世界中でサステナビリティ意識が高まっている近年、ベンチャー市場にも新風が吹いています。短期間で急成長を狙う未上場スタートアップ「ユニコーン企業」とは対極的に、持続可能な成長と社会への還元を追究する「ゼブラ企業」への注目度が高まっています。
本稿では、金融分野とIT技術を融合させたイノベーション、フィンテック(FinTech)分野(※1)において、持続可能な金融システムを目指す、欧州のゼブラ企業を紹介します。
※1:金融分野とIT技術を融合させた、革新的な金融商品・サービスのこと
※本記事は2023年11月30日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- ゼブラ企業の概要
1-1.ゼブラ企業の理念
1-2.ユニコーン企業との比較
1-3.ゼブラ企業の起源 - ゼブラ企業が注目されている3つの理由
2-1.社会の価値観を反映
2-2.持続可能なビジネスモデル
2-3.魅力的な投資対象 - 注目の欧州フィンテック・ゼブラ企業3社
3-1.世界初のグリーンネオバンク「Green-Got」
3-2.使いながら貯める!節約・貯蓄アプリ「Monkee」
3-3.「市民株式」発行で地域活性化「Regionalwert AG」 - まとめ
1.ゼブラ企業の概要
1-1.ゼブラ企業の理念
ゼブラ企業とは、「サステナビリティ」「社会的責任」「コミュニティ」「共存共栄」など、長期的な社会・経済発展に欠かせない価値観を、自社の成長の柱とするスタートアップのことです。
短期間で驚異的な成長を遂げ、企業価値や株主の利益の最大化を優先するユニコーンとは異なり、従業員・顧客・取引先・競合他社・地域住民を含むすべてのステークホルダーから社会、環境まで、広範囲な領域に長期的な恩恵をもたらすことを理念に掲げています。
「ゼブラ=白と黒」という名称は「共通価値の創造(Creating Shared Value:CSV)」(※2)に由来しており、持続可能で収益性の高いビジネスモデルを自社のペースで築くことを目指している点が特徴です。また、ユニコーン企業のように明確な定義がなく、柔軟性の高い成長が期待できます。
※2:社会価値と経済価値を両立させる経営戦略
1-2.ユニコーン企業との比較
ユニコーン企業とゼブラ企業の主な違いを、確認してみましょう。
ユニコーン企業 | ゼブラ企業 | |
---|---|---|
企業評価額 | 10億ドル(約1,490億円)以上 | 特に制限なし |
設立期間 | 10年以内 | 特に制限なし |
上場の有・無 | 非上場企業 | 特に制限なし |
セクター | テクノロジー | 多様 |
目的 | 指数関数的な成長 | 持続的な成長 |
目標 | 上場・売却・10倍成長 | 利益の創出・2倍成長 |
資金源 | 投資家からの資金調達 | キャッシュフロー・負債 |
受益者 | 優先株主 | 個人・公共 |
価値観 | 量重視 | 質重視 |
スタイル | 市場独占型 | 市場参加・共存型 |
※表は、Linkedin「Unicorn Companies vs Zebra Companies: Which One Should You Have」を参照に筆者作成
参照:Storm4「Zebra Startups: The New Company Getting Noticed By Investors」
参照:Vulcan Post「For-profit and for-purpose:The world can become a better place with more zebra startups」
1-3.ゼブラ企業の起源
ゼブラ企業という造語は、2017年に4人の米女性起業家が発足させたムーブメント「Zebras Unite (ゼブラ・ユニット)」が起源です。
同ムーブメントは、「新しい経済のための文化・資本・コミュニティを創造する、創設者主導の共同組合運動」で、以前からゼブラの理念を実践していた約30の組織が創設メンバーとして参加しています。
参照:Zebras Unite HP「Zebras Unite」
2.ゼブラ企業が注目されている3つの理由
次に、ゼブラ企業の注目度が高まっている3つの理由について見てみましょう。
2-1.社会の価値観を反映
「多様な社会還元を介して、全ての人々にとって平和で公平な社会を築く」というゼブラ企業の理念は、国際社会共通の課題であるSDGs(持続可能な開発目標)と一致します。
企業やビジネスの在り方にもサステナビリティ意識が求められている中、ゼブラ企業の理念と実践的アプローチは、多くの消費者や投資家の価値観を反映しているといえるでしょう。
2-2.持続可能なビジネスモデル
従来のスタートアップの課題として、持続性や安定性に欠ける傾向が挙げられます。
米国労働統計局のデータによると、スタートアップの1割が起業から1年以内に事業に失敗し、長期的に生き残るのは僅か1割です。つまり、急成長を最優先事項とするスタートアップの多くが、目標を達成できずに市場から消えてしまう、或いは苦戦を強いられるのです。
実際、Uber Technologies(ウーバー・テクノロジーズ)やWe Work(ウィー・ワーク)などのように、瞬く間に大成功を納めたにも関わらず、巨額の赤字損失に転じてしまったユニコーンも少なくありません。
参照:Exploding Topics「Startup Failure Rate Statistics (2024)」
参照:MarketWatch「15 money-losing companies could become the stock market’s biggest ‘unicorn’ failure ever」
このような現状を踏まえ、ゼブラ企業の持続可能なビジネスモデルは、既存のスタートアップモデルの変革に役立つと期待されています。
2-3.魅力的な投資対象
低リスクで長期的なリターンを期待できるスタートアップを探している投資家にとって、ゼブラ企業は魅力的な投資対象となる可能性があります。
ゼブラ企業は社会還元のみならず、経済利益も重視しています。実際、米国で最も急成長中の非公開企業を順位付けした「Inc.5000」(※3)には、多数のゼブラ企業がランキング入りしています。
※3:米中小企業向け雑誌『Inc.(インク)』が、3年間の収益成長率に基づいて、年間収益10万ドル(約1,490万円)以上の企業をランキングしたもの
参照:Inc.「2023 Inc. 5000 Methodology: How We Selected These Companies」
また、ユニコーン企業が主にVCや機関投資家から資金調達を行うのに対し、ゼブラ企業は多様な手段を用いて資金調達を調達するため、個人投資家にとってハードルが低い点も魅力です。
3.注目の欧州フィンテック・ゼブラ企業3社
ゼブラ企業は多様多種なセクターにおいて、既存のビジネスの概念を塗り替えようとしています。金融セクターに変革をもたらしたフィンテックは、ゼブラ企業の進出が活発化している領域の1つです。
近年は、Paypal(ペイパル)、Robinhood(ロビンフッド)、Stripe(ストライプ)、Klarna(クラ―ナ)など、多数のフィンテック・ユニコーン企業が金融市場を席巻する一方で、デジタル経済・社会を支える持続可能な金融システムのニーズが高まっています。
ここでは、このような課題に取り組んでいる、欧州のフィンテック・ゼブラ企業3社を紹介します。
3-1.世界初のグリーンネオバンク「Green-Got」(フランス)
2020年にパリ西部近郊の都市ヌヌイ=シュル=セーヌで設立されたGreen-Got(グリーン=ゴット)は、「顧客と環境への利益還元」を経営理念に置くネオバンク(※4)です。
※4:提携する既存の銀行の銀行免許を利用して、デジタルデバイス経由で金融サービスを提供する金融企業
同社は先進的なバンキングサービスに加え、顧客がサービスの利用を介して環境・社会へ還元するなど、サステナビリティ意識を高める機会を提供しています。
同社の顧客の貯蓄やカード手数料、利益の一部は、再生可能エネルギー・省エネ・水管理・森林保護・海洋浄化活動を含む、気候変動や環境保護に貢献する事業やプロジェクトに投資されます。
また、カード決済手数料の端数分を繰り上げて環境・社会プロジェクトに寄付する「端数寄付」オプション機能、消費フットプリント(※5)を追跡するCO2(二酸化炭素)排出量計算ツールなど、顧客が積極的にエンゲージできる無料サービスも提供しています。
※5:消費による環境負担を数値化したもの
フランスの3大銀行と比較すると、顧客は同社の口座を利用することにより、CO2排出量を4分の1に抑えることができます。
2023年に実施した2回の資金調達ラウンドでは、総額549万ドル(約8億1,790万円)を獲得しました。
参照:Green-Got HP「Green-Got」
3-2.使いながら貯める!節約・貯蓄アプリ「Monkee」(オーストリア)
「人々が経済的により健全な生活を送れるように支援する」というスローガンのもと、Monkee(モンキー)は2018年に設立されました。パーソナルファイナンスとロイヤルティ制度の要素を組み合わせることで、ユーザーがお金を上手に使いながら、目標達成に向けて効果的に節約・貯蓄できる無料アプリを提供しています。
通常の家計簿アプリと異なるのは、キャッシュバック貯蓄口座を提供している点です。ユーザーがアプリ経由で同社のブースターパートナー(提携企業)の商品・サービスの購入や、同社発行のVISAデビットカードの使用により、アプリ内の貯蓄口座に最大20%キャッシュバックされる仕組みになっています。
2023年11月現在は、オーストリアとドイツで事業を展開しており、13万人のユーザーが総額1億5,000万ユーロ(約243億5,023万円)以上の貯蓄に成功しています。
MonkeeはVISAやオランダの大手金融機関INGなどと提携しており、2023年6月までに総額320万ドル(約4億7,653万円)の資金を調達しました。
参照:Monkee HP「Monkee」
参照:Crunchbase「Monkee」
3-3.「市民株式」発行で地域活性化「Regionalwert AG」(ドイツ)
地元コミュティを支援するためのエクイティファイナンス(※6)を介して、地域の価値とサステナビリティ意識を高める機会を住民に提供するという、新たな地域活性化ソリューションを提供しているのは、2006年に設立されたRegionalwert AG(リージョナルヴェルトAG)です。
※6:金融機関からの融資ではなく、主に株式発行により株式資金を増やす資金調達法
同社から「市民株式」を購入した地域住民や企業・組織は、地元の持続可能な有機農業や食品生産、リテールなどに「市民株主」として投資できます。
同社の目標は、ビジネスと消費者、市民株主によるローカルネットワークを築き、地域内の持続可能な事業を支援することです。2023年11月現在までに、ハンブルグ、フライブルクを含むドイツ国内に8カ所、オーストリアに1カ所のリージョナルヴェルトを設立しています。
同社の革新的な資金融資モデルは2020年、ドイツの科学誌『ZEIT WISSEN』の「持続可能性への勇気賞」を受賞。創設者のクリスチャン・ヒス氏は2010年に「ドイツ持続可能性賞」を受賞した、著名なサステナビリティ社会起業家でもあります。
参照:Regionalwert HP「Regionalwert」
4.まとめ
国際経営コンサルティング企業Boston Consulting Group(ボストン・コンサルティング・グループ:BCG)と米VC、QED Investors(インベスターズ)の共同レポートによると、フィンテック関連の市場規模は2030年までに1兆5,000億ドル(約223兆1,168億円)と、2021年の6倍に成長することが予測されます。
参照:BCG「Fintech Projected to Become a $1.5 Trillion Industry by 2030」
デジタル時代への移行を追い風に、ゼブラ企業がどのような影響を金融セクターに与えるのか――投資の未来を拓くポテンシャルを秘めた分野としても、今後の動向が注目されるでしょう。
アレン琴子
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