国連責任投資原則(PRI)は6月19日、機関投資家向けの「気候適応とレジリエンス」に関する新たなガイドラインを公表した。2024年の世界平均気温が産業革命前から1.55℃上昇し観測史上最高を記録する中、気候変動への適応策が企業価値に与える影響の評価方法や、投資プロセスへの統合手法を示した。同ガイドラインによると、適応策を講じない場合、S&Pグローバル1200企業だけで2050年代には年間1.2兆ドルの損失が発生すると試算している。
PRIは、気候適応を「現在および将来予測される気候変動の影響に対する調整プロセス」と定義。具体例として、激甚化する暴風雨に耐えうる橋梁・道路の補強や、水不足に対応した干ばつ耐性農業への転換などを挙げた。気候レジリエンスについては「金融システム、企業、地域社会が気候ショックを吸収し、効果的に回復し、長期的な気候関連の混乱に直面しても機能し続ける能力」と説明している。
同ガイドラインは、これまで投資家の気候変動対策が温室効果ガス削減を目指す「緩和」に偏重していたことを指摘。仮に大幅な排出削減を達成しても、適応策なしでは2030年代に年間8,850億ドル、2090年代には年間1.6兆ドルの損失が企業に発生すると警告した。途上国だけでも年間1,870億〜3,590億ドルの適応資金ギャップが存在し、民間資金の役割が重要性を増しているという。
投資家の具体的な行動として、①投資プロセスへの統合(物理的リスク評価、シナリオ分析の実施)、②投資先企業へのエンゲージメント(適応策の実施要請、技術開発企業への投資)、③情報開示(方針・実践・インパクトの報告)の3分野を提示。特に不動産投資では、洪水対策インフラや気候適応型建築への投資機会が拡大するとした。
こうした投資家の動きは、世界各国で進む気候関連法規制の強化と連動している。日本企業にとっては、PRIの新ガイドラインは機関投資家からの気候適応要求が強まることを意味する。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)など国内大手機関投資家もPRIに署名しており、投資先企業への働きかけが活発化する見通しだ。三菱地所グループは2026年竣工予定の内神田一丁目計画で高層テナントオフィス初の「ZEB Ready」認証を取得するなど、不動産業界では気候適応型建築への投資が加速している。
PRIは、1.8兆ドルを2030年までに気候適応策に投資すれば、早期警報システムや気候強靭インフラなどの重点分野で7.1兆ドルの純便益が生まれると試算。企業は保険料削減、中核事業の収益維持、エネルギー効率向上、極端気象による損害軽減などの恩恵を受けるとしている。気候変動が不可逆的に進行する中、緩和策と適応策の両輪で対応することが、企業価値向上と持続可能な経済成長の鍵となりそうだ。
【参照記事】Climate adaptation and resilience

HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム

最新記事 by HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム (全て見る)
- RecyClass、自動車・電気電子機器業界向けリサイクル性評価プロトコルを初公開 - 2025年7月15日
- 欧州266団体、サステナビリティ規制の維持を求める共同声明を発表 - 2025年7月15日
- EU、廃電池リサイクル効率と素材回収の新規則を公表。重要鉱物の回収率目標も設定 - 2025年7月15日
- 英国自動車業界、2025年版サステナビリティ報告書を発表 政府の産業戦略と連携し脱炭素化を加速 - 2025年7月14日
- 日本の海事産業デジタル変革、政府120億円プロジェクトに10社・機関が参画 - 2025年7月14日