新型コロナウイルス禍は、「企業は株主だけでなくすべての利害関係者(ステークホルダー)に資するように経営されるべき」という「ステークホルダー資本主義」にどのような変化を与えているだろうか。英の運用大手シュローダーは、米国の主要企業の経営者で構成する経済団体ビジネスラウンドテーブル(BRT)が2019年に発表した声明文と、それに署名した企業の近況から、コロナ禍のステークホルダー資本主義を分析している。日本語版はシュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社が10月21日付で発表した。
ステークホルダー資本主義は1970年代にアングロサクソン諸国で提唱され、株主を優先する「株主第一資本主義」よりも以前に主流として存在していた企業モデル。この概念は世界金融危機を契機に復活し、昨今の投資家や顧客におけるESG(環境・社会・ガバナンス)問題意識の高まりを追い風に勢いづいている。BRTは19年8月、経営トップが名を連ねた声明文を公表。従来の企業経営目的を改め、顧客、サプライヤー、地域社会、従業員をより尊重した事業運営を目指すことを宣言した。BRTは1972年に設立されたロビー団体で、アップル、アマゾン、ゼネラルモーターズ、ペプシ、ウォルマートをはじめ、米国主要企業の経営者が会員として参加する。政財界への影響は大きく、声明文の公表から1年で経営者が署名した企業は206社に上った。
ステークホルダーを観点とする企業評価機関JUST Capitalは、コロナ渦に持ち上がった6つのステークホルダー問題について米国企業の対応を比較した。これまでパンデミック中のステークホルダー支援に関してBRT署名企業が、署名していない企業を上回っている。ただし、絶対的な成果と上回り具合は、「特段感銘を受けるレベルではない」と同社。
まず、従業員に対する配慮の点で、JUST Capitalは、扶養家族の世話の支援(育児支援の強化)、現場スタッフに対する個人防護具の無償提供、有給病気休暇、金銭的支援に着目した。BRT署名企業が比較対象企業より数段勝っていることは確かだが、それでもこうした福利厚生を提供している企業の割合は全体の5割を下回っていた。BRT署名企業のうち、有給病気休暇の追加付与を行ったのはわずか3分の1、個人防護具の無償提供が40%にとどまっている。
扶養家族の世話の支援の点ではさらに大きな開きがある。支援を行っているBRT署名企業はわずか22%であるにもかかわらず、もっと数の多いラッセル1000指数の構成企業と比較すると3倍以上、つまり通常の義務として求められる範囲を超える対応をしていると言える。
従業員への配慮に比べて、顧客への配慮は全体としての割合が高くなっており、このことから同社は「企業は顧客をより重要なステークホルダーと捉え、マーケットシェアを失うリスクを従業員の離職率が高まるリスクよりも重要視している」と見る。今年初め、ハーバード・ロー・スクールの教授らは、経営トップがBRT理事会メンバーである20社のうち、ステークホルダーの福祉を強化するためにガバナンスガイドラインを見直した企業はゼロだと指摘している。
一方、BRT以外の企業でも、株主以外のステークホルダーの利益を優先させる事例がある。一時的だが世界中の企業で役員報酬の減額が行われ、20年6月初めの時点でFTSE100構成企業のおよそ半数、JUST Capitalの調査対象企業の28%がその決断を下していた。役員の基本給は通常、報酬パッケージ全体の10~15%程度にすぎないため、「役員報酬の減額は企業財務にとってそれほどインパクトはなく、従業員や投資家に対して結束のメッセージを伝えるためのもの。特に配当金の減額が見込まれる場合、投資家は経営者にも『痛み分け』を望む」と断定した。
配当金の減額については、欧州、英国の株主の方が米国を上回る打撃を被っている。絶対値ベースでの2020年の1株当たり配当金予測はストックス欧州600では26%減、FTSE100では35%減であるのに対し、S&P500では6%減にとどまった。
従業員に配慮したBRTの声明文について、同社は「劇的な変化を促すものではないかもしれないが、米国を代表する企業が、ステークホルダー対応の点で先んじている事実には勇気づけられる。対応策を講じている企業は現時点では少数派だが、提唱していることを実践していることがうかがえる」と評価。その上で、投資家には「次のステップは危機的状況が収束期に入った時の企業の行動に着目すること。一般社会からの監視の目が緩まると、以前の通常営業に戻る企業も出てくる可能性がある。企業に引き続き責任を課す鍵は、投資家としての私たちが握っている」とメッセージした。
【関連サイト】シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社
HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム
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