トランジションファイナンスの成功事例、日本企業の取り組み

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 川崎重工業株式会社
    1-1. 川崎重工業株式会社の概要
    1-2. トランジション・ボンドの発行
  2. 三菱マテリアル株式会社
    2-1. 三菱マテリアル株式会社の概要
    2-2. トランジション・リンク・ローンの実行
  3. 中部電力株式会社
    3-1. 中部電力株式会社の概要
    3-2. トランジションローンによる資金調達
  4. 株式会社商船三井
    4-1. 株式会社商船三井の概要
    4-2. トランジション・ローンの締結
  5. 北陸電力株式会社
    5-1. 北陸電力株式会社の概要
    5-2. トランジション・ボンドの発行
  6. 東邦ガス株式会社
    6-1. 東邦ガス株式会社の概要
    6-2. トランジション・ボンドの発行
  7. まとめ

近年、環境問題への関心が高まる中、プロジェクトの資金調達方法にも目が向けられています。その一環として、脱炭素化を目指す企業への資金供給を目的とした「トランジションファイナンス」が注目を集めています。これは、温室効果ガスの削減を長期的な視点で進める新しい金融手法です。

しかし、実際に日本国内でどのような事例があるのかは、まだ知られていないことも多いでしょう。そこで、経済産業省が進めるトランジションファイナンスの補助金事業を例に、2022年度および2023年度に選出された具体的な事例を紹介します。

1. 川崎重工業株式会社

1-1. 川崎重工業株式会社の概要

川崎重工業は、船舶、鉄道車両、航空機、モーターサイクルなど、幅広い製品を手掛ける総合機械メーカーです。「世界のKawasaki」として知られ、多岐にわたる事業を展開しています。

この企業は、サステナビリティを経営の重要な柱の一つと位置付け、「川崎重工グループサステナビリティ経営方針」を策定。グループミッションである「Global Kawasaki」を実現するため、環境や社会への貢献を目指しています。具体的には、水素エネルギーやロボット技術を活用した新しい働き方の提案など、将来に向けた革新的な解決策を追求しています。

このように、川崎重工業は製品やサービスを通じて社会貢献を目指し、持続可能な社会の実現に向けて積極的に取り組んでいます。この取り組みは、トランジションファイナンスの一環としても注目され、未来へ向けたエネルギーのシフトや新たな働き方の提案など、様々な分野で革新を進めている点が評価されています。

1-2. トランジション・ボンドの発行

川崎重工業は2023年11月に、世界で初めての資金調達枠組み「マスターフレームワーク」を用いてトランジション・ボンドを発行しました。この債券は、企業の温室効果ガス排出を長期的に削減する戦略に沿った資金調達を目的としています。具体的には、液化水素運搬船や貯蔵タンク、発電用水素ガスタービンなど、水素エネルギーをクリーンに利用するプロジェクトへの投資に利用されます。

川崎重工は、これらの取り組みを通じて、自社及びクライアントのカーボンニュートラル化を促進し、世界のカーボンニュートラル実現に貢献することを目指しています。

なお、今回発行されるトランジション・ボンドの概要は、下記の通りとなっています。

発行体 川崎重工業株式会社
ストラクチャリング
エージェント
みずほ証券株式会社
評価機関 株式会社日本格付研究所
調達予定額 100億円程度
調達予定日 2024年2月以降

2. 三菱マテリアル株式会社

2-1. 三菱マテリアル株式会社の概要

三菱マテリアルは、三菱グループに属する日本の大手非鉄金属メーカーで、伸銅品において国内トップのシェアを誇ります。同社は、非鉄金属の基礎素材から、超硬工具、電子・半導体関連部品、資源リサイクル、再生可能エネルギー発電に至るまで、幅広い事業を展開しています。

企業理念に「人と社会と地球のために」と掲げる三菱マテリアルは、ステークホルダーからの信頼を得る事業活動を通じて社会的責任を果たし、サステナビリティに向けた積極的な取り組みを進めています。これにより、企業グループとしての持続的な成長を目指しており、環境方針を事業活動の基盤として位置づけています。

このほか、三菱マテリアルグループの事業活動の基盤として、下記のような環境方針を定めています。

  1. 廃棄物リサイクル推進・環境配慮製品の提供
  2. 脱炭素化の推進
  3. 生物多様性への配慮
  4. 水資源の有効利用・保全
  5. 自社で保有する山林等の保全
  6. 環境教育・社会との共生

2-2. トランジション・リンク・ローンの実行

三菱マテリアルは、2023年11月1日、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みを加速するため、トランジション・リンク・ファイナンス・フレームワークを策定したことを明らかにしました。

トランジション・リンク・ファイナンスとは、脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略を策定した企業が、トランジション戦略に沿った目標設定を行い、その達成状況に応じて財務的・構造的に変化する可能性のある、資金使途が限定されない債券やローンのことを指します。

三菱マテリアルでは、上記のフレームワークに基づくトランジション・リンク・ボンドを発行しているほか、トランジション・リンク・ローンの実行も検討しているということです。

なお、今回実行されるトランジション・リンク・ローンの概要は、下記の通りとなっています。

発行体 三菱マテリアル株式会社
ストラクチャリング
エージェント
三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社
評価機関 株式会社日本格付研究所
調達予定額 未定
調達予定日 2023年11月以降

3. 中部電力株式会社

3-1. 中部電力株式会社の概要

中部電力株式会社は、1951年の設立以来、名古屋を拠点に日本の東海地区のエネルギー供給の中心として機能してきました。総合エネルギーサービス企業として、再生可能エネルギー事業、原子力事業、海外事業を含む多岐にわたる事業を展開し、日本国内で合計211箇所の発電施設を運営しています。

中部電力グループは、地球環境への配慮を重視しながら、安全かつ安価で安定的なエネルギー供給を目指しています。さらに、コミュニティサポートインフラの創造を通じて、新しいコミュニティの形成を提案し、総合エネルギー企業グループとしての持続的な成長を追求しています。

環境への意識が高まる中、中部電力グループは「ゼロエミチャレンジ2050」という野心的な目標を掲げ、事業全体での温室効果ガス排出量を2050年までにネットゼロにすることを目指しています。この目標達成に向けた具体的な指針を設けることで、脱炭素社会実現への貢献を図っています。

そして、このチャレンジを達成するため、下記のような指針を公表しています。

  • ・安全性の向上と地域の皆さまの信頼を最優先に、原子力発電の活用に向けた取り組みを進めます
  • ・水力、太陽光、陸上風力、バイオマスに加え、洋上風力や地熱等の新たな取り組みも含め、再生可能エネルギー事業を積極的に展開します
  • ・再生可能エネルギー電源や蓄電池の有効活用を可能とする電力品質の確保に向けた取り組みを推進します
  • ・エネルギーの最適利用を可能とするデジタル化を通じて、合理的な設備の形成・運用に努めるとともに、お客さま起点のコミュニティサポートインフラを創造し、社会のニーズにお応えすることで、お客さまや社会と共に電化・脱炭素化に貢献します

3-2. トランジションローンによる資金調達

中部電力は、2023年11月30日、「中部電力グリーン/トランジション・ファイナンス・フレームワーク」の策定を発表しました。このフレームワークを通じて、中部電力はグリーン・ファイナンスおよびトランジション・ファイナンスの実施を計画しており、再生可能エネルギーの導入拡大や配電運用の高度化に関する投資への資金調達を行っています。特に、三菱UFJ銀行からのトランジションローンによる資金調達は、中部電力の脱炭素化に向けた取り組みを具体化する一例として挙げられます。

なお、今回実施されたトランジション・ローンの概要は、下記の通りとなっています。

資金調達者 中部電力株式会社
ストラクチャリング
エージェント
株式会社三菱UFJ銀行、
三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社
資金供給者 株式会社三菱UFJ銀行
評価機関 DNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社
調達予定額 非公表
調達日 2023年11月30日

4. 株式会社商船三井

4-1. 株式会社商船三井の概要

株式会社商船三井は、多様な船舶を運航し、世界中の物流を支える日本の大手海運会社です。同社は、鉄鋼原料、石炭、木材チップの輸送を始め、原油や液化天然ガス、自動車、さまざまな製品の輸送に至るまで、広範囲にわたる海運サービスを提供しています。

商船三井グループは、「商船三井グループ環境憲章」を定め、海洋及び地球環境の保全に向けた活動を全社的に展開しています。この憲章は、全ての事業活動に適用され、従業員はもちろんのこと、取引先やビジネスパートナーにもその遵守を求めています。また、環境保全を考慮した「取引先調達ガイドライン」も策定し、ステークホルダーとの共創を通じて環境問題の解決に取り組んでいます。

特に、気候変動対策に関しては、「2050年ネットゼロ・エミッション」を目標に掲げ、海洋環境保全や生物多様性の保護、大気汚染の防止などに取り組んでいます。

さらに、中長期目標として、下記の内容を挙げています。

  • 2020年代中にネットゼロ・エミッション外航船の運航を開始します
  • 2035年までに輸送におけるGHG排出原単位を45%削減します(2019年比)
  • 2050年までにグループ全体でのネットゼロ・エミッション達成を目指します

4-2. トランジション・ローンの締結

2024年1月26日には、サステナブルファイナンス・フレームワークを策定し、「DNVビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社」からセカンド・パーティ・オピニオンを取得しました。

このフレームワークを活用し、サステナブルファイナンスによる資金調達を実施することで、商船三井グループはサステナビリティ戦略の推進に必要な資金を確保していく予定です。既に、トランジション・ローン3件およびトランジション・リンク・ローン1件の融資契約を締結し、更に1件の締結も予定しているとのことです。

なお、今回、経済産業省によってトランジション・ファイナンス補助金事業に選出されたトランジション・ローンの概要は、下記の通りとなっています。

資金調達者 株式会社商船三井
資金供給者 契約①:株式会社三井住友銀行
契約②:三井住友信託銀行株式会社
評価機関 DNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社
調達予定額 未定
調達日 2024年1月

5. 北陸電力株式会社

5-1. 北陸電力株式会社の概要

北陸電力株式会社は、電力の発電と販売を主軸に事業を展開している富山県富山市に本拠を置く電力会社です。同社は、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、環境に優しい取り組みを積極的に推進していく方針を明確にしています。この目標に向けた「カーボンニュートラル達成に向けたロードマップ」の策定を通じて、再生可能エネルギーの主力電源化、送配電網の次世代化、電化推進、再エネ・蓄電池の普及、さらにはクライアントや地域のゼロエミッション支援など、幅広い分野での脱炭素化に取り組む計画を進めています。

5-2. トランジション・ボンドの発行

北陸電力は、2022年10月28日、北陸電力はこれらの取り組みを加速するために、同社初となるトランジション・ボンドの発行を発表しました。この債券は、カーボンニュートラル実現に資するプロジェクト資金の調達を目的としており、同社のESGファイナンスの取り組みを体系的にまとめた「北陸電力株式会社サステナブル・ファイナンス・フレームワーク」に基づいています。このフレームワークの策定には、第三者評価機関からのセカンド・パーティ・オピニオンを取得し、グリーンおよびトランジションファイナンス活用に関する各種基準への適合性を確認しています。

なお、今回発行されたトランジション・ボンドの概要は、下記の通りとなっています。

発行体 北陸電力株式会社
ストラクチャリング
エージェント
みずほ証券株式会社
評価機関 DNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社
調達予定額 200~300億円
調達日 2022年12月

6. 東邦ガス株式会社

6-1. 東邦ガス株式会社の概要

東邦ガス株式会社は、愛知県、岐阜県、三重県の3県をサービスエリアとして、天然ガスの製造から供給、販売に至る一連の事業を展開している企業です。同社は、サステナビリティの実現に向けた「東邦ガスグループ サステナビリティ方針」を策定し、環境性に優れたエネルギーの安定供給を通じて、持続可能な社会の実現への貢献を目指しています。

東邦ガスは、低炭素化と脱炭素化の推進に向けて、水素の利用やカーボンリサイクル技術の革新に注力すると共に、ガス自体の脱炭素化にも取り組んでいます。また、電源の脱炭素化を含む多様な手段を組み合わせることで、2050年のカーボンニュートラル実現に挑戦することを表明しており、その取り組みはクライアント先やサプライチェーン全体にも及ぶとしています。

6-2. トランジション・ボンドの発行

2022年10月27日には、その目標達成に向けた重要なステップとして、同社初のトランジション・ボンドを発行することを決定しました。この債券の発行によって調達される資金は、「ガス・水素・電気」の3つの分野における重要プロジェクトに充当されます。具体的には、メタネーション実証試験(ガス)、水素製造プラント(水素)、系統用蓄電池及び洋上風力発電事業(電気)への投資が予定されています。

なお、今回発行されたトランジション・ボンドの概要は、下記の通りとなっています。

発行体 東邦ガス株式会社
ストラクチャリング
エージェント
大和証券株式会社
評価機関 DNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社
調達予定額 100億円
調達日 2022年11月

7. まとめ

トランジションファイナンスは、各分野の企業が脱炭素化を実現するための長期的な戦略として策定したロードマップについて、その内容に基づいた取り組みをサポートするファイナンス手法となっています。

我が国が掲げる「2050年カーボンニュートラル」実現のためには、あらゆる分野の企業が一丸となって脱炭素に取り組んでいく必要があり、その手段としてトランジションファイナンスはなくてはならない重要な存在であると言えるでしょう。

今後は、こうした動きがますます加速し、関連する資金調達方法もより多様化していくと見られるため、トランジションファイナンスが健全な形で広がっていくことによって、世界の脱炭素化がさらに進んでいくことが期待されます。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12