2023年日本のカーボンクレジットのトピックと振り返り

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世界中で「2050年カーボンニュートラル」の達成に向けた動きが進められている中、日本においても近年、政府を中心とした本格的な取り組みが始まっています。特に今年2023年は、東京証券取引所が新たに「カーボン・クレジット市場」を開設したことなどが大きな話題となりました。市場の開設によって、これまで相対取引もしくは政府による入札販売により行われていたJ-クレジットの売買を取引所で行えるようになるなど、取引の利便性が大幅に向上しました。

そこで今回は、2023年における日本のカーボンクレジットについて、主なトピックを振り返っていきたいと思います。

目次

  1. 1.「GXリーグ」の立ち上げ
  2. 2.「GX推進法」および「GX脱炭素電源法」の成立
  3. 3.東証による「カーボン・クレジット市場」の開設
  4. 4.まとめ

1.「GXリーグ」の立ち上げ

1-1.「GXリーグ」とは

2023年のカーボンクレジットにおける大きな動きとして、2023年4月から本格始動した「GXリーグ」が挙げられます。

「GX」とは、「Green Transformation(グリーントランスフォーメーション)」を略したもので、2050年カーボンニュートラルや、2030年の国としての温室効果ガス排出削減目標の達成に向けた取り組みを経済の成長チャンスと捉え、排出削減と産業競争力をより一層高めるために、経済社会システム全体の変革を目指すことを指します。

そして、GXリーグはそんなGXヘの挑戦を行い、現在および未来社会におけるサスティナブルな成長実現を目指す企業が、同様の取り組みを実施している企業群と共に協働する場と位置付けられています。GXリーグでは、GXへの挑戦を行う企業が排出量削減に貢献しつつ、外部から正しく評価され成長できる社会(経済と環境および社会の好循環)の実現に尽力するとしており、リーダーシップを発揮して2050年のあるべき社会を牽引する未来企業の集合体となることを目指すと宣言しています。

1-2.「GXリーグ」立ち上げの背景

我が国が「2050年カーボンニュートラル」という目標を実現し、さらに世界全体のカーボンニュートラル実現にも貢献していくためには、こうした取り組みを積極的に行うだけでなく、これらを成長のチャンスとして捉え、産業競争力を高めていくことが重要であるとされています。そして、そのためには、カーボンニュートラルにいち早く移行するための挑戦を行い、国際ビジネスで勝てるような「企業群」が、自ら以外のステークホルダーも含めた経済社会システム全体の変革である「GX」を牽引していくことがポイントとなります。

こうした観点から、政府はGXに積極的に取り組む「企業群」が、官・学・金でGXに向けた挑戦を行うプレイヤーと共に、一体として経済社会システム全体の変革のための議論と新たな市場の創造のための実践を行う場として「GXリーグ」の設立を発表しました。GXリーグは元々、2022年2月に経済産業省から、「我が国におけるGX実現のための産官学連携プラットフォーム」という位置付けでその設立構想が発表され、1年間の準備期間を経て、2023年4月から本格稼働が始まりました。現在はまだ試行段階で、参画を表明した企業による自主的な取り組みとなっていますが、今後は参画企業の拡大や、発電部門における排出枠有償化などが検討される見込みだということです。

1-3.「GXリーグ」が提供する4つの場

GXリーグでは、下記に挙げる4つの場を通じて「先駆的取組を主導する事業者間での対話を通じた政策形成」という新たな手法へのチャレンジを共に行うとしています。

①自主的な排出量取引の場:カーボンニュートラルに向けて掲げた目標に向けて自主的な排出量取引を行う場

高い排出量削減目標を自主的に設け、その達成を目指した取り組みの推進および開示と、カーボン・クレジット市場を介した自主的な排出量取引を行う。

②市場ルール形成の場:カーボンニュートラル時代の市場創造やルールメイキングを議論する場

上記未来像を踏まえ、新たなビジネスモデルを思案し、市場創造のためのルールの策定を行う。(例:二酸化炭素ゼロ商品の認証制度など)

③ビジネス機会の創造・共有の場:2050年カーボンニュートラルが実現した未来の経済社会システムから発想される「ビジネス機会」を議論する場

脱炭素分野におけるスタートアップ企業や起業家と参画企業の連携を促す活動を実施する。

④参画企業間の交流の場:

気候変動対応についての企業の関心事項や実務上の課題について、議論や情報交換を実施する。

2.「GX推進法」および「GX脱炭素電源法」の成立

2-1.「GX推進法」とは

2023年5月12日、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」通称「GX推進法」が、衆議院本会議にて賛成多数により可決、成立し、6月30日より施行されました。

これまで、化石エネルギー中心の産業構造や社会構造をクリーンエネルギー中心のものへと転換するGX実行のための施策は、内閣総理大臣を議長とする「GX実行会議」において検討されていましたが、GX推進法は、このGX実行会議により公表されたGX実現に向けた基本方針に基づいて立案され、国会にて審議されていたものとなっています。このGX推進法では、施策の柱として、企業の脱炭素化投資を後押しするための新たな国債である「GX経済移行債」を発行するとしています。

GX経済移行債は、2023年度から10年間で20兆円規模が発行されるということで、発行金額についてGX推進法に明記はありませんが、政府は、二酸化炭素の排出量を2050年に実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を達成するには、今後10年間で官民合わせて150兆円超の投資が必要だとしています。また、この債権の発行を通じて確保した資金は、長期間にわたり、次世代燃料の水素やアンモニアの供給網整備や蓄電池の製造支援、省エネ推進、再生可能エネルギーや原子力等の非化石エネルギーへの転換、資源循環・炭素固定技術の研究開発への投資などに充てられる予定だということです。こうした移行債の償還財源として、「カーボンプライシング」と呼ばれる制度の導入が想定されています。

カーボンプライシングとは、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出に対して金銭の負担を求める仕組みのことを指し、次の2種類が存在します。

①排出量取引制度

  • 対象となる企業全体からの温室効果ガス総排出量に上限(キャップ)を設定
  • 上限(キャップ)の範囲内で発行される排出枠を各企業が市場で売買
  • 保有する排出枠を超えて排出した場合には重い罰金

②炭素税

  • 温室効果ガス排出量1トン当たりの税率を設定
  • 化石燃料の輸入や消費などに課税

GX推進法では、カーボンニュートラルを達成するために必要な投資資金のうち20兆円を「炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)」で賄うとしています。この賦課金制度は2028年度から導入される予定で、化石燃料の輸入事業者などに対して、輸入する化石燃料に由来する二酸化炭素の量に応じて賦課金を徴収するということです。

このほか、2033年度からは発電事業者に対して政府が有償で二酸化炭素の排出枠(量)を割り当てる制度をスタートさせるとしており、有償枠については、その量に応じた「特定事業者負担金」を徴収し、負担金の金額は、有償枠の量に、入札により決定される二酸化炭素排出量1トンあたりの負担額を乗じて決定されるということです。

なお、GX基本方針によると、化石燃料賦課金および特定事業者負担金は、いずれも初期段階では低い負担で導入され、徐々に引き上げられる予定となっています。

2-2.「GX脱炭素電源法」とは

「GX脱炭素電源法」とは、正式名称を「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」と言い、脱炭素電源の利用促進を進めながら電力の安定供給を保つための制度を整備していく法案となっています。

近年、国内のエネルギー環境は現在厳しい状況に置かれており、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻などを原因として、エネルギー価格の高騰に歯止めがきかなくなっています。また、電気料金の値上がりも続いているほか、火力発電所の老朽化や原子力発電所の稼働停止状態など、電力供給体制に関しても課題が山積みの状態です。

さらに、前述したようなGXへの取り組みも求められているため、電力の安定供給とクリーンエネルギーの普及という2つの目標を達成することが重要となっています。そこで政府は、このGX脱炭素電源法という電力の安定供給と脱炭素電源の普及促進策に関する改正法を2023年2月10日に閣議決定し、5月31日に成立させたというわけです。

GX脱炭素電源法のポイントとしては、電力系統の整備に賦課金の仕組みを導入したことが挙げられます。安定供給確保の観点から、特に重要な送電線の整備計画を経済産業大臣が認定する制度を新設し、新制度の認定を受けた整備計画のうち、再エネ利用の促進に資するものは、工事に着手する段階から系統交付金(再エネ賦課金)を交付することが定められました。また、認定を受けた整備計画に係る送電線の整備に向けて、電力広域的運営推進機関から貸付けを受けられるようにもなるということです。

このほか、既存再エネの最大限の活用のための追加投資促進としては、太陽光発電設備に係る早期の追加投資(更新・増設)を促すため、地域共生や円滑な廃棄を前提として、追加投資部分に既設部分と区別した新たな買取価格を適用する制度が新設されました。

3.東証による「カーボン・クレジット市場」の開設

3-1.「カーボン・クレジット市場」とは

2023年の日本におけるカーボンクレジット関連の重要なトピックとして外せないのが、東京証券取引所による「カーボン・クレジット市場」の開設です。このカーボン・クレジット市場は、二酸化炭素排出量の売買を行うことができる取引所のことを指します。

元々、政府では「2050年カーボンニュートラル」という目標の実現のため、2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」において、カーボンプライシングの制度設計として「排出量取引制度」の導入が示されていました。そして、これを受けて、東証は2022年度に経済産業省から受託・実施した「カーボン・クレジット市場の技術的実証等事業」から得た知見と市場運営の経験を活かし、2023年10月11日に正式にカーボン・クレジット市場を開設しました。

市場開設の目的としては、削減・吸収できた二酸化排出量価格の透明性を上げることで取引を活発化させ、その価格を高めることが挙げられており、削減・吸収できた二酸化炭素排出量価格が上がれば、企業が脱炭素への取り組みを積極的に実施するメリットが明らかになるため、省エネ・再エネ設備の導入を促すことができるという仕組みとなっています。また、最終的には、機器の入れ替えなどによって企業の脱炭素化と経済活発化を進めることが狙いにあり、前述したGX政策の一環として大きな注目を集めています。

なお、カーボン・クレジット市場で扱われるのは、国が二酸化炭素削減効果を認証する「J-クレジット」と呼ばれる排出権となっています。具体的には、排出量の削減方法によって下記に挙げる6種類に分けられており、排出量1トン単位での取引が行われています。

  • 省エネルギー 
  • 再生可能エネルギー(電力) 
  • 再生可能エネルギー(熱) 
  • 再生可能エネルギー(電力及び熱混合) 
  • 森林 
  • その他

3-2.これまでの取引方法との違い

前述した通り、東証のカーボン・クレジット市場では国から認証を受けたクレジットである「J-クレジット」が取引されていますが、ここでは、東証の市場での取引とこれまで行われていたJ-クレジットの取引とは何が違うのか、どのような点で利便性が高まったのかを紹介していきます。

まず第一に、クレジットの価格が公開されているという点が挙げられます。これまでのJ-クレジットの取引は、「相対取引」と「入札販売」という2種類の方法で取引されていました。具体的には、まずは相対で取引し、掲載後六ヶ月以上が経過しても未だ取引が成立しない場合、希望者が入札販売の対象となる取引方法です。しかし、相対での取引においては、外部からはクレジット価格の相場を知ることができないという懸念点が存在しました。そのため、カーボンクレジットの取引を行いたくても、新規での参入が比較的難しいという状況が発生していました。そして、このことが市場の流動性の低さや取引量の少なさを引き起こしていたのです。

そんな中、新たにオープンしたカーボン・クレジット市場では、クレジット価格が明確に公示された状態で取引を行うため、透明性が高くなったほか、新規事業者がより参入しやすい環境を実現しています。また、取引がよりシンプルで分かりやすくなったという点も忘れてはなりません。

これまでのJ-クレジットの取引は、企業同士での直接的な取引か、J-クレジットを取り扱う事業者である「J-クレジット・プロバイダー」または商社などが仲介するという2種類の方法が採られていました。しかし、このケースでは、毎回の取引ごとに契約手続きが必要になるという懸念点が存在しました。実際、こうした契約の際には、契約書の作成や与信のチェックなどにおよそ1ヶ月以上もかかってしまうという事例も多くあり、取引の際の大きな負担となっていたのです。

そんな中、今回市場取引が可能となったことで、あらかじめ東京証券取引所と契約を交わしてさえいれば、取引相手とのやりとりが不要となったほか、決済までに必要な日数についても、売買成立(約定)から最短六営業日と大幅に短くなりました。

このように、カーボン・クレジット市場が利用可能となったことで、取引の利便性がかなり向上したため、今後J-クレジットの取引がますます増加し、市場が拡大していくことが期待されています。

4.まとめ

2023年は「GX」というキーワードのもと、政府主導でカーボンクレジットに関するさまざまな政策がスタートされました。現在、世界中でカーボンニュートラルに向けた動きが進められており、これまでの常識がどんどん変化していく、世界的な変革の時期となっています。GXの取り組みでは、温室効果ガスの排出削減と産業競争力の向上の実現に向けて、経済社会システム全体の変革を目指していますが、実際、日本の産業がこれからも世界と対等に戦っていくためには、サスティナブルと経済成長を両立した社会と産業を再構築する必要があります。

そして、カーボンクレジットはその実現のために大きな役割を担うとみられているため、今後、今回紹介したGX関連の政策のもと、東証のカーボン・クレジット市場を中心として、クレジットの取引がさらに活発化していくことが期待されており、市場拡大は時間の問題とも言えるでしょう。

【参照サイト】GXリーグ公式WEBサイト
【参照URL】環境省が推進する J-クレジットのデジタル化に向けて、本格的に実証を開始
【参照URL】わが国におけるカーボン・クレジット市場の最新事情―グリーントランスフォーメーション(GX)・脱炭素(カーボンニュートラル)の実現に向けて―
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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12