一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- 日本におけるエネルギーの脱炭素化の動向
1-1.「GX実現に向けた基本方針」の策定
1-2.「第7次エネルギー基本計画」の策定に向けて
1-3.エネルギー白書2024 - エネルギーの脱炭素化の現状
2-1.脱炭素先行地域の選定
2-2.地域脱炭素化促進事業制度 - 今後10年間で予想される動き
3-1.コストが削減されるセクターや分野とは
3-2.気候技術の導入予測 - まとめ
2022年6月、岸田文雄内閣によって承認された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、カーボンニュートラルを目指した経済社会全体の変革が進められています。この計画の中で「グリーントランスフォーメーション(GX)」への投資が重点投資の一つとして挙げられています。
具体的には、2022年7月から「GX実行会議」が定期的に開催され、クリーンエネルギーを中心とした社会への転換が議論されています。この流れを受けて、エネルギーの脱炭素化が急速に進められ、今後10年で特にコスト削減が期待されるセクターや分野が存在します。
この記事では、エネルギーの脱炭素化に関する最新の動向と、これからコスト削減が見込まれるセクターや分野について詳しく解説します。
1.日本におけるエネルギーの脱炭素化の動向
1-1.「GX実現に向けた基本方針」の策定
2022年12月22日には、「GX実現に向けた基本方針」がまとめられました。この方針は、エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素を同時に実現するためのロードマップです。「GX」とは、化石燃料に依存する現在のエネルギーシステムから、太陽光発電などのクリーンエネルギーを主体とするシステムへの転換を目指す政策です。
政府は「GX実現に向けた基本方針」を通じて、省エネルギーの推進、再生可能エネルギーの利用拡大、原子力発電の有効活用など、具体的な政策を展開しています。これにより、「エネルギーの安定供給」と「脱炭素社会への移行と経済成長の同時実現」を目指しています。
このような取り組みは、エネルギー政策において、安定供給を基本にしつつ、脱炭素化を進めるための重要なステップとなっています。今後もGXに向けた政策は、日本のエネルギーシステム改革の核となるでしょう。
1-2.「第7次エネルギー基本計画」の策定に向けて
前述の「GX実現に向けた基本方針」の策定に先駆けて、2021年10月22日には「第6次エネルギー基本計画」が日本で閣議決定されました。エネルギー基本計画は、2002年に制定された「エネルギー政策基本法」に基づき、国の中長期的なエネルギー政策の方向性を定めるものです。2003年に初めて策定されて以降、約3年ごとに見直しが行われ、最新のものがこの「第6次エネルギー基本計画」です。
この計画の策定は、東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所事故から10年が経過した節目に行われ、福島の復興と安全性の確保を最優先とする政策が重視されました。エネルギー政策においては、「安全性(Safety)」を前提に、「エネルギーの安定供給(Energy Security)」を最優先し、「経済効率性(Economic Efficiency)」を通じた低コストエネルギー供給と、「環境への適合(Environment)」を目指す「S+3E」のバランスが重要視されています。
さらに、第6次エネルギー基本計画では、2050年のカーボンニュートラル実現や温室効果ガス排出削減目標に向けた政策路線が示され、気候変動対策と日本のエネルギー需給構造の課題解決が主要なテーマとして掲げられています。
2024年5月15日には「総合資源エネルギー調査会」が開催され、「第7次エネルギー基本計画」の策定作業が始まりました。新たな計画では、従来の2030年の目標を見直し、「2035年以降」という新しい中間目標年を設定することで、クリーンエネルギーへの移行シナリオをより明確にする方針です。これは、2025年末に開催される「国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)」で提出される国際公約にも反映される見込みです。
1-3.エネルギー白書2024
上記以外にも、2024年6月4日には、「エネルギー政策基本法」第11条の規定に基づくエネルギーの需給に関して講じた施策の概況に関する年次報告「エネルギー白書2024」が、閣議決定および国会報告されました。
エネルギー白書2024は3部構成となっており、第1部はエネルギーを取り巻く動向をふまえた分析、第2部は国内外のエネルギーに関するデータ、第3部はエネルギーに関する政策がまとめられています。
中でも第1部では、福島復興の進捗、カーボンニュートラルとエネルギーセキュリティ、GXに関するトピックが取り上げられており、2023年8月、廃炉を着実に進め、「ALPS処理水」の海洋放出を開始したことなどが言及されました。
また、世界規模での「GX・カーボンニュートラルの実現に向けた課題と対応」に関しても、2023年11~12月にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)」において、原子力が気候変動対策として初めて明記されたことなどが述べられています。
2.エネルギーの脱炭素化の現状
2-1.脱炭素先行地域の選定
日本政府は2021年6月、地球温暖化防止のための行動計画として、企業や地域が脱炭素化に向けた取り組みを示す「地域脱炭素ロードマップ」を策定し、その中で「脱炭素先行地域」について言及しました。
脱炭素先行地域とは、民生部門(家庭部門及び業務その他部門)の電力消費に伴う二酸化炭素排出の実質ゼロを実現し、運輸部門や熱利用なども含め、その他の温室効果ガス排出削減についても地域特性に応じて実施する地域のことを指します。
政府は、この地域脱炭素ロードマップに基づいて、2025年度までに少なくとも100か所の脱炭素先行地域を選定し、脱炭素に向かう地域特性などに応じた先行的な取り組み実施の道筋をつけ、2030年度までに実行することを宣言しました。
また、農村・漁村・山村、離島、都市部の街区などのさまざまな地域において、地域課題を解決し、住民の暮らしの質の向上を実現しながら脱炭素に向かう取り組みの方向性を示すとしています。
実際、2024年2月に環境省から公表された資料によると、これまでに行われた第1回~第4回の選定において、全国36道府県95市町村の74提案が選ばれたということです。
なお、これまでに選定された計画提案が1件もない都道府県は、11都県だということで、選定が着々と進んでいることが分かります。
さらに、2024年6月中旬~は第5回選定が行われており、選定地域がさらに増えることが期待されています。
2-2.地域脱炭素化促進事業制度
環境省では、「地球温暖化対策推進法」に基づいて、市町村が、再エネ促進区域や再エネ事業に求める環境保全・地域貢献の取り組みを自らの計画に位置づけ、適合する事業計画を認定する仕組みを2022年4月から施行しています。
この制度では、地域の合意形成を図りつつ、環境に適正に配慮して地域に貢献する、地域共生型の再エネを推進しており、各地域の課題に応じて、適切な再エネ事業を実施することで、地域の課題解決を進めています。
また、市町村は、住民や事業者などが参加する協議会を活用し、再エネ事業に関する促進区域や、再エネ事業に求める地域の環境保全のための取り組み、地域の経済や社会の発展に資する取り組みを自らの計画に位置づけることとされており、実際、2024年1月時点において、16市町村が促進区域を設定していることが明らかになっています。
具体的には、佐賀県唐津市において、太陽光や風力、中小水力、バイオマスおよびその電力を活用した水素製造などの事業が促進されているほか、北海道せたな町では、太陽光や風力の事業が促進されています。
さらに、環境省は、再生可能エネルギー発電設備にかかる固定資産税の課税標準の特例措置の対象を見直し、地域脱炭素化促進事業の認定を受けた一定の太陽光発電設備などについて、2024年度から固定資産税を軽減することを明らかにしており、これによってクリーンエネルギーへの転換がさらに進むと期待されています。
3.今後10年間で予想される動き
ここからは、今後10年間においてどのような動きが予想されるか、表なども交えながら詳しく紹介していきます。
3-1.コストが削減されるセクターや分野とは
「マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン」が発表した「エネルギー・脱炭素化に対する民間企業の動向:グローバルな視点から」という資料によると、技術の普及が予想通りに進めば、今後10年間でコスト削減が進むセクターや分野が明らかにされています。
特に注目されているのは、代替タンパク質分野での「培養牛肉」です。培養牛肉とは、動物を直接育てることなく、牛の細胞を用いて肉を体外で培養する技術です。従来の畜産業は広大な土地と多量の水を必要とし、また家畜の飼料となる穀物の栽培にも大量の資源が投入されます。さらに、家畜が発生させるメタンガスは、温室効果が二酸化炭素の約25倍とされ、環境負荷が非常に高いです。これに対し、培養牛肉の技術が進化することで、排出削減のコストが大幅に低下すると見込まれています。
次に、「洋上風力発電」と「グリーンアンモニア発電」がコスト削減が見込まれる分野として挙げられます。洋上風力発電では、特に「浮体式」と呼ばれる技術が注目されています。これは、深い海域でも設置が可能で、海底への影響が少なく、広範囲に設置することが可能なため、コスト削減の効果が高いとされています。
一方、グリーンアンモニアは、再生可能エネルギーを用いて水を電気分解し、化石燃料を使用せずにアンモニアを生成する方法です。従来のアンモニア生産は化石燃料から水素を抽出する過程で大量の二酸化炭素が排出されていましたが、グリーンアンモニアではこれが大幅に削減されるため、環境に対する負荷が低減されます。
これらの技術の進展により、エネルギーの持続可能な供給と環境負荷の低減が同時に達成されることが期待されています。
3-2.気候技術の導入予測
前述した通り、必要な速度で技術が普及拡大した場合、さまざまなセクターや分野の排出量削減コストが低減されることが予想されていますが、実際にコスト低減を実現し、「2050年ネットゼロ」を達成するためには、技術の普及ペースを大幅に加速させる必要があると考えられています。
「マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン」の資料によると、特に「炭素除去」については、2030年時点で見込まれている普及率のおよそ40倍のペースアップが、「電気自動車」については、+80%のペースアップが必要とされています。
一方で、太陽光については、ステッカーのように貼り付けるだけで設置できる太陽光パネルが誕生しているほか、最近では、太陽光発電をさらに拡大させるための有力候補と言われている「ペロブスカイト太陽電池」のテクノロジー開発にも力が入れられているなど、技術開発が進んでいるため、このままのペースでいけば問題ないと言えます。
4.まとめ
世界中でカーボンニュートラルへの動きが進められている中、日本政府は「GX実現に向けた基本方針」を策定するなど、温室効果ガスを発生させる化石燃料から太陽光発電などのクリーンエネルギー中心へと転換し、経済社会システム全体を変革しようとする取り組みを国全体で推進しています。
実際、日本は多くの原燃料を海外からの輸入に頼っていることで知られており、特に東日本大震災以降、化石燃料への依存度は高まっています。
具体的には、2021年度時点での依存度は83.2%にも上っているほか、原油については、中東地域におよそ90%依存していることが報告されています。
さらに、LNG(液化天然ガス)や石炭は、中東地域への依存度は低いものの、アジアをはじめとする海外からの輸入に頼っている状況です。
そんな中、エネルギーの脱炭素化を進め、クリーンエネルギー中心の社会へと転換していくことは、環境面だけでなく、こうした海外からの輸入量を削減するためにも重要となっており、クリーンエネルギーの活用から資源の循環を図ることで、国内への付加価値還流が期待できるとされています。
今回紹介したように、洋上風力発電、グリーンアンモニア発電分野、さらに培養牛肉分野は今後10年でコストが特に大きく削減されると見られており、さらなる市場の拡大が見込まれるため、引き続き技術開発の動向を追っていきたいと思います。
中島 翔
最新記事 by 中島 翔 (全て見る)
- 脱炭素に向けた補助金制度ー東京都・大阪府・千葉県の事例 - 2024年10月22日
- 韓国のカーボンニュートラル政策を解説 2050年に向けた取り組みとは? - 2024年10月7日
- NCCXの特徴と利用方法|ジャスミーが手掛けるカーボンクレジット取引所とは? - 2024年10月4日
- Xpansiv(エクスパンシブ)とは?世界最大の環境価値取引所の特徴と最新動向 - 2024年9月27日
- VCMIが発表したScope 3 Flexibility Claimとは?柔軟なカーボンクレジット活用法を解説 - 2024年9月27日