蛇口を捻ると清潔な水が出る――先進国で暮らしている人々にとっては、ごく日常的な風景です。ところが、近年は人口増加や産業・都市の発展、それに伴う水需要の増加、気候変動といったさまざまな要因から、水質汚染や洪水、水不足などの水資源問題が世界規模で深刻化しています。
そこで本稿では、環境問題の解決や循環経済発展への貢献が期待されている、「排水発電技術」の最新研究・開発状況についてレポートします。
※本記事は2023年11月10日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- 地球規模で深刻化する「水資源問題」
- 先進国の水質汚染事情
- 進化する「排水リサイクル」
- 実用化進む「排水発電」
- 「排水発電」の最新研究・開発動向
5-1.微生物燃料電池の応用例
5-2.「水の流れ」の応用例 - まとめ
1.地球規模で深刻化する「水資源問題」
「青い惑星」と呼ばれる地球は70%近くが水で覆われています。ところがその大半は海水或いは氷河や雪原であり、人間が実際に使用できる水(淡水)はわずか0.007%のみです。
参考:National Geographic「Clean Water Crisis Fact and Information」
この貴重な資源を世界人口80億人※が共有していることを考えると、水不足が深刻化しているのも不思議ではありません。国連は2021年の時点で、23億人が安全な或いは十分な水を確保できない環境下での生活を余儀なくされていると推定してます。
※2022年11月国連統計
参考:国連「Water Scarcity」
水不足が顕著な地域の多くは、水道インフラや環境衛生が未熟な発展途上国です。しかし、近年は欧米や日本を含む先進国においても、夏の降水量の減少や気温上昇による地下水の水位低下、水資源の枯渇、自然災害(干ばつ・山火事・洪水など)などの水資源問題が増加しています。
参考:GOV.UK「Lack of water presents ‘exostential’ threat, says Environment Agency Chief」
参考:Europarl「Parliament to sound the alarm about the water crisis in Europe」
参考:ABC News「Why parts of America are ‘ certainly in a water crisis’ and what can be done about it」
2.先進国の水質汚染事情
水質汚染は、世界中で水資源問題の脅威を増大させている大きな要因の1つです。
世界銀行は2020年の報告書『From Waste to Resource(排水から資源へ)』の中で、「世界の排水の80%が適切な処理を受けずに環境へ流出している」と警告しています。高度な排水処理技術が導入されている先進国においても、農業・工場排水や生活排水による水質汚染が悪化しており、環境から経済活動に至るまでさまざまな影響が懸念されています。
たとえば、欧州全土で2020年に実施された水質調査では、対象となった13万水域中34%が環境基準を満たしておらず、環境保全先進国とされる英国やドイツ、ベルギー、スウェーデンにおいては、基準値以上の河川がないという驚くべき結果が報告されました。
一方、ワシントンを拠点とする非営利団体、環境保全プロジェクト(Environmental Integrity Project)の調査報告書によると、米国の湖沼と河川の50%以上が水質汚染されています。
参考:バーミンガム大学「Addressing Crisis of Global Water Pollution 」
参考:EcoWatch「50% of Lakes and Rivers Are Too Polluted for Swimming, Fishing, Drinking」
3.進化する「排水リサイクル」
このような背景から、貴重な資源である水を有効利用し、かつ環境保全に役立てる方法を模索する動きが世界中で活発化しています。
その一つが排水リサイクルです。さまざまな水源(雨水・大地・都市排水や農業・工場排水など)から回収・浄化した水は、多様な用途(農業・工業、灌漑、飲料水、地下水の補充など)に再利用されます。
参考:アメリカ合衆国環境保護庁「Basic Information About Water Reuse」
技術の進化にともない、排水再利用のポテンシャルはますます広がっています。近年は、生活排水を処理する過程で発生するバイオガスから水素燃料を製造したり、細菌を活用して排水中の有機炭素をバイオプラスチックへ変換するなど、多様な取り組みが進行中です。
参考:Science Direct「Emerging Technologies For Hydrogen Production From Wastewater」
参考:Renewable Carbon News「Producing Bioplastic From Wastewater」
4.実用化進む「排水発電」とは?
排水発電は、排水再利用のさらなるポテンシャルが期待されている技術の一つです。微生物などを活用して排水に含まれる有機化合物をメタンガスに転換し、このガスを燃焼させて熱や電気を生成させる方法などが、一部の排水処理プラントや工場で利用されています。
「排水発電のみで都市部の排水処理及び飲料水供給を行う」という世界初の試みに挑んでいるデンマーク第2番の都市オーフスは、その大きな成功例です。2023年10月現在、同都市のマルセリスボル排水処理施設(WWTP)は自施設の稼働電力を50%上回る電力を生成しているほか、過去10年間で消費電力を25%削減するという驚異的な成果を達成しています。
参考:国際水協会(IWA)「The circular economy of water in Aarhus」
参考:New Scientist「World’s first city to power its water needs with sewage energy」
日本においても、その取り組みが加速しています。最近では、住友重機械工業が2021年に微生物反応を介さない直接発電に世界で初めて成功し、2025年の実用化を目指して開発を進めているほか、愛媛県の愛研化工機が排水発電装置の特許を取得し、同県内の工場に導入されています。
参考:住友重機械工業「嫌気処理排水からの電力回収に成功しました」
参考:NHK「ビジネス特集 “排水から電気を作る“って?」
5.「排水発電」の最新研究・開発動向
このように実用化に向けた取り組みが進む一方で、広範囲な実用化には生成コストの削減やエネルギー回収率の改善などの課題もあります。しかし、近年はこのような課題の解決に役立つ革新的な技術研究が世界各国で進行しており、今後のさらなる発展が期待されています。
ここでは、米国と韓国の事例を見てみましょう。
5-1.微生物燃料電池を応用した排水発電
微生物燃料電池(Microbial Fuel Cell/MFC)は、有機物分解菌を利用して有機物を電気エネルギーに変換する装置として、排水処理から海洋電子機器への遠隔電力供給、生物学的センサーなど、幅広く応用されている技術です。発電設備のない場所でも利用でき、多様な有機物を燃料化可能などのメリットがあります。
微生物により有機物が酸化分解される時に発生する電子をマイナス極(アノード)で回収し、外部回路経由でプラス極(カソード)へ移動させ、酸化剤の還元反応を利用して消費するという仕組みになっています。
ワシントン大学の研究者チームが開発した「微生物電気化学システム(MES)」は、微生物燃料電池の応用例の一つです。マイナス極にカーボンクロス(炭素繊維を織り込んだ布素材)から作られた膜ろ過(穴の開いた膜を用いた浄水技術)を使用し、排水に含まれる有機物を収集します。その後、クロス上で細菌を増殖・消費させ、電子を放出させます。浄化された水は非飲料水として、生成された水は、灌漑などに使用できます。
参考:東京薬品大学「微生物燃料電池」
参考:宮崎大学井上謙吾准教授「微生物燃料電池を用いた未利用バイオマスマス発電」
参考:FABE「MECs – Basic Information」
参考:英国王立科学会「Enhancing the performance of a microbial electrochemical system with carbon-based dynamic membrane as both anode electrode and filtration」
同様の研究・開発は、オランダのワーゲニンゲン大学と水技術研究所ウェツスなどでも進められています。
参考:ワーゲニンゲン大学「Generating electricity from waste water」
5-2.「水の流れ」を応用した排水発電
韓国科学技術研究院(KIST)とソウルの明知大学の研究チームも膜ろ過システムを活用した共同研究を進めていますが、こちらは「水の流れ」を活かしている点が特徴的です。
使用されている高分子分離膜は多孔質膜と導電性ポリマー(高電気伝導性の高分子化合物)でサンドイッチ状に構成されており、水の流れる方向を制御することで排水を浄化し、イオンの水平移動で直流電流を発生するように設計されています。10ナノメートル以下の汚染物質を95%以上除去することが可能なため、排水中のマイクロプラスチックの除去にも適しており、僅か10マイクロリットルの水で3時間以上の継続発電が可能です。
また、簡単な印刷工程で製造であらゆるサイズの分離膜を製造できるため、製造コストや加工時間の削減の観点からも、実用化が期待されています。研究チームは現在、この分離膜を工場向けに開発し、排水の水質を飲料水レベルへ改善するための研究を継続中です。
参考:Tech Xplore「Simultaneous electric generation and filtration of wastewate」
6.まとめ
廃棄物による悪影響を減らし、エネルギー源を多様化する必要性が高まっている現在、排水発電は低炭素・低コストのエネルギーの未来の実現に役立つ可能性を大いに秘めた技術として、ますます重要性を増すことが予想されます。未来の投資対象としても注視していきたい分野です。
アレン琴子
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