2024年3月11日、「CT UK Social Bond Fund(ソーシャルボンド・ファンド、以下Social Bond Fund)」の設立10周年を記念して、「Columbia Threadneedle & Big Issue Group: a decade of social & financial returns(コロンビア・スレッドニードル&ビッグ・イシュー・グループ:10年間の社会的及び経済的利益)」が開催されました。
同ウェビナーではColumbia Threadneedle Investmentのファンド・マネージャーとBig Issue Groupの会長及びインパクト部門責任者が、Social Bond Fundが財務的リターンと社会的インパクトという2つの目標に対して達成したことや、過去10年間の功績、社会的投資の将来像などについて議論を交わしました。
ソーシャルボンドは教育や貧困、福祉といった社会的課題に取り組む事業を資金使途とする債券で、SDGs(持続可能な開発目標)達成手段として注目が高まっており、「Social Bond Fund」は実績の長い成功例の一つです。
※本記事は2024年5月26日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- パネリスト企業・ファンド概要、パネリスト紹介
- Social Bond Fundの実績
2-1.財務パフォーマンス
2-2.社会的インパクト - 過去10年間の社会的・経済的功績
- 社会的企業としての役割と社会的インパクト投資
4-1.単に資金を提供するだけではない
4-2.社会的課題への取り組みが経済チャンスを生む - 社会から疎外された人々を支援するリクルート事業
- 10年後の社会的インパクト投資について考える
- 金融インクルージョンへの取り組みが加速
- Longevity(長期的な持続性)」の原動力は?
- 投資に関する最大の課題は?
- 今後10年間のテーマは「透明性」と「信頼性」
- ウェビナー体験後記
1.パネリスト企業・ファンド概要
Columbia Threadneedle Investment
総額6,470億ドルを運用し、650人を超える投資専門家と2,500人を超える従業員数を世界中に有する英国有数の資産運用会社。ソーシャルボンド投資のパイオニアとして、個人や機関、法人顧客に多様なアクティブマネージメント投資戦略及びソリューションを提供しています。親会社は米大手金融持株企業Ameriprise Financial(アメリプライズ・ファイナンシャル)。
Big Issue Group
ホームレスや生活困窮者の支援を目的とする、英週刊ストリートペーパー『The Big Issue』の発行体。1991年の設立以来、社会的インパクトを生み出し、利益を創出する社会的企業のリーダー的存在として、貧困に苦しむ英国の人々に就労や教育を含む社会的・経済的機会を提供しています。投資、リクルート、メディアなど、複数の事業を運営しています。
Social Bond Fund
Columbia Threadneedle InvestmentとBig Issue Investmentが2014年に設立したソーシャルボンド。バランスのとれた包括的な経済発展を支援している社債やチャリティ債への投資を通して、機関投資家・個人投資家が社会的利益や財務的リターンを生み出す機会を提供しています。
パネリスト
画面右上より時計周り:タミー・タン氏(Columbia Threadneedle Investmentリードファンド・マネージャー)/サーシャ・アファナシエヴァ氏(Big Issue Investmentインパクト部門責任者)/ナイジェル・カーショー氏(Big Issue Group会長)/ルーク・リヴィング(ファシリテーター)
※以下、画像は全てウェビナーより筆者作成
2.Social Bond Fundの実績
ウェビナーは、同ソーシャルボンドの実績に関するトピックからスタートしました。財務的リターンとポジティブな社会的成果――この2つは異なる方向の目標となります。タン氏の見解によると、アクティブマネージャーがこの相違する目標を達成する上でカギとなるのは、「綿密な分析力とリサーチ力、そして強力な評価プロセス」です。
2-1.財務パフォーマンス
Columbia Threadneedle Investmentは綿密な分析力やリサーチ力を投資判断に活かし、常に債券運用で好パフォーマンスを維持してきました。その知識や経験、戦略は、Social Bond Fundのポートフォリオの構築にも活かされているといいます。
タン氏「Social Bond Fundのポートフォリオは分散化されており、平均的な信用格付けはA(シングル・エー)を誇ります。また、財務面でも社会的インパクト面でも市場並みのリターンを維持しており、10年の実績があります」
2-2.社会的インパクト
一方、社会的インパクト評価で重要な役割を担っているのは、評価法に関する情報やアドバイスの提供者であるBig Issueです。同ファンドがターゲットとしているのは、最も重要な社会的課題に投資し、財務的成果と社会的価値を生み出すことです。特に、満たされていないニーズを満たす為に、より恵まれていない層への支援を重視しています。これを達成するには、効果的な指標と手法が必須です。
タン氏「私達は下記のスライドで挙げる8つの分野(住宅、医療、教育、雇用、コミュニティー・サービス、金融インクルージョン、交通とコミュニケーション・インフラへのアクセス、公共事業・環境)が、社会にとって最も重要な課題だと考えています」
独自の評価法でこれらの重要課題に対する社会的インパクトの強度を定量的に測定することにより、人口のどの層が恩恵を受けているのかを正確に把握できるという訳です。以下のチャートを見ると、最も重要な分野(High)と重要な分野(Medium)への分配が80%を超えていることが分かります。この数字はファンド立ち上げから10年間に渡り維持されています。
また、ファンドチームは全ての適格債券の社会的デューデリジェンス(※投資先の価値やリスクなどの調査)を実施し、総合的な社会パフォーマンスを分析します。この評価には5つの側面(社会的強度・社会的成果・社会地理学・ファイナンスの活用・発行体のESG評価)があります。
社会的評価の方法論は投資をポジティブな成果へと導く
社会的アルファ:社会的付加価値の測定
3.過去10年間の社会的・経済的功績
次のトピックはカーショー氏がBig Issue Groupの活動を振り返り、「過去10年間でどのような社会的・経済的功績を成し遂げたのか」について語りました。
カーショー氏「過去10年間に渡るColumbia Threadneedle Investmentとのパートナーシップを通し、ベンダー=ホームレスや生活困窮者に労働から生まれる自尊心を育む機会を与えることが出来ました。これまでに1万人のベンダーが合計3,300万冊のBig Issueを販売し、マイクロアントレプレナー(小さな起業家)と呼ばれるようになりました。物乞いや窃盗、犯罪に手を染めることなく、総額4,600万ポンドを稼ぎ出したのです」
Big Issue Groupが目指しているのは、単にベンダーにお金を稼ぐ手段を提供するだけではなく、路上生活から抜け出し、安定した生活基盤を築くサポートを行うことです。この目的を達成する為に、同グループは設立以来、1万8,700件以上の住宅支援、2万6,400件以上の医療支援、2万3,800件以上の金融・デジタルインクルージョンを含め、多様な社会的付加価値を創出して来ました。
Big Issue Group 10年間のインパクト
4.社会的企業としての役割と社会的インパクト投資
2005年に設立されたBig Issue Investments(BII)のインパクト部門責任者であるアファナシエヴァ氏からは、社会的企業としての役割と社会的インパクト投資に関する解説がありました。
4-1.単に資金を提供するだけではない
アファナシエヴァ氏「BIIは、社会企業であるBig Issueがインパクトや事業を拡大する為の資本調達という課題に直面した経験から設立されました。BIIが目指しているのは、インパクト・ファーストのビジネスへの支援と投資です。小口融資による運転資金の支援からより確立されたベンチャー企業への株式・準株式投資、大規模な社会的企業への負債・証券化した負債など、その支援内容は多岐に渡ります」
BIIは2023年に140社の社会的企業と協働し、150万人の個人を支援する一方で、約4,500万ポンドの資産を運用しました。これらの企業の大半は地元のコミュニティーや近隣地区に焦点を当てており、60%以上は貧困率が最も高い地域で活動しています。
アファナシエヴァ氏「BIIの活動で本当に重要なのは、単に資金を提供するだけではなく、各企業にサポートや柔軟性を提供し、これらのビジネスに適した商品を作ることだと思います。実際、72%の被投資企業(※連結財務諸表に純資産・損益の一部を反映させつ持分法が適用される持分法適用企業)がBIIは組織の目標達成に必要な要素だったと回答しています」
Big Issue Investment:数字で見る2023年
4-2.社会的課題への取り組みが経済チャンスを生む
アファナシエヴァ氏はさらに、具体的な事例についても言及しました。
アファナシエヴァ氏「グロース・インパクト・ファンドは、Big Issueが手掛ける5つのファンドの一つです。その目標は、投資を通して多様なマイノリティー(エスニック・マイノリティー、障害を持つ人々など)が率いるビジネスを資本に誘導し、より包括的なビジネスや地域社会を創出することです」
同ファンドの設立に辺り、社会的企業財団Unlimited(アンリミテッド)とデザイン・エージェンシーSHIFT(シフト)と提携し、「起業家が直面する壁は何か?どうすればもっと包括的な投資プロセスを構築し、その障壁を排除できるのか?」といった課題を徹底的に掘り下げたといいます。例えば、ファンドの最初の案件であるNeuroPool(ニューロプール)は、英国の神経障害を持つ失業者が雇用に必要なスキルを習得できるよう、個人指導やコーチングを提供しています。
アファナシエヴァ氏「英国には神経障害を持つ失業者が約100万人もいます。この問題に取り組めば大きな経済チャンスにもなるでしょう。具体的には、雇用主と協力し、インクルーシブな環境を作れるように支援し、専門的なイベントを開催して人々を結びつけるといった活動を通して、2030年までに1万人以上の雇用を目指しています」
5.社会から疎外された人々を支援するリクルート事業
Big Issue Groupが次のミッションに掲げているのは、今年で2年目となるリクルート支援事業です。社会から疎外された人々にとって、仕事に就くのは容易なことではありません。「働く意思があっても仕事が見つからない、続かない」といった声も聞かれます。Big Issue Recruit(ビッグ・イシュー・リクルート)は受け入れ企業と提携し、このような人々に就労準備やプログラムの提供などの包括的な就労支援を提供しています。
カーショー氏「私達のミッションの根幹にあるのは予防であり、就労(支援)が次世代のBig Issueベンダーを生まないための手段の一つだと考えています。また、私達はBig Issue Recruit(ビッグ・イシュー・リクルート)が、均等の取れた包括的な経済を実現する為の原動力の一翼を担っているとも感じています」
前述の通り、Big Issue Groupのミッションは慈善活動ではなくビジネスを介して社会課題を解決することです。カーショー氏はそのような観点からBig Issue Recruitの活動が持続可能であるとも言及しました。
カーショー氏「持続可能性とは財務的利益を生み出し、黒字を生み出すことです」
Big Issue Recruit
6.10年後の社会的インパクト投資について考える
「今後10年間で社会的インパクト投資はどのように変化するか」という質問に対して、タン氏とカーショー氏がそれぞれの見解を示しました。
タン氏によるインパクトの評価法の解説に対し、カーショー氏は今後10年間でインパクトの確認と検証メソッドがさらに進化すると予想しています。例えば、インパクトを受けたと主張する人々から、テクノロジー・プラットフォームを介してリアルタイムにフィードバックを求めるといったものです。データからは見えない生の声に耳を傾けることにより、確認と検証の精密度がさらに向上させる意図があります。
カーショー氏「E(環境)で多くの発展が見られる一方で、私達はどのようにしてEをS(社会)へ取り込むか、どのようにしてSをもっと推奨するかという点を重視しています。実際のところ、検証と確認こそが、G(ガバナンス)をSへ取り込む方法なのです」
一方、タン氏は引き続き、貧困の連鎖を断ち切る為に必要な資本の確保に注力すると同時に、「より多くの低所得層の若者を教育し、高齢者が長く働き続けられるような機会の提供に焦点を合わせる」との見解を示しました。
カーショー氏「今後10年間は防止への取り組みが重要となるでしょう」
7.金融インクルージョンへの取り組みが加速
「Big Issue Groupの歴史の中で、最大の功績だと思うことは?」という質問に関して、アファナシエヴァ氏はBig Issueがこのような人々を全力で支援する一方で、金融インクルージョンへの取り組み――主にキャッシュレス社会への移行が加速した点を挙げました。
キャッシュレス社会は、「全ての人が金融サービスを利用出来るようにする」という金融インクルージョンの実現に大きく貢献すると期待されている要素の一つです。「パンデミックが最も疎外された層の人々にとって、信じ難い程困難な時期」をもたらした反面、金融インクルージョンへの取り組みが急速に進展したことは、ポジティブな潮流と言えるでしょう。
一方、コロナ過のファンドの反応については「人々への支援に役立つ債券に投資する動き」が見られたといいます。
8.「Longevity(長期的な持続性)」の原動力は?
ナイジェル氏は33年間に渡り、継続的にイノベーションを生み出し、社会から疎外された人々を支援し続けているBig Issueの「Longevity(長期的な持続性)」の原動力について以下のように語りました。
ナイジェル氏「Big Issueを設立した時、皆から“そんなことはチャリティでしか成り立たない”と言われました。しかし、私達は社会的危機をビジネスで解決する方法があることを証明しました。Big Issue Investmentを立ち上げた時には、“何も知らないくせに、一体何をしているんだ” と言われました。当初、私もジョン・バード(※)も自分達が何故Big Issue Investmentを立ち上げたのかあまり分かっていませんでしたが、後になってその目的が自分達の使命を拡張するためだったのだと気付いたのです」
9.投資に関する最大の課題は?
同ウェビナー終盤には、「投資に関する最大の課題や懸念事項」に関する質問がタン氏に投げかけられました。
タン氏「満たされていないニーズに対処する為に、私達に出来ることがもっと沢山ある――というのが私にとっての課題です。国連やSDGsの進歩状況を見ても、取り組みが不十分であることは明白です。それどころか、新型コロナや戦争といった大きなシステミックショックを反映した最新報告書によると、私達は軌道から大きく外れ、多くの場合は後退しているのです。世界最大の資産クラスである債券に関しても、もっと成果が出せるはずです」
次のトピックに進もうとするリヴィング氏を遮って、カーショー氏がこう発言しました。
カーショー氏「これは恐らくBig Issueが創設当初から直面している課題なのですが、“より良い世界を創るための投資可能なソリューションを見つけることが出来る”ことを、一般の人々や投資家、貯蓄家に伝えるのは容易ではありません。何故なら、善(Good)と慈善(Charity)の間には、時として方程式が存在すると思うからです」
さらに、達成する為には、「言葉やコミュニケーション、そして私達がもたらすインパクトのストーリーをどのように伝え、どのように発信して行くかということが非常に重要です」と付け加えました。これはつまり、「人々に分かりやすい方法で、貴方ならできる」と伝えることであり、そうすることにより多くの人々の関心や理解を促すことができるという意味です。
例えば、現在の生活費危機において、多くの人々が経済的に窮しているが、このような苦境においても「投資や貯蓄などを活用して、個人的に社会や自分の経済状況に変化をもたらすことができる」ということを、誰もが分かる言葉や方法で伝えることがBig Issue Groupの重要課題の一つなのです。
10.今後10年間のテーマは「透明性」と「信頼性」
最後の質問は「インパクトレポートやエンゲージメントの向上に向けて、ファンドマネージメントチームの協働関係をどのように(社会やステークホルダーに対して)証明できるのか」というものでした。
タン氏「本当に有意義な進歩を遂げるためには、協働が不可欠です。私達は既に業界の取り組みについて多くのことを公表していますが、より現実的なものにする必要があると思います。特定の問題やトピックに私達がどのように関与しようとしているのか、ストーリーの一部を明らかにしなければなりません。透明性が最初のポイントになるでしょう」
カーショー氏「透明性は今後の信頼に関わる重要問題です。透明性と信頼性が今後10年間のテーマになると思います」
11.ウェビナー体験後記
英国で暮らす筆者にとって、Big Issueは創刊当時から馴染み深い存在でしたが、ウェビナーを通して沢山の新しい発見がありました。インパクト投資への明確なビジョン、揺るぎない信念、企業理念を反映するビジネスモデル、持続可能な社会的・財務的成果、未来を見据えたイノベーションとコラボレーションなど様々な要素が融合し、目に見える社会的インパクトを創造し続けているのだと納得させられる内容でした。
その一方で、Colombia Threadneedle Investmentsのように、真の社会的インパクトを重視する投資企業が増えていることも、インパクト投資の未来にポジティブな影響を与えるでしょう。
アレン琴子
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