一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- VCMIとは
1-1. VCMIの概要
1-2. Claims Code of Practice(CCP)のリリース - Scope 3 Flexibility Claimとは
2-1. Scope 3 Flexibility Claimの概要
2-2. Scope 3 Flexibility Claim公表の背景 - Scope 3 Flexibility Claimの重要点
3-1. 削減目標が未達成でも利用可能
3-2. 「ガードレール」の設定
3-3. オフセットには使えない - Scope 3 Flexibility Claimの実施と今後の展望
- まとめ
2023年11月28日、ボランタリークレジットの普及を目指すNPO「VCMI」は、新しいクレームのベータ版である「Scope 3 Flexibility Claim」を公表しました。このクレームは、企業がサプライチェーン全体における温室効果ガス排出量(スコープ3)の削減を目指しつつ、高品質なカーボンクレジットを活用して目標達成を補う柔軟な手段として期待されています。
VCMIは、クレジット利用者向けの認証を確立することを目的に、透明性と信頼性の向上に焦点を当てた活動を続けています。今回のScope 3 Flexibility Claimは、自主的カーボンクレジット市場においてさらなる信頼性を担保するための重要なステップとして注目を集めています。
今回は、この新たなScope 3 Flexibility Claimについて、その概要や重要点を詳しく解説します。
1. VCMIとは
1-1. VCMIの概要
VCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)は、「自主的炭素市場整合性イニシアティブ」の頭文字を取ったもので、2021年に設立されたNPOです。この団体は、ボランタリーカーボンクレジットの利用を促進し、市場全体の透明性を確保するために活動を行っています。
特に、イギリスの「ビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)」や、Google、Bloombergの創業者が設立した財団などから資金提供を受けている点で、国際的にも信頼される権威ある団体です。
最近では、2023年6月に企業がクレジットを正しく使用しているかを認証するための基準「Claims Code of Practice(CCP)」を発表し、企業のカーボンクレジット使用の透明性を確保するための基準を提示しました。また、2023年11月にはこの基準にさらなる改訂が加えられました
1-2. Claims Code of Practice(CCP)のリリース
2023年6月および11月、VCMIは「Claims Code of Practice」のドラフト版と最終版をそれぞれ発表しました。この基準は、企業や非国家主体が自主的にカーボンクレジットを使用する際の要件やガイダンスを示しており、企業の透明性と信頼性を高めることを目指しています。
また、3つの認証レベルである「プラチナ」、「ゴールド」、「シルバー」が設定され、企業はそれぞれの認証を得るための要件を満たす必要があります。特に「プラチナ認証」では、報告年度における全排出量に相当するカーボンクレジットの調達が必要となるため、より厳しい条件が課されます。
2. Scope 3 Flexibility Claimとは
2-1. Scope 3 Flexibility Claimの概要
2023年11月28日、VCMIは「Claims Code of Practice(CCP)」の最終版リリースと同時に、「Scope 3 Flexibility Claim」という新たなクレームのベータ版を発表しました。このクレームは、スコープ3の排出量削減において、目標達成が難しい場合でも、高品質なカーボンクレジットを使用してそのギャップを補う柔軟なアプローチを提供するものです。
従来、企業は科学的根拠に基づいた目標に沿って、スコープ1、スコープ2、スコープ3の削減目標を達成することが求められてきました。しかし、スコープ3は、サプライチェーン全体の排出量を含むため、計測が難しく、目標達成が困難な領域です。今回のScope 3 Flexibility Claimは、そうした企業に対して新たな選択肢を提供するものとなっています。
2-2. Scope 3 Flexibility Claimの背景
VCMIがScope 3 Flexibility Claimを公表した背景には、企業のカーボンフットプリントをより包括的かつ透明性の高い形で管理し、カーボンクレジットの利用に関する信頼性を確保するという目的があります。
一方、企業にとってスコープ3排出量の管理は難しく、特に取引先が保有するデータを集めることが大きな課題となっています。そのため、従来の厳しい基準では対応が難しいという声が多く聞かれていました。こうした背景を踏まえ、VCMIはより柔軟なクレームを導入することで、企業が現実的な方法でスコープ3の排出削減に取り組むことを可能にしました。
VCMIは、自身の目標として、国際的に認知され、信頼性の高い評価基準の確立を掲げています。多くの企業がすでにカーボンクレジットを活用しているものの、メディアなどの監視の目を意識するあまり、積極的に公表していない現状が指摘されています。VCMIの認証を取得することで、企業はカーボンクレジットの利用について自信を持って説明できるようになります。
さらに、第4の基準である「Scope 3 Flexibility Claim」が完成すれば、より多くの企業がVCMIの枠組みを活用することが可能になるとされています。
このように、Scope 3 Flexibility Claimは、企業が現実的かつ達成可能な削減目標を設定しつつ、カーボンクレジットを利用してその進捗を示すことを可能にします。これにより、企業は信頼性の高い形でスコープ3の排出量に取り組み、カーボンクレジットの適切な利用を推進することが期待されます。
3. Scope 3 Flexibility Claimの重要点
3-1. 削減目標が未達成でも利用可能
Scope 3 Flexibility Claimは、削減目標が未達成の場合でもカーボンクレジットを使用できるという特徴があります。これにより、目標達成が困難な企業でも、一定の条件を満たすことで柔軟に対応することが可能です。ただし、クレジットを使用できるのは当該年の排出量の50%までという制限があり、企業が計画的にクレジットを活用する必要があります。
では、具体的なシチュエーションを例に挙げて考えてみましょう。
A社は、2025年にスコープ3の排出量を90トンに抑える目標を立てていましたが、実際には100トン排出してしまったとします。この場合、Scope 3 Flexibility Claimは、目標未達成分をカバーするためにカーボンクレジットを購入し、「償却(retire)」した企業が対象となります。ただし、使用できるクレジットは、その年のスコープ3排出量の50%までという制限があります。
A社の例では、100トンの排出量の50%、つまり50トンがクレジット利用の上限です。しかし、A社の未達成分は10トン(100トン-目標の90トン)ですので、この範囲内でクレジットを使用でき、認証を受けることが可能です。
一方で、B社も同じく90トンを目標にしていましたが、2025年に実際には190トンを排出してしまったとします。この場合、使用できるクレジットの上限は95トン(190トンの50%)となります。しかし、B社の未達成分は100トン(190トン-目標の90トン)であり、上限の95トンを超えてしまうため、B社は認証を受けられないことになります。
このように、従来の「プラチナ」、「ゴールド」、「シルバー」の認証では、「スコープ1」、「スコープ2」、「スコープ3」における排出量を計画通りのペースで削減できている企業が対象となっていましたが、「Scope 3 Flexibility Claim」では、例え削減目標事態が未達成の場合であっても、認証を受けられる可能性があるという点が重要なポイントと言えるでしょう。
3-2. 「ガードレール」の設定
業界では、スコープ3における目標の未達成分に対して、クレジットを利用して対応することに否定的な見方を示している人も一定数存在します。
そこで、Scope 3 Flexibility Claimには、「ガードレール」として、使用できる期間が10年以内、または2035年までという制限が設けられています。また、毎年使用量を減少させることが求められており、あくまでも短期的な柔軟性を提供するクレームであることが強調されています。
Scope 3 Flexibility Claimでは、クレジットを「使う(use)」という表現が用いられていますが、これは排出量の「相殺(offset)」とは異なる意味合いとして使用しているということで、クレジットの使用は目標への未達成分と同量の高品質なクレジットを償却することを意味しており、脱炭素戦略の代替になるものではなく、追加的に使うものだと説明しています。
3-3. オフセットには使えない
Scope 3 Flexibility Claimは、カーボンクレジットを単なるオフセット手段としてではなく、削減目標の補完手段として利用することを目的としています。そのため、企業は削減目標達成に向けた積極的な努力を続けながら、クレジットを適切に活用することが求められます。
そのため、削減目標が未達成でも使用できるという点を考慮しても、まだまだハードルの高いものとなっており、認証を諦める企業もあるのではと予想されます。
実際、前述した「プラチナ」、「ゴールド」、「シルバー」という既存の3種についても、2023年11月の公表以来、認証を獲得した企業はまだ少数にとどまっているということで、VCMIの認証の性質が排出削減目標ではなく排出実績に基づいていることから、どうしてもある程度の時間がかかってしまうということです。
しかし一方で、企業からの関心はますます高まりを見せており、2023年には12〜13社が「アーリーアダプター」として参加したほか、2024年に入ってから開催されたウェビナーには、300〜400社が参加したことが報告されています。なお、VCMIは、認証を獲得する企業が増えてくるのは後6〜12ヶ月ほどと予想しているということで、この状況から見ても、Scope 3 Flexibility Claimの認証がスタートされ、実際に日本企業にまで浸透するには、もう少し時間がかかるのではと考えられます。
4. Scope 3 Flexibility Claimの実施と今後の展望
VCMIは、2024年までにScope 3 Flexibility Claimの最終版をリリースし、より多くの企業がこのフレームワークを使用できるようにする計画です。また、認証を得るための条件も明確化され、企業がカーボンクレジットを活用して信頼性のある気候変動対策を講じることが期待されています。
VCMIは、これまでも多くの専門家やステークホルダーの意見を取り入れながらフレームワークの開発を進めてきましたが、今回新たに発表されたフレームワークは従来の方法論に大きな変更を加えるものであるため、改めて意見募集を行うことになりました。この意見公募を通じて、要求事項や開発の詳細がさらに明確化され、透明性の強化が図られる予定です。具体的には、環境に配慮しているように見せかけながら、実際にはそうでない「グリーンウォッシュ」を防ぐための対策も含まれています。
このほか、VCMIは、2024年末までに基準の草案を完成させ、2025年ごろから認証をスタートさせる計画を明らかにしており、実際の適用に向けて、今後の動向に大きな関心が集まっています。
5.まとめ
VCMIのScope 3 Flexibility Claimは、企業がスコープ3排出量削減に向けた柔軟なアプローチを取ることを可能にする新たなクレームです。これにより、カーボンクレジットの適正な利用を促進し、企業が持続可能な未来に向けた責任ある行動を取ることが求められます。
今まで算定が比較的難しく、基準が厳しいと言われてきたスコープ3における排出量について、より柔軟なアプローチを許容するものとなっており、これによって企業がVCMIラベルを利用しやすくなることが期待されています。VCMIはすでに「Claims Code of Practice(CCP)」の中で、「プラチナ」、「ゴールド」、「シルバー」という3種類のラベルを発行することを明らかにしていますが、「Scope 3 Flexibility Claim」は、削減目標達成の有無などといった観点において、これらの基準とは異なる性質を持っているため、これをきっかけとして、実際の認証開始に向けてその内容をしっかりと理解しておくことをおすすめします。
中島 翔
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