今回は、DCJPYでの貸付「サスティナビリティ・リンク・ローン」における実証実験について、一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12)に解説していただきました。
目次
- デジタル通貨フォーラムとは
1-1.デジタル通貨フォーラムの概要
1-2.デジタル通貨フォーラムの取り組み
1-3.デジタル通貨フォーラムの構成 - デジタル通貨でのサステナビリティリンク・ローンの実証実験
2-1.実証実験の概要
2-2.実証実験実施の背景
2-3.実証実験に参加する企業 - 実証実験の実施内容
3-1.「サスティナビリティ・リンク・ローン(SLL)」
3-2.主な5つの実施内容 - デジタル通貨「DCJPY(仮称)」とは
4-1.デジタル通貨「DCJPY(仮称)」の概要
4-2.デジタル通貨「DCJPY(仮称)」の性質 - まとめ
23年2月24日、株式会社ディーカレットDCPが事務局を務めているデジタル通貨フォーラムの電力取引分科会 サブグループBにおいて、「DCJPY(仮称)」を用いたファイナンス実証実験が行われました。
デジタル通貨フォーラムは金融インフラのデジタル化を通して経済や産業の発展と効率化に貢献することを目指した活動を行っており、今回発表された実証実験においては、脱炭素融資の金利設定にブロックチェーンを利用したことが報告されています。
そこで今回は、そんなデジタル通貨フォーラムが新たに実施した脱炭素融資に関する実証実験について、その概要や実施内容を詳しく解説していきます。
①デジタル通貨フォーラムとは
1-1.デジタル通貨フォーラムの概要
デジタル通貨フォーラムとは株式会社ディーカレットDCPが事務局を務める団体です。金融インフラのデジタル化を通じて経済や産業のさらなる発展と効率化に貢献することを目指しています。元々20年6月にデジタル通貨勉強会という名称でスタートしたこの取り組みは、20年12月に現在のデジタル通貨フォーラムへと発展的な改組を経ています。
デジタル通貨フォーラムでは、金融機関をはじめ、小売・運輸・情報通信・電力・商社・自治体・ICT・鉄道・製造業など広範な分野にわたる100社の企業・銀行・自治体・団体、有識者およびオブザーバーとしての関係省庁・中央銀行が参加しており、日本におけるデジタル通貨の実用性について日々検討を行っています。
1-2.デジタル通貨フォーラムの取り組み
デジタル通貨フォーラムにおける活動は大きく2つに分かれています。
一つは、デジタル通貨のコア機能となる資金の移転に関する業務フローや要件等の整理を行うこと。後述する「共通領域分科会」でこれに取り組みます。
そしてもう一つは、デジタル通貨プラットフォームを安全に扱うためのセキュリティ課題の検討、そしてさまざまな経済・社会的ニーズに応えていく取り組みを進めることです。これは、「各分科会」で行っています。
例えば、ブロックチェーンを利用したスマートコントラクトとデジタル通貨を組み合わせることによって、物流や商流と⾦融の連携や、証券と資⾦の同時受け渡し(DVP) の実現。また、バックオフィス業務の効率化や匿名性とデータ利活⽤の両⽴などを推進し、個⼈や企業、産業の活動をサポートするとともに、⽇本経済のさらなる活性化を目指しています。
このほかにも、デジタル通貨を保険の⽀払いや地域通貨へ応⽤すること、また電⼦マネーへのチャージを可能にすることなど、⽣活のあらゆるシーンにおいて利用可能な環境を構築することによって、これまでになかった全く新しいサービスや新たな価値を創出し、より便利で豊かな⽣活の実現を構築することを⽬指しています。
1-3.デジタル通貨フォーラムの構成
23年3月現在におけるデジタル通貨フォーラムの構成は、下記の通りです。
分科会
分科会では、各産業ごとにデジタル通貨を利⽤したユースケースの検討を行っています。
具体的には、それぞれの分科会ごとに幹事企業主導のもと、参加企業との意⾒交換を進めながらユースケースの決定や概念検証(PoC)の検討などを⾏ってます。分科会は優先度がより⾼く、企業側の取り組み意欲のより強いユースケースから先⾏して⽴ち上げているということです。主な分科会には以下のようなものがあります。
- ウォレットセキュリティ分科会
- 小売り・流通分科会
- 産業流通における決済分科会
- NFT分科会
- セキュリティトークン決済実務討分科会・制度検討分科会
- 地域通貨分科会
- 行政事務分科会
共通領域分科会
共通領域分科会では、参加銀⾏からの意⾒を参考にしながら、開発主体企業が二層構造デジタル通貨のプラットフォームにおいて必要となる要件やスキームについての整理を⾏っています。
シニアアドバイザー
シニアアドバイザーはデジタル通貨の制度や仕組みづくりなどにおいて、⾦融やテクノロジーに関する専⾨的な知識のもと、各取り組みに対するアドバイスを実施しています。
アドバイザー
アドバイザーは、デジタル通貨という全く新しいテクノロジーを社会インフラとして実装していくにあたって、法的、また経済学的、会計学的な専⾨的視点からのアドバイスを実施しています。
オブザーバー
デジタル通貨フォーラムはオブザーバーに対して、デジタル通貨発⾏の検討状況に関する報告を随時行い、積極的な意⾒交換を進めています。
事務局
事務局はデジタル通貨フォーラム全体の取りまとめのほか、分科会の運営サポートなどを⾏っています。
②デジタル通貨でのサステナビリティリンク・ローンの実証実験
2-1.実証実験の概要
23年2月24日、デジタル通貨フォーラムにおいて電力取引分科会 サブグループBが、デジタル通貨である「DCJPY(仮称)」を用いたファイナンス実証実験を実施しました。再生可能エネルギーの取引データと発電所の第三者スコアリングレポートを用いて、DCJPYによるファイナンス実証実験を行ったということです。
電力取引分科会 サブグループB(グループ幹事:株式会社エナリス)は、エネルギー分野におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)とGX(グリーン・トランスフォーメーション)の融合を推進し、中小企業のカーボンニュートラル支援の実サービス化を目指しています。22年3月に同グループは、電力取引実績をグリーンファイナンスへ活用する実証事業を実施しています。23年2月の実証実験ではエナリスが運用を行うP2P電力取引プラットフォームでの再生可能エネルギーの取引で発生する決済において、デジタル通貨DCJPYを活用するとともに、デジタル通貨DCJPYでの貸付(サスティナビリティ・リンク・ローン:以下SLL)を行うファイナンスサービスの実証実験を行いました。
エナリス(ENERES)は2004年に設立された独立系企業で、2013年に東証マザーズに上場、2016年にKDDI株式会社との資本・業務提携により関係会社となっています。エナリスは、ブロックチェーン技術を使ったP2P電力取引プラットフォームを構築し、再生可能エネルギー使用の顕在化(証明)と評価、再生可能エネルギー価値の流通に関わるさまざまな実証事業を行っています。
2-2.実証実験の背景
近年、世界中で脱炭素化に対する取り組みが加速している中、日本国内においても再生可能エネルギーの導入が求められており、再生可能エネルギー取引データ(電力・環境価値データ)の活用がますます進んでいます。
しかしその一方で、再生可能エネルギーの発電所が増加していることに伴って、環境に悪影響を与えかねない粗悪な発電所もますます増えてきています。このような状況の中、需要家は真に環境に配慮している発電所であることの証明となる「第三者による再生可能エネルギー電源の環境配慮証明」に注目しており、この証明を取得している発電所からエネルギーの調達を行っているということがより重要になってきています。
こうした背景を踏まえて、デジタル通貨フォーラムの電力取引分科会 サブグループBでは、クリーンエネルギーの利用実績などがファイナンスサービス優遇の条件となる「再生可能エネルギーの取引データと発電所による第三者スコアリングレポートを用いたファイナンス実証」を実施することを決定したということです。
デジタル通貨フォーラムでは、クリーンエネルギーの取引データをキーとしたファイナンスサービスを展開することによって、企業の脱炭素に対する取り組みをより促進するだけでなく、企業自らが主体的な脱炭素行動を創出するという良い循環を生み出すことが可能になると期待しており、今回の実証実験を通してその将来的な可能性を模索したいと語っています。
2-3.実証実験に参加する企業
今回の実証実験に参加した企業や自治体は、下記の通りです。
- 株式会社エナリス(幹事)
- 東京都
- 株式会社三井住友銀行
- 株式会社ディーカレットDCP(事務局)
③実証実験の実施内容
3-1.「サスティナビリティ・リンク・ローン(SLL)」
今回の実証実験では、エナリスが運用を行っているブロックチェーン上に構築された電力取引プラットフォームを用いた、電力取引で発生する決済および「サスティナビリティ・リンク・ローン(SLL)」の実行などがデジタル通貨である「DCJPY」で行われました。
SLLとは、借り手の「サステナビリティ・パフォーマンス」の向上を促進することを目的として、借り手の「Environment(環境)」、「Social(社会)」、「Governance(ガバナンス(企業統治)」を考慮した活動である「ESG戦略」と整合した取り組み目標である「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)」を設定し、SPTsの達成状況に応じて、借入人にインセンティブまたはディスインセンティブが発生するローンのことを言います。
SLLは17年あたりから、ヨーロッパを中心としてその組成額が急速に増加しており、18年時点では320億ドル、19年にはその2倍を超える713億ドルにまで達しました。また、19年3月には国際的な指針として、「ローンマーケットアソシエーション(LMA)」などによって、「サステナビリティ・リンク・ローン原則」が整備され、その規模はより一層拡大しています。日本国内においても、20年3月に環境省が「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン2020年版」を策定しており、今後のさらなる取り組み拡大に注目が集まっている状況です。
今回の実証実験では、比較的柔軟な目標設定が可能であるSLLのSPTsにクリーンエネルギーの利用実績などが設定されていることを条件としたサービスが適しているという考えから、SPTsおよび金利テーブルを電力取引プラットフォームに設定し、金融機関のSLL実行などをDCJPYで行うに至ったということです。
3-2.主な5つの実施内容
今回の実証実験では、主に下記に挙げる5つの内容が実施されました。
- クリーンエネルギーの利用実績の取得および、デジタル通貨による支払いの実証
- 需要家がSLL契約のためのSPTsを定め、SPTsおよび金利テーブルを電力取引プラットフォームに設定することで、金融機関のSLL実行をデジタル通貨で行う実証
- 需要家が融資を受けた資金についての使途制限の実証
- 再生可能エネルギー利用率や「GHG(Green House Gas)」排出量削減率などといったSPTs評価結果に基づいて金利徴収を実施する実証
- 実証実験に「非中央集権型自律分散組織(DAO)」システムの活用可能性を検討し、可能性がある場合は実装し、課題の検証を行う
なお、金融機関側の融資資金の調達およびDAOシステムの活用については、机上検証となることが報告されています。
今回の実証実験では、実際にブロックチェーン上に融資先となる企業のGHG排出量や電源構成のデータを書き込み、再生可能エネルギーの調達実績をもとにあらかじめ定められた二酸化炭素(CO2)排出量の削減率といった条件に基づいて、翌年の金利が決定されました。
なお、エナリスは2020年代半ばあたりにはデジタル通貨を用いた再生可能エネルギーの取引システムを実用化したいという考えを示しており、クライアントとなる金融機関から手数料を得ることなどを想定しているということです。
SLLについては、融資先の脱炭素を促進するための手段として普及しつつあるものの、金利計算に必要な再生可能エネルギーの使用実績の確認に工数がかかったり、融資した資金の用途を完全に把握することが難しいなどといった課題が残っています。
そんな中、ブロックチェーン技術を駆使することによって再生可能エネルギーの取引時に記録を取ることができるようになり、データの不正や改ざんが極めて難しくなるほか、デジタル通貨を活用することによって支払先を限定するなど、用途をしぼりやすいというメリットもあります。
④デジタル通貨「DCJPY(仮称)」とは
ここでは、今回の実証実験において用いられたデジタル通貨である「DCJPY(仮称)」について、詳しく解説していきます。
4-1.デジタル通貨「DCJPY(仮称)」の概要
「DCJPY(仮称)」とは、デジタル通貨フォーラムが検討を進めるデジタル通貨の名称です。円の価値と完全にペッグしている「円建て」のデジタル通貨として設計されたもので、デジタル通貨フォーラムにおける検討や実証実験を経て実現を目指しています。近年、価値が安定しているという面から「ステーブルコイン」に注目が集まっており、有望な支払い手段として期待されています。しかしその一方で、銀行預金などとの間で規制のギャップが生じることが世界的に懸念されているというのもまた事実です。
そんな中、デジタル通貨フォーラムでは銀行預金をデジタル通貨であるDCJPYで行うというスキームを採ることによって、こうした問題点を克服することを目指しています。また、このスキームを用いることによって、デジタル通貨が銀行の預金を侵食し、銀行経由の資金仲介を縮小させるなどといったリスクも回避できるとしています。なお、デジタル通貨フォーラムではDCJPYがほかのデジタルプラットフォームとも有機的につながれるようにすることを展望しているということで、今後の展開にも大きな注目が集まっています。
4-2.デジタル通貨「DCJPY(仮称)」の性質
DCJPYは民間銀行が債務として発行することを当面前提としており、かかる債務は「預金」と位置付けられることが想定されています。また、発行されるDCJPYの単位は1円を最小単位とするということで、単位未満の資金決済のニーズがある場合での取り扱いについては、引き続き検討していくと報告されています。DCJPYは決済用預金に属する性質のものであるとされており、付利は行われず、全額預金保険の保護対象になる想定だということです。このほか、DCJPYのユーザーはデジタル通貨を利用するための口座(アカウント)を開設し、この口座においてデジタル通貨を保有し、利用するかたちになると説明されています。
⑤まとめ
今回、デジタル通貨フォーラムの電力取引分科会 サブグループBは、再生可能エネルギーの取引で発生する決済にDCJPYを活用する実証および、DCJPYでの貸付である「サスティナビリティ・リンク・ローン(SLL)」を行うファイナンスサービスの実証実験を行いました。SLLは世界で徐々に普及しつつあるものの、依然として大きな課題が残されていますが、ブロックチェーン技術を駆使することによってそれらの課題を克服することができると期待されています。
今後さらに開発が進めば、脱炭素融資のシステムがより一層便利になり、その規模はさらなる拡大を見せると予想されているため、引き続きその動向に注目していきたいと思います。
中島 翔
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