2050年カーボンニュートラルへの道、日本政府が進める「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」とは
    1-1. 「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」の概要
    1-2. 閣議決定された背景
  2. CCSに関連するこれまでの動き
    2-1. CCS長期ロードマップ検討会
    2-2. 国内初のCCS事業化の取り組み
    2-3. CCS政策についての取りまとめ
  3. 関連する制度・規制の整備
    3-1. 試掘・貯留事業の許可制度の創設
    3-2. 貯留事業者に対する規制
  4. 二酸化炭素の導管輸送事業にかかる事業規制・保安規制の整備
    4-1. 導管輸送事業の届出制度の創設
    4-2. 導管輸送事業者に対する規制
  5. まとめ

日本政府は、2020年10月の臨時国会で、経済成長と環境保護の相乗効果を目指す成長戦略の一環として、2050年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「2050年カーボンニュートラル」目標を掲げました。この野心的な目標に向けて、2024年2月13日には、二酸化炭素(CO2)の地下貯留を推進する「CCS事業法案」を閣議決定しました。

2050年のカーボンニュートラル実現には、省エネルギーの徹底や、再生可能エネルギー及び原子力などの脱炭素電源の利用促進が必要です。加えて、排出を避けられない産業分野でのCO2排出量を抑制するため、CO2回収・貯留(CCS)技術の導入が不可欠とされています。

このため、CCSプロジェクトのさらなる推進と普及を図るためには、関連する法制度の整備が重要であると認識され、これが「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」の閣議決定に繋がりました。

本稿では、「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」の概要とその内容について詳しく解説します。

1.「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」とは

1-1.「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」の概要

2024年2月13日に閣議決定された、CCS事業を促進するための法案です。CCSは「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、この技術では、発電所や化学工場から排出されるCO2を分離し、地下深くに安全に貯留します。

日本政府は、2030年までに民間事業者がCCS事業を開始できるような環境を整えることを目指しています。この目標を達成するために、試掘・貯留事業の許可制度や貯留権の創設、事業に関わる規制や保安規制などが設けられます。

また、海底下でのCO2廃棄に関する許可制度は、「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」から本法案に統合され、環境大臣が海洋環境保護の観点から共管することとなっています。

この法案により、CCS技術の実用化が進み、民間企業が試掘や貯留を行うことが許可制で可能になります。政府は、現在の国会で法案の成立を目指しており、CCS事業の推進により、2050年のカーボンニュートラル目標達成を後押しする意向です。

1-2.閣議決定された背景

政府は、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、特に脱炭素化が困難な分野でのグリーントランスフォーメーション(GX)の実現を重要な課題と位置付けています。これらの分野では、化石燃料や原料の使用後に生じる二酸化炭素(CO2)の排出削減が必要とされており、この目的を達成する手段の一つとして、CCS事業法案が策定されました。

CCS技術によるCO2の地下貯留は、800メートル以上の深さにある砂岩層などにCO2を貯留するもので、漏洩防止のため、これらの層は泥岩などでできた「遮へい層」で覆われている必要があります。日本では、CO2貯留に適した地層が多く海域に存在し、大規模なCO2排出源である火力発電所も沿岸部に集中しているため、海底下への貯留が最適とされています。このため、CO2を船舶で運び、海底下に貯留する技術が不可欠です。

政府は2030年までに、民間事業者がCCS事業を開始できるような環境を整備することを目標に掲げています。この技術の実用化を目指し、法案の閣議決定が行われました。これまで法令上の定義が不明確だった点に対して、明確なルールを設けることで、民間事業者の取り組みを促進し、CO2排出削減に貢献することが期待されています。

2.CCSに関連するこれまでの動き

2-1.CCS長期ロードマップ検討会

経済産業省は、2022年1月28日から「CCS長期ロードマップ検討会」を開催し、火力発電所の脱炭素化や、電化・水素化による脱炭素化が困難な素材産業や石油精製産業など、二酸化炭素(CO2)の排出を避けられない分野でのCCS(二酸化炭素回収・貯留)技術の最大限の活用を目指して検討を進めています。この検討会は、2023年3月10日に最終的な取りまとめを行い、CCS長期ロードマップに関する以下の内容を提示しました。

基本理念

CCS技術を計画的かつ合理的に実施し、社会コストを最小限に抑えることで、日本のCCS事業の健全な発展を促進します。これは、日本の経済や産業の発展、エネルギー供給の安定確保、そしてカーボンニュートラルの達成に貢献することを目的としています。

目標

2030年までにCCS事業を開始するための環境を整え、2050年までには年間約1.2から2.4億トンのCO2貯留を可能にすることを目標としています。これにより、2030年以降にCCS事業を本格的に展開する計画です。

具体的アクション

  1. CCS事業への政府支援: 政府は、CCS事業を積極的に支援する方針です。
  2. CCSコストの低減: CCSに関わるコストの低減を目指し、技術開発や効率化を進めます。
  3. 国民理解の増進: CCS事業に対する国民の理解と支持を得るための取り組みを行います。
  4. 海外CCS事業の推進: 日本国外でのCCS事業の推進を図ります。
  5. CCS事業法の整備: CCS事業を支える法制度の整備に向けた検討を進めます。
  6. 「CCS行動計画」の策定・見直し: CCSの普及と発展に向けた行動計画を策定し、必要に応じて見直します。

これらの取り組みにより、CCS技術の実用化と普及を加速し、2050年のカーボンニュートラル達成に貢献することを目指しています。

2-2.国内初のCCS事業化の取り組み

独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、2023年6月13日に、国内で初めてとなるCCS(二酸化炭素回収・貯留)事業化のサポートを発表し、これにより脱炭素化に向けたプロジェクトの大幅な促進を目指します。JOGMECは、2004年2月に石油公団と金属鉱業事業団の機能を統合して設立された機構であり、日本の資源・エネルギーの安定供給を確保し、国の経済安全保障に貢献することを使命としています。

JOGMECはCCSに関しても専門的な知識を有しており、出資・債務保証、地質構造調査、情報提供などのサービスを提供しています。特に、2050年のカーボンニュートラル目標達成に向けて、CCS技術の普及と拡大を目指し、「ハブ&クラスター」方式による事業の大規模化とコスト削減に取り組んでいます。このアプローチにより、二酸化炭素の分離・回収から輸送、そして貯留までのプロセスを一貫してサポートする「先進的CCS事業」のモデルを提案しています。

2023年3月30日から4月27日にかけて、「先進的CCS事業の実施に係る調査」の公募を行った結果、厳正な審査を経て、七案件が事業性調査の候補として選ばれました。この取り組みは、2030年度までに日本国内でCO2の貯留を開始することを目指すプロジェクトのためのもので、選ばれた七案件については、今後契約締結に向けた協議が始まる予定です。

JOGMECの目標は、これらの案件を通じて、合計で年間約1,300万トンの二酸化炭素を貯留することにあります。このうち、5案件は日本国内での貯留を、残り2案件はアジア大洋州での貯留を予定しています。これらの取り組みは、国内外でのCCS技術の事業化と普及を促進し、長期的には脱炭素化に大きく貢献することが期待されています。

2-3.CCS政策についての取りまとめ

2023年9月、経済産業省・資源エネルギー庁は「CCS政策について」という資料を公開し、CCSを取り巻く国際状況や、CCSの産業としての成長可能性などの取りまとめを行っています。

資料の中では、国際エネルギー機関として、 2050年までに現在の二酸化炭素排出量の2割程度の貯留が必要との認識があること、また、アメリカ、中国、インド、ヨーロッパの4つの国・地域において、2050年には40億トン超の貯留が行われる可能性があり、運営費だけでも40~60兆円のマーケットが創出される可能性などが言及されました。

また、日本はCCSのバリューチェーンについて、競争力のある二酸化炭素の分離回収、輸送、貯留、トータルエンジニアリングテクノロジーを持つごく限られた国であることを挙げ、CCSに対して投資を行うことは、海外への資産の流出を防ぎ、我が国の成長に寄与すると説明しました。

このように、CCSは日本国内のカーボンニュートラル実現のために、重要な位置を占めるテクノロジーであるとされており、これまでにもさまざまな検討が進められてきました。

ここからは、今回新たに閣議決定された内容について、詳しく解説していきます。

3.関連する制度・規制の整備

3-1.試掘・貯留事業の許可制度の創設

この法律案では、経済産業大臣が二酸化炭素の貯留層が存在する可能性のある地域を「特定区域」と指定し、その区域内で試掘や二酸化炭素貯留事業を実施する者を公募することが定められています。適切な条件を満たすと判断された応募者には、事業実施の許可が与えられます。

海域における特定区域の指定と貯留事業の許可に際しては、環境大臣との協議を経てその同意を得る必要があります。

許可を受けた事業者には、地層が貯留層に該当するかの確認のための掘削権(試掘権)や、貯留層への二酸化炭素貯留権が付与されます。これらの権利は、「みなし物権」として扱われることになります。

「物権」とは、一般に私人間の契約に基づいて成立する私法上の権利を指します。その中でも、「みなし物権」は行政行為によって設定され、私人に与えられる公法上の地位であるとともに公権であり、私権に相当する物権として扱われる必要があるため、このように称されます。

また、鉱業法に基づく採掘権者は、特定区域外の地域(鉱区)で経済産業大臣の許可を得て、試掘や貯留事業を行うことも可能です。

3-2.貯留事業者に対する規制

今回の法律案では、CCS(二酸化炭素回収・貯留)事業の実施に際して、試掘や貯留事業に関する「実施計画」を経済産業大臣の認可を必要とし、海域での貯留事業の場合は環境大臣の共同認可も求められます。この措置は、CCS事業が環境や公共の安全に配慮しながら適切に行われることを保証するために設けられています。

貯留された二酸化炭素の安全性を確認するため、貯留層の温度や圧力などを含むモニタリング義務が貯留事業者に課されます。これは、漏えいが発生していないかどうかを確認し、継続的に貯留状況を監視することを目的としています。経済産業省・資源エネルギー庁が示した諸外国の例に倣い、日本でも同様のモニタリング項目が設けられることが予想されます。

国・地域 モニタリング項目の概要
EU ・貯留された二酸化炭素の挙動などに関する、
 モデルと実際との比較
・重大な異常の検出
・二酸化炭素の移動の検出
・二酸化炭素の漏出の検出
・周辺環境等への重大な悪影響の検出 など
イギリス・ノルウェー EUに準じている。
アメリカ ・貯留された二酸化炭素の拡がりの監視
・圧力の監視 など

また、二酸化炭素の注入停止後も長期間にわたりモニタリングを続ける必要があるため、そのための資金確保を目的として、貯留事業者には引当金の積立てが義務付けられます。貯留された二酸化炭素の動きが安定している場合、モニタリングやその他の管理業務をJOGMECに移管できるオプションが提供され、移管後の業務に必要な資金を確保するために、貯留事業者からの拠出金納付も義務化されます。

この法律案は、二酸化炭素の貯留に関して、公平性を保ちつつ、安全かつ効率的な管理を促進するための複数の規制を設けています。これには、二酸化炭素排出者からの貯留依頼を無正当な理由で拒否したり、差別的な取り扱いを禁止し、料金の届出義務を含みます。

また、技術基準の遵守、工事計画の届出、保安規程の策定などの保安規制が課され、試掘や貯留事業に起因する賠償責任は、事業者の故意・過失に依存しない無過失責任として定められています。これらの措置は、CCS事業の透明性と信頼性を高め、環境保護及び公共の安全を確保することを目的としています。

4.二酸化炭素の導管輸送事業にかかる事業規制・保安規制の整備

4-1.導管輸送事業の届出制度の創設

今回の法律案では、二酸化炭素を貯留層に貯留することを目的として、二酸化炭素を導管で輸送する「導管輸送事業」は、経済産業大臣に届け出なければならないとしています。

なお、届出制を導入することによって、二酸化炭素排出者が適切な貯留サービスにアクセスすることが可能となり、その結果、二酸化炭素の排出削減が困難な分野における脱炭素化の取組を促すこととなるほか、エネルギー・鉱物資源の安定供給の確保に貢献することが見込まれるということです。

4-2.導管輸送事業者に対する規制

貯留事業者に対する規制と重複しますが、今回の法律案では、正当な理由なくして、 二酸化炭素排出者からの貯留依頼を拒否することや、特定の二酸化炭素排出者を差別的に取り扱うことなどを禁止すると同時に、料金などの届出を義務付けるとしています。

このほか、技術基準適合義務、工事計画届出、保安規程の策定などの保安規制を課すことも明記されています。

5.まとめ

日本政府は、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、現行の技術に加えて新しい技術の開発と導入が不可欠であるとの認識を持っています。この目標には、既存の成熟技術を効果的に活用することと、革新的な技術を育成することの両方が重要です。この観点から、環境省は地球温暖化対策の一環としてCCS(二酸化炭素回収・貯留)技術の重要性を認識し、その実証、検討、貯留適地の調査、社会的課題の検討などの取り組みを進めてきました。

新たに閣議決定された「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」は、2030年までの事業開始を目指すCCS技術の推進に向けた環境整備を目的としています。この法律案には、貯留事業の許可制度の整備など、CCS事業の実現に向けた重要な規定が含まれており、これによりCCS技術の実用化と普及が加速されることが期待されます。

CCS技術は、火力発電所だけでなく、製鉄、セメント製造、ごみ焼却といった多くの産業で二酸化炭素排出を大幅に削減できる可能性を持っています。これらの分野では、二酸化炭素を大量に排出するため、CCS技術の導入によって脱炭素化を進めることができます。法律の整備により、CCS技術の導入が促進され、日本のカーボンニュートラル達成に向けた取り組みがさらに前進することが期待されます。このように、CCS技術の推進は、2050年のカーボンニュートラル目標達成に向けた日本の戦略の重要な柱の一つとなっています。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12