や連邦議会選挙、州知事選挙などを見据え、反ESG運動が強化されている側面について解説します。

まず、化石燃料産業の支持層や共和党の支持基盤を確固たるものにしようとする議員や州知事たちが、反ESG運動を推進していることが挙げられます。特に、共和党の右派はESG投資推進派を「ウォーク・キャピタリズム(社会正義に目覚めた資本主義)」として強く批判し、この動きが激化しています。

具体的な批判としては、銀行や投資家が原油や石炭関連産業への貸出や投資を控えたことが、化石燃料の高騰を助長しているという点があります。これにより、関連する投資が制限され、化石燃料産業への批判が高まっています。

一方で、化石燃料の価格が高騰し、これに関連する企業への投資が大きな利益をもたらしているのと対照的に、エコフレンドリーな業種への投資を優先するESG投資を行った機関投資家は、十分な利益を上げることができず、株主の期待に応えられていないという現状があります。

2-3.米国社会の分断現象

米国における反ESG運動の背景として、社会の分断現象が注目されています。現在の米国では共和党と民主党、保守派とリベラル派の対立が深刻化しています。かつては両党間に共通の考え方も多かったのですが、近年、彼らの政治的理念は明確に分かれ、相容れない状態に陥っています。この分断は、気候変動や環境保全の問題においても同様です。民主党支持者と共和党支持者の間で、価値観の不一致が拡大していると見られています。

このため、反ESG運動の広がりは一時的な現象ではなく、中長期的に続く可能性が高いと言われています。特に、2024年11月に予定されている大統領選挙の結果によっては、共和党候補が勝利した場合、新たなESG規制の導入阻止やパリ協定からの再離脱などが想定されます。一方で、バイデン大統領が率いる民主党政権の下では、「米証券取引委員会(SEC)」が投資アドバイザーやファンド、年金基金、金融機関に対し、ESG視点を取り入れるルールの整備を進めています。また、労働省も年金投資におけるESGの考慮を推進しています。このように、両者の間の価値観の不和は一層深まっています。

3.反ESG運動の現状

3-1.「反ESG法」の成立

前述した通り、共和党の影響が強い米南部フロリダ州では、今年5月にESG投資を制限する「反ESG法」が成立しました。この法律により、フロリダ州政府や関連の年金基金が実施する投資では、金銭的リターンを最優先することが求められ、気候変動対策や多様性向上などの要素を投資評価に組み込むことが事実上禁止されました。加えて、この法律はESG価値観を掲げる銀行を公的資金の預金先から排除し、ESG関連の地方債の発行も禁止するとしています。また、債券の評価を下げるESGスコアを出す格付け会社との契約も禁じられました。米国の保守州では、ESG投資がリベラルや左派の影響を受けているとの見方が強く、特に南部の保守州では以前からESG投資を手がける資産運用会社からの州政府資金の引き上げ事例が報告されています。

しかし、米メディアによると、このような包括的なESG投資制限を実施する州法が成立するのは今回が初めてです。ESG債は気候変動プロジェクトなどへの資金調達に人気がありますが、フロリダ州がこれを制限することで、地元経済への悪影響が懸念されています。この動きは、今後の投資環境や気候変動対策への影響を考える上で注目されるべき点です。

3-2.企業ESGの採点中止

2023年8月、米格付け会社の「S&Pグローバル・レーティング」は、信用格付けリポートに記載していたESG(環境・社会・企業統治)の定量評価について公表を取りやめることを明らかにしました。

S&Pグローバル・レーティングはこれまで、企業などの信用格付けリポート上に「ESGクレジット・インジケーター」という点数を記載していました。これは、2021年にスタートされたもので、「環境」、「社会」、「企業統治」という各分野の取り組みが信用力評価にどのように影響するかについて、5段階で示すものとなっています。

今回の発表によると、S&Pグローバルは新たな採点や点数の更新を取りやめる方針を明らかにしており、文章で記載するESG要素に関連する定性的な評価については、今後もリポートに残すということです。

3-3.ESGファンドの相次ぐ閉鎖

近年、「米ブラックロック」をはじめとする資産運用会社は、ESG投資への関心が高まる中でサステナブルファンドの立ち上げに力を入れてきました。しかし、政治的な反発を受け、最近ではこれらのファンドを相次いで閉鎖する動きが見られます。

「モーニングスター」のデータによれば、「ステート・ストリート」、「コロンビア・スレッドニードル・インベストメンツ」、「ジャナス・ヘンダーソン・グループ」、「ハートフォード・ファンズ・マネジメント・グループ」などが今年に入り、約20本のESGファンドを閉鎖したと報告されています。特に注目されるのは、ブラックロックが9月15日に2本のサステナブル新興国債券ファンドを閉鎖する意向を発表したことです。これらのファンドの資産総額は約5500万ドル(約81億円)に上るとされています。

モーニングスターによると、6月30日時点で米国内には656本のサステナブルファンドが存在していましたが、清算されるファンドの数は前年から増加しているとのことです。実際、今年閉鎖された米国のサステナブルファンドの数は、過去3年間の合計を上回っており、今年上期にはこれらのファンドからの資金引き揚げ額が流入額を超えたと報告されています。

3-4.国際的な枠組みからの脱退

金融機関の間では、脱炭素を目指す国際的な枠組みからの脱退という動きが見られ始めています。この背景には、2021年にマーク・カーニー氏が設立した「GFANZ(グラスゴー金融同盟)」があります。この同盟は、銀行や保険会社、資産運用会社などが加盟し、総資産は150兆ドル(約2京2,000兆円)にも膨らむ大規模なものとなりました。しかし、GFANZ設立から1年足らずで、加盟金融機関からの不満が高まり、脱退の動きも出始めています。この変化の要因としては、ウクライナ問題に端を発するエネルギー危機が挙げられます。これにより、化石燃料への回帰が進み、金融機関にとって化石燃料への資金供給を減らすことが難しくなったのです。

加えて、政治家や規制当局からの圧力が強まり、特に米国の金融大手は、脱炭素化のルールが厳しすぎると感じ、反発を強めています。また、脱炭素を目指す保険業界の団体「NZIA」からも、欧州や日本の保険大手が脱退しており、この動きは米国だけでなく、欧州や日本にも及んでいます。5月末には英ロイズもNZIAを脱退しました。この脱退の主な理由は、NZIAの化石燃料関連事業に対する保険の引き受け縮小が「反競争的だ」という反ESG運動家などからの批判であるとされています。

4.今後の展開

4-1.米大統領選に向けた動き

2024年11月の米国大統領選挙に向けて、反ESG運動が激化する可能性があるとされています。法律事務所「シンプソン・サッチャー」の弁護士らは、2024年の米国大統領選挙に向け、EUのESG枠組みに対抗するため、より多くの州が反ESG州法を提案する可能性が高いと指摘しています。

この運動が活発化する中、ESG投資を推進する投資家や金融機関も反応しています。例えば、ブラックロックのフィンクCEOは、ダボス会議において、反ESGの州から約40億ドルの資金が引き上げられたことを認めました。しかし、彼は昨年の資金純流入額が約4000億ドルで、そのうち2300億ドルが米国からであることを強調しています。

一方で、反ESG運動による弊害も指摘されています。例えば、「AsYouSow」と「Ceres」の調査によると、テキサス州では反ESG法により、納税者に約5億3200万ドルの追加金利支払いが生じる可能性があるとされています。

5.まとめ

近年、世界中でESGの観点を重んじて投資先を決定する「ESG投資」が広がりを見せていますが、その一方で、今回紹介したような反ESGの動きもますます強まっています。ESG投資の先進国であるアメリカにおいて特に顕著となっており、「反ESG法」の成立や企業ESGの採点中止、ESGファンドの相次ぐ閉鎖、国際的な枠組みからの脱退など、すでにさまざまな動きが見られています。

環境問題や社会問題の観点から、ESG投資が正義として捉えられるケースも多いですが、その裏にはまだまだ解決すべき問題が多く存在しているため、こうした反ESGの動きや根拠となる背景などにも目を向け、自身が考える正しい判断を行うことが大切だと言えるでしょう。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12