本来食べられるのに廃棄されてしまう食品を指す、「食品ロス」という言葉を耳にすることが増えました。農林水産省の推計値によると、令和3年度における日本の食品ロスは523万トンです。日本では3,163万トンの食品を輸入しているにもかかわらず、大量の食糧が廃棄されているのです。
大量の食品廃棄が起きている一方で、飢餓に苦しむ人々は世界で7億人前後となっており、世界で食の不均衡が起きていることがうかがえます。
(※参照:UNICEF「『食料安全保障と栄養』最新報告書」)
また、食品ロスが環境に与える影響も深刻です。世界の温室効果ガスの8%から10%は食品ロスに関連していると言われ、ごみとなった食品を焼却した後の灰を埋め立てる際にも環境負荷が生じます。
様々な課題を抱える食品ロスに対して、企業も取り組みを始めています。合同会社クアッガは、パン屋さんで出てしまった「ロスパン」を価値ある商品として生活者に届けるため、冷凍して販売をするサイト「rebake」を運営するスタートアップです。オンラインサイトにはさまざまな種類の「ロスパン」が並び、見ているだけで食欲が刺激されます。
今回は、クアッガ社創業者の斉藤優也さんに、創業から現在までの経緯や、斉藤さんの思う理想の社会についてお話を伺いました。
話し手:合同会社クアッガ 斉藤優也さん
- パンの廃棄を減らすお取り寄せサービス「rebake」を運営する合同会社クアッガ代表。北海道の農家生まれで広大な自然に囲まれた幼少期を過ごし、当時から環境に対する関心が高かった。大学から大学院にかけて生態学や有機農業を学ぶ中で「環境を保護するためには、経済的メリットを提供して人を動かさなければいけない」と痛感、その方法を模索し始める。様々な方法を検討した末、「廃棄されるパンを価値ある商品として届ける」という活動を開始。「人にも食べ物にも幸せな一生を」をテーマに掲げ、ロスパンの予約販売を通じてフードロス削減に取り組んでいる。
目次
- みんながハッピーになる仕組みのビジネスを求めて
- 駅前でパンを売り歩くことからスタート
- 「作る幸せ」と「選ぶ幸せ」を守りたい
- ロスパンを通じて世の中の変化を実感
- 効率よりも方向性作りを目指して
- サステナブルが当たり前の世の中へ
- 編集後記
1 みんながハッピーになる仕組みのビジネスを求めて
斉藤さんは、北海道で生まれ幼少期を過ごしました。斉藤さんが環境や社会課題に関心を持つようになったのは、当時体験した衝撃的な出来事がきっかけだそうです。
「家が取り壊されることになったのです。高速道路が通ってインターチェンジができるということらしく、家の北側半分が無くなることになりました。周辺に住む人たちが、必ずしもその高速道路を使うわけじゃないのに、なぜこんなことをするのだろうと思いました。でも自分にはどうすることもできず、とても歯がゆい思いをしました。」
この経験によって環境保全に対する課題意識を強めた斉藤さんは、大学で生態学(生態系を守る学問)の道に進みます。そこで出会った教授の活動から、環境課題に挑む難しさを実感したと言います。
教授が活動していた内容のひとつに、秋田県のハタハタという魚の漁獲量制限がありました。行政に依頼されて地元の漁業者ひとりひとりに漁獲量を減らす交渉を行うという地道な活動です。しかし、漁師の方にとって漁獲量の減少は売上の減少に直結します。
「環境保全の観点では確かに必要ですし、長期的には魚が絶滅することは漁業従事者にとっても死活問題です。でも、彼らには今の生活があります。誰かの『今』を犠牲にせず、関わる人全員がハッピーになれる仕組みを通じて環境問題に取り組みたい、という思いが漠然と募りました。」
その後、実家が農家だったこともあり、農業関係の大学院に進学すると同時に市民農園を運営するベンチャー企業でも働き始めました。やがて、「経済活動を通じた環境課題の解決」という軸で本格的にビジネスをしたいという思いが強くなった斉藤さんは、自身の方向性に合う企業を転職先として探し始めます。ところが、自分の経験や考えにマッチするところはなかなか見つからず、自分で事業を始めようという結論に至りました。
「自分の専門である農業関連も検討しましたが、有機農業って長期戦です。有機農業で起業して成功するのはハードルが高そうだ、と考えました。廃棄物関連も徹底的に調べましたが、規制などで参入障壁がとても高いことがわかりました。そこで、姉がパン屋をやっていることを思い出し、『パンの廃棄を減らす』というアイデアにたどりつきました。」
2 駅前でパンを売り歩くことからスタート
捨てられるパンを救うビジネスを思いついたものの、スタートは順調とは言えませんでした。
「200軒くらいパン屋さんを訪ねて『ロスありませんか』と聞いてまわりました。その中でやっと5軒、協力してくれるところを見つけて事業をスタートできました。」
販売方法も最初からネット通販というわけではなかったそうです。
「最初は道端でロスになったパンを売りました。東京の中野を中心に、新宿や石神井公園などにも行きました。商品を提供してくれるパン屋さんの最寄り駅で売るのは嫌がられるので、わざわざ離れた駅で売っていました。コツを掴めば売れますが、疲れますし、販売活動を妨害されることもあり、完全に失敗でしたね。」
斉藤さんは笑いながら語りますが、当時の苦労は相当なものだったのではないでしょうか。ネット通販に参入し、合同会社クアッガ創業のきっかけとなったのは、前職である市民農園のベンチャーで同僚だった鶴見さんの存在でした。
「彼はエンジニアだったのですが、パンのために旅行するほどのパン好きで。彼に『パンの通販をしたらいいのではないか』と提案されたことがきっかけでネット販売を始めることが決まり、ロスパン販売のプラットフォーム『rebake』が生まれました。2018年のことです。」
その後、マスメディアに取り上げられたことや、SNSを通じたPR活動などが功を奏し、ようやく事業は順調に拡大し始めたのです。
3 「作る幸せ」と「選ぶ幸せ」を守りたい
ロスパンの販売を通して、作る人の「作る幸せ」と生活者の「選ぶ幸せ」を守りたい、と斉藤さんは話します。
「食品ロスの根本原因は、もしかしたら『作りたい人』がいることにあるのかもしれません。誰かに喜んでもらいたいから、または単純に作ることが好きだからなど、動機はいろいろあると思うのですが、『食べ物を作る』ということ自体に喜びを感じている人も多いと思います。また、大企業が大量生産する食品についても、商品を選べて幸せ、という状態をみんなに届けたいから、余るように作るしかないのではないでしょうか。」
斉藤さんは続けます。
「そんな中、『食品ロスを減らさないといけないから、作りすぎないでください』と一括りに言ってしまうことは、誰かの幸せを奪うことになると思うのです。」
rebakeを活用するパン屋さんのひとつ、ANDPANの清水さんからもお話を伺うことができました。
「食品ロス削減の観点では、閉店時間に売り切るというのが理想ではあります。しかしそれだと、閉店間際にいらっしゃったお客様はほとんど選べない状態。せっかく来店してくれたのなら、選ぶ楽しさも味わってもらいたいと悩んでいました。rebakeさんを活用するようになって、多めに作ってもその後に販売できる道があるという安心感を得られたように思います。安心して作れるし、お客様にも喜んでもらえて本当に嬉しいです。」
さらにrebakeは、お客様とパン屋さんの絆を深める役割も果たしていると言います。
「昔の常連さんで、転勤で店に来られなくなってしまった方が、rebakeを通してうちのパンを買ってくださいました。『数年前、ずっと通っていたんです』とメッセージが来て、とても感動しました。」
rebakeには購入したパンに対するコメント機能があります。お客様から寄せられるメッセージの通知が、rebake全体で10分に1回ほど届くそうです。お客様の声が、パン屋さんのやりがいにもつながっていると言えるのではないでしょうか。
4 「ロスパン」を通じて世の中の変化を実感
実は数年前まで、批判的な意見が寄せられることもあったそうです。
「ロスになった食品でお金を儲ける神経が信じられない、寄付したらどうですかといった内容のメールが、週に1回程届いていました。全然売れていなかった初期の頃から、そういう批判は多かったです。ですが、この1年、このような苦情は一切なくなりました。」
「最初、『ロスパン』というワードはサイトに出さないようにしていました。でも最近は、ロスというのを前面に出しても良いという風潮になってきたと感じます。」
また、パン屋さん側の環境に対する考えも変わってきたと感じるそうです。政府が脱プラやフードロス削減の政策などを行い、お店側がそういった対応を求められる機会が増えたことで、環境に対する意識が高まってきたのではないかと斉藤さんは考えます。
5 効率よりも方向性作りを目指して
このように社会からの評価や期待が高まる一方で、斉藤さんは、自身の事業を厳しく評価しています。
「rebakeの取り組みが、必ずしも食品ロスを解決する最適解ではないと思っています。作られ過ぎたものを食べてもらおうと思っても、食べる人の数は決まっているのだから限界があります。本気でロスをなくそうと思ったら、『作らない』以外に効率的な方法はないのではないかとも思っています。」
しかしそれでも、rebakeの取り組みを続けること自体に意味があると斉藤さんは考えます。
「非効率かもしれないと思いつつも、rebakeのような取り組みの積み重ねが、人間の方向性を作っていくと思っています。rebakeの活動を続けていくことで、もっと良い方法が生まれる可能性もあると私は信じています。」
6 サステナブルが当たり前の世の中へ
「ロスパン」に取り組む斉藤さんは、「サステナブルが当たり前の世の中」が理想の社会だと話します。
「環境や社会へのやさしさを主張する商品は多くなってきていますが、本来、全ての商品が環境や社会にやさしいことが理想ではないでしょうか。コストの問題などで難しい面もあるかもしれませんが、将来そういう世の中になってほしいと思っています。」
また、rebakeや自身の今後の展望について、以下のように語ってくれました。
「現在『ロスパン』は、店頭での価格より安く設定しています。しかし『ロスパン』だとしても、パンとしての価値はそれほど変わらないとも思います。『ロスの割には高い』という声が一定数あり、安くなっているから『ロスパン』を買われる方もいらっしゃると思います。ただいずれは、食品ロス削減が当たり前になり、極端な値下げをしなくても『このお店のパンだから買おう』と生活者の方に思っていただける世の中だと個人的には良いなと思います。」
「最近は原材料価格の高騰や、コロナ禍で増えたお家での食事の需要が減り始めるなど、パン屋さんを取り巻く環境も難しい面が増えています。このような時だからこそ、これまでrebakeを支えていただいた恩返しの意味も込めて、ロス以外の部分でもパン屋さんのサポートをできればと思っています。また、食品ロス削減の観点では、パン以外の食品でもrebakeの仕組みを応用して貢献していきたいと考えています。」
7 編集後記
rebakeの魅力は、食品ロスに貢献できることばかりではありません。rebakeでしか通販できない、地方のおいしいパン屋さんの商品を気軽に楽しめるところにメリットを感じ、利用している方も多いそうです。お客様の8割がリピーターということからも、全国のパン好きに愛されていることがわかります。
最適解ではないとしつつも、良い方向に世の中を変えていくため、できることを継続していくという信念で、斉藤さんは事業を続けています。rebakeには現在、16万人の顧客ユーザーと1500軒以上のパン屋さんが登録しており、共感の輪は広がっています。「サステナブル」を声高に叫ばなくても良い世界は、着実に近づいているのかもしれません。
松尾 千尋
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