鉱物業界において、特に宝石や自動車部品の原料など複雑なサプライチェーンを持つものほど、ブロックチェーンの活用が注目されています。電子機器に必須の錫も例外ではなく、製造の全工程を特定するのは容易でないのが現状です。2018年、Googleをはじめ複数の企業がペルーの高山地で、ブロックチェーンによるトレーサビリティの実用試験を始めました。そして、ルワンダの鉱山でも継続的な試験運用が行われています。
本稿では、ブロックチェーンを活用し、錫のトレーサビリティ向上を図るプロジェクトに焦点を当て、その詳細について解説します。
目次
- 2018年からエンドツーエンドの鉱物トレーサビリティ計画に着手
- 大規模鉱山で業界基準にし、小規模鉱山へ
- ルワンダの大湖沼地域でエンドツーエンドのトレーサビリティ構築
- 紛争鉱物規制にブロックチェーンの技術で対応
- QRコードを活用したデータ閲覧
- 小規模鉱山を大規模サプライチェーンに参加
- 紛争鉱物の調達情報をブロックチェーンで証明
- 紛争鉱物「コバルト」のサプライチェーン
- まとめ
① 2018年からエンドツーエンドの鉱物トレーサビリティ計画に着手
錫は多くのテクノロジーや製造分野で広く利用され、Google プロダクトを含む多種多様な製品にとって不可欠な原料です。しかし、錫の輸送プロセスの追跡は不明瞭であり、これが長らくの課題とされてきました。
2018年には、Responsible Minerals InitiativeのメンバーであるCisco、SGS、Volkswagen、そしてペルーのMinsur社が協力し、エンドツーエンドの鉱物トレーサビリティを目指して計画をスタートさせました。第1フェーズでは、Minsurのサンラファエル鉱山が選定され、この鉱山からは世界の錫供給量の約6%が生産されています。
② 大規模鉱山で業界基準にし、小規模鉱山へ
プロジェクトの初期段階では、成功を最優先し、透明性を既に確保している採掘会社を選定しました。サンラファエル鉱山は、品質の高い錫が多量に埋蔵されていることから、世界中の企業に錫を供給しています。
ブロックチェーンプロジェクトの多くは、大規模な鉱山よりも小規模でリスクの高い採掘場を対象としていますが、本プロジェクトでは大規模な鉱山を選んだ背景には、プロトコルのテストと監査基準への適合があります。これにより、後にツールの微調整を行い、小規模な採掘場や異なる業界にも展開可能です。さらに、このプロジェクトを通じて、複雑な状況にも対応できるモデルを確立することで、リスクの高い地域でも対応が期待されます。
将来的には、大規模な鉱山から小規模な採掘場に至るまで、ブロックチェーンシステムの実装を普及させ、トレーサビリティを「例外」から「規範」へと変革したいと考えています。
③ ルワンダの大湖沼地域でエンドツーエンドのトレーサビリティ構築
2019年に入り、ベルリンを拠点とするMinespiderとの協力により、ブロックチェーンを用いたトレーサビリティ構築の第2フェーズがルワンダの大湖沼地域で始まりました。
2020年のパイロットプロジェクト第2フェーズにおいて、MinespiderはルワンダのLuNa Smelterやルワンダ鉱山・石油・ガス委員会と提携しました。この提携により、ルワンダの大湖沼地域でエンドツーエンドのトレーサビリティの実現を目指しました。LuNa Smelterは、アフリカで唯一RMIの責任ある鉱物保証プロセス(RMAP)に適合した錫精錬業者として、責任ある方法で高品質の錫を生産しています。
第2フェーズでは、Minespiderが提供するブロックチェーンプロトコルが採用され、鉱物が鉱山から消費者の元へと届くまでの全プロセスで、追跡が行われました。ここで重要視された3つの目標は以下の通りです。
- MinespiderのブロックチェーンベースのOreSourceツールを用いて、精錬所や鉱山が国際的な規制をより効率的に遵守できるよう支援すること。
- さまざまなデジタルトレーサビリティツールの相互運用性とデータプライバシーの確保をテストし、情報交換の効率化を図ること。
- トレーサビリティの適用範囲を拡大し、大規模な鉱山だけでなく、資源の限られた小規模な鉱山も含めることの実証。
④ 紛争鉱物規制にブロックチェーンの技術で対応
2021年にEUで紛争鉱物規制が施行されたことで、原産国の人権侵害や紛争の資金源となる可能性のある鉱物の輸入が厳しく制限されました。この規制により、企業は紛争鉱物の排除や、労働安全衛生、コミュニティの権利、環境保護といった側面での責任を強化され、コンプライアンスの徹底が求められています。しかし、これに伴うデューデリジェンスの負担増や高コストにより、特に小規模採掘業者は厳しい状況に置かれています。
ブロックチェーン技術がここで注目されています。分散型台帳技術の採用により、サプライチェーン全体での取引の透明性が確保され、改ざんの防止やデータアクセスの公平性が向上します。また、知的財産権の保護強化も期待されています。
Minespiderが提供するブロックチェーンベースのOreSourceツールは、第2フェーズでのテストを経て、鉱山、精錬所、貿易業者が調達規制を効率よく遵守する手段としての可能性を示しました。
⑤ QRコードを活用したデータ閲覧
プロジェクトの第2フェーズでは、ルワンダのLuNa SmelterがOreSourceを用いてQRコードを生成し、貨物に貼り付けました。これにより、下流の検査係はコードをスキャンし、錫の加工流通過程を一覧できます。
このQRコードには、貨物の詳細、重量、原料の品質、インゴット数、精錬所の適合状態等の情報が含まれ、原料の原産地や各採掘現場に関するデータも確認可能です。プロジェクトの次のステップでは、LuNa Smelterは金属に直接QRコードをレーザーで彫り込む計画です。
ブロックチェーンにアップロードされるデータには、請求書や加工流通過程のドキュメントなど、業界で必要な機密情報が含まれます。これらのデータは従来のサプライチェーンでは共有されづらく、参加企業が増えるとデータの追跡は複雑化します。
LuNa Smelterは、デューデリジェンスを重視し、プロジェクトへの参加を通じてそのレベル向上が期待できます。将来的には、原料データをグラム単位で、そしてすべての採掘現場に関するデータをブロックチェーンに記録することが可能です。
⑥ 小規模鉱山を大規模サプライチェーンに参加
紛争地域の小規模鉱山は、金属の責任ある調達を証明する手段を持たないことが課題です。この解決のため、大規模サプライチェーンへの参加が必要です。
Minespiderの創設者、Nathan Williams氏は、企業への財務負担を最小限に抑えつつ、プロセスの透明性向上とデューデリジェンス情報の提供を目指しています。その過程で、OreSourceをできるだけ多くの鉱山(特に小規模鉱山)に広め、スケールの拡大を図り、他の金属にも応用する計画です。
実際に、LuNa Smelterは、Minespiderが生成したQRコードを利用し、200トン以上の錫をルワンダから国際市場に出荷し、その流通過程を追跡しています。プロジェクトの究極の目標は、自社のサプライチェーンで鉱物トレーサビリティプロトコルを使用するだけでなく、業界全体のトレーサビリティを向上させるため、オープンなプロトコルを提供することです。
⑦ 紛争鉱物の調達情報をブロックチェーンで証明
EU紛争鉱物規制により、精錬業者は「責任ある鉱物調達」の証明を行う必要があります。このため、Minespiderが開発したブロックチェーンを活用したトレーサビリティシステム「OreSource」の利用と拡大が必要とされています。
ブロックチェーンの活用により、サプライチェーン全体の可視性と透明性が向上し、運用の効率化が図れ、管理コストの削減も期待できます。また、情報の真正性が保たれるため、投資家や消費者に対してもブランド力の維持が可能です。
こうした利点から、企業の中にはブロックチェーンを紛争鉱物のサプライチェーンに導入する動きが見られ、関連する業界団体も設立されています。2019年10月には、「Mining and Metals Blockchain Initiative」が世界経済フォーラム(WEF)の協力を得て立ち上げられ、26カ国から鉱物・金属を扱う企業が参加しています。
⑧ 紛争鉱物「コバルト」のサプライチェーン
紛争鉱物の対象となる鉱物が増える中、次に注目されているのは「コバルト」です。コバルトは携帯電話や電気自動車(EV)のリチウムイオン電池の原材料として重要で、全体の6割はコンゴ民主共和国で採掘されています。しかしその中の約2割は、倫理的な生産が立証できない小規模採掘所によるものです。
特に、これらの採掘所では4万人以上の子どもたちが労働しており、国際人権NGOから深刻な人権侵害が指摘されています。
コバルトの重要性から、「RSBN:Responsible Sourcing Blockchain Network」というコンソーシアムがRCS Globalにより設立され、フォード、フォルクスワーゲン、クライスラー、ボルボ、LG、IBMなどが参加しています。また、日本ではみんな電力がコバルトのサプライチェーンの透明化を目的に、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティプラットフォームの構築を2020年6月に発表しています。
⑨ まとめ
一般の消費者は、普段から鉱物が何に使われ、どこで採掘されているかを考えないかもしれませんが、宝石やレアメタルが海外から輸入されていることは理解しているでしょう。しかし、原産国では武装勢力の資金源リスクや児童労働などの人権侵害問題が存在し、サプライチェーンが不透明であるケースも少なくありません。
ブロックチェーンによる紛争鉱物のトレーサビリティは、採掘場から精錬所、製品出荷に至るまでの全工程を記録し、サプライチェーン全体の可視化と情報の信頼性を保証します。SDGsが世界規模で推進される中、ブロックチェーンを利用した取り組みは今後増えてくると予測されます。
立花 佑
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