環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を踏まえた投資手法「ESG投資」が欧米では資産運用の主流になりつつありますが、個人投資家として実際にどうESG投資に取り組めばいいのかはまだ判断が難しいところです。
今回は、グローバルで保険と資産運用ビジネスを展開するアクサグループ「アクサ・インベストメント・マネージャーズ株式会社(以下、アクサ IM)」責任投資調査チーム・グローバル統括責任者のマット・クリステンセンさんに、ESG投資の観点で海外から見た日本への視点や欧米でなされている最新の議論についてお話を伺いました。
話し手:アクサ・インベストメント・マネージャーズ株式会社 責任投資調査チーム・グローバル統括責任者 マット・クリステンセンさん
- マルチアセット・クライアント・ソリューション(MACS)の責任投資・グローバル統括責任者として、2011年の入社以来、アクサ・インベストメント・マネージャーズが運用する様々なアセットクラスおよびマルチアセット・ソリューションに関するインパクト投資プログラムの開発およびESG(環境・社会・ガバナンス)基準の統合を指揮、実行さらには監督も行う。責任投資の分野をリードする発言力を持ち、過去には欧州委員会で、欧州連合(EU)における欧州持続可能性の方針と法制化の今後について考察する調整委員会のメンバーも務めた。
記事目次
- 資産運用の主流になりつつあるESG投資
- ESG投資はSDGsにどうつながるかが重要
- 投資にあたり「ソーシャル」をどう判断するか
- ESG投資の間口を広げていくための「トランジションボンド」
- 個人投資家のESG投資で見るべきポイントは
- 2020年注目のキーワードは「トランジション」と「アクティビスト」
- 編集後記
資産運用の主流になりつつあるESG投資
Q.ESG投資をめぐる日本と海外の状況を教えてください。
日本のESG投資に対する視点はここ5年で大きく変わりました。ESGの話をしたいという投資家はほとんどおらず、話したとしてもコーポレートガバナンスの話がメインでした。最近ではさまざまな資産クラスの投資家がESGの話をするようになってきています。
もちろん日本よりも進んでいない国も進んでいる国もありますが、たとえばフランスやオランダなどはESG投資を資産運用の主流と捉えています。投資家も「実際にESGを統合しているか(ESGインテグレーション)証拠を見せてほしい」ということでESG報告書を求めています。さらに、最近ではESGからSDGsに議論が移ってきています。
近いうちに「リスク」「リターン」という2軸だけでなく、「インパクト」(社会的課題に対する影響や解決の度合い)を加えた3軸ですべての投資が捉えられるようになっていくと思います。
Q.GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の動きについてはどのように分析されていますか。
GPIFは海外のオフショアや株の持ち分を増やしており、グローバルプレイヤーとしての道が開けています。また、GPIFはノルウェー政府年金基金のように動かす金額が大きいので、ESG投資に向けてアクションを起こすと日本だけでなく世界中からも注目されます。GPIFは今後ガバナンスから、ESG、低カーボンのベンチマークに対して動き出していくのだろう思います。
私は日本人ではないので外部の人間として言いますが、GPIFは段階的に進歩してきていると思います。より多くの資産クラスに投資し、インパクト投資への要素も強くなっていくでしょう。また、最近のGPIFの発言を見ていますと「社会の一員としての役割」という言い方をよくしています。今後はSDGsを意識した投資になっていくだろうと思います。
Q.日本に対するESG投資の機会をどのように見ていますか。
ESG投資の機会は世界中どこにでもあり、日本もその一つです。弊社は日本でもエンゲージメントをしており、会社のパフォーマンスは上がっていると自負しています。
ESG投資はSDGsにどうつながるかが重要
Q. ESGインテグレーションのプロセスは外からは分かりにくいですが、個人投資家は何を基準に判断すればいいのでしょうか。
内部はわかりにくいのはその通りで、だからこそESGからSDGsへと市場の関心が移ってきているのです。私たちは報告書が重要だと思っています。例えばKPIとしてカーボンフットプリント(商品やサービスのライフサイクル全体で排出する二酸化炭素の総量)をベンチマークと比較することで商品やサービスの価値が見えてきます。ポートフォリオマネージャーがESGの観点から説明する投資理由から、ESG上の変化や期ごとのKPIの進捗状況を理解していただけると思います。
Q.アクサ IMでは、「信頼するが検証もする」というスタンスを大切にされています。ESG投資の検証についてはどのように行っていますか。
企業に投資をする際にスコアリングと言ってESGの観点から1~10の点数をつけます。低いスコアの会社に投資をする際にはファンドマネージャーが「スコアが低いのになぜ投資するべきなのか」をレポートにして提出し、説明する必要があります。そして投資をした後にスコアが改善しているかどうかを見ながら検証しています。
Q.企業によるSDGsへの取り組みをどのように見ればいいのでしょうか。
それぞれの企業が「自社にとって、最も重要な領域は何か」を考えて集中的に取り組まなければなりません。SDGsには17の目標がありますが、全部取り組むとなると効果は薄くなってしまいます。17の目標のうち、取り組めるのは3つか、多くても5つです。また、企業と面談する際には詳細な話をする前に会社の存在意義やミッションを聞いています。それがSDGsと繋げられます。
Q.アクサIMとしてどのような基準でエンゲージメントをしていますか。
アクサIMはグローバルな資産運用会社ですので、多くのファンドや企業に投資をしています。その中で私たちは投資対象とする企業について戦略的にテーマを決めています。それは気候変動、性の多様性、生物多様性、そして健康医療の4つです。
この4つのテーマに基づいて投資対象の企業にエンゲージメントが必要かどうかを判断しており、現在は77社にエンゲージメントを実施しています。そしてエンゲージメントによる進捗がどれだけ見られているかレポートを公開しています。そのため、運用報告書におけるKPI、ポートフォリオのストーリー展開に加えてエンゲージメントの報告書からもエンゲージメントの成果がわかるようになっています。
投資にあたり「ソーシャル」をどう判断するか
Q.ESGの中で「S」(ソーシャル)に関しては効果の測り方が難しいと思いますが、どのように取り組まれていますか。
アクサIMはフランスがベースということもあり、ソーシャルに対して長年向き合ってきました。例えばジェンダーやキャリアのモビリティをはじめとした人的リソースの配置について、統計をもとに比較検討しています。
取締役会を見ていると、性別のみならず出身大学や経歴が似たようなメンバーが集まっていることがあります。多様性がない状態では新しいアイデアが生まれることがなく、経営悪化が予想されてしまいますのでソーシャルに関する評価も悪くなってしまいます。
Q.ソーシャルの分野でモデルとなるような例はありますか。
模範的な例としては、経営ポリシーを考える際に、全方位的に様々な側面からアプローチをしている会社です。例えば女性の出産育児を考えたときに、女性に育児休暇を出す会社は多いですが、男性の出産休暇や育児休暇を考えている会社はまだまだ少ないです。しかし男性の出産休暇や育児休暇が考えられなければ女性の権利の尊重が後回しになってしまいます。そういった意味で、すべての側面から会社のポリシーを考える会社は評価が高くなります。
他にも、研究開発のためのスキル習得に向けた研修に対してどれだけ予算を確保しているのかも重要です。どれだけ十分な教育をしているかによってイノベーションを生む基盤が決まってきますので、ソーシャル分野の評価が高くなります。
ESG投資の間口を広げていくための「トランジションボンド」
Q.貴社の新しい取り組み「トランジションボンド」についてもお聞かせください。
「トランジションボンド」は、今までのグリーンボンドの考え方をその次の領域まで拡大するものとなります。まだそれほど「グリーン」ではない、いわゆる「ブラウン」な企業をいかにグリーンな分野に移行(トランジション)させるか、というところに投資の間口を広げたのがトランジションボンドです。
低炭素の世界、気候変動に対応する世界に移行するためにどれだけの資金が必要かというと世界全体のGDPの2.5%と膨大な金額になります。そうなるとグリーンボンドで調達した資金だけでは到底足りないということになります。
私たちはトランジションボンドガイドラインを作り、例えば石炭火力発電のエネルギーや運輸輸送といったグリーンではない業界がグリーンに近くするためのプロジェクトに注目しました。例えば石炭火力発電ではなくてガス火力発電にする、燃料も石炭ではなくガスといった形で、ガスを使ったとしてもグリーンとは言えないわけですが、石炭よりはグリーンに近づけるというところでトランジションボンドを始めています。
2019年11月27日に仏銀行大手クレディ・アグリコルが十年債のトランジションポンドを1億ユーロ、クーポンの利率が0.55%で発行しました。金融機関はトランジションプロジェクトを持っている企業のローンを提供することになります。私たちは実際にその資金を使ってどれだけトランジションが進んだかを数字をもとにモニターしていきます。
発行体についてワーキンググループを設立しているので、来年にはさらに多くのトランジションボンドを出していけると思います。発行したトランジションボンドでうまくいったところとそうでなかったところを分析しながら今後の発展を目指していきます。
Q.グリーンボンドに関して、国内では個人向けの投資機会が少ないのですが、欧州ではどうでしょうか。
状況は日本と似ていて、直接グリーンボンドに投資することはできません。ですがグリーンボンドが入ったグリーンボンドファンドには投資していただけます。
個人投資家のESG投資で見るべきポイントは
Q. ESG投資において個人投資家は何を見るべきか、どう投資判断をすればよいか、アドバイスをお願いします。
個人投資家としてはファンドの構成銘柄を見ていただくということがあります。インパクトがあるような銘柄に投資するということは、パッシブであってはならず、確実にインパクトを出すような投資でなければなりません。具体的には、投資するファンドのトップ10の銘柄にどのような会社が入ってるのかを見て頂ければと思います。
また、どういったインパクトの想定に置いたファンドなのかという「インパクトプロミス」が何かということにも重点を置く必要があります。そしてファンドマネージャーがきちんと説明できなければなりません。
例えばインパクトとして求める影響がよりクリーンな社会やジェンダーの平等だとするのであれば、当然ファンドのトップ10の銘柄にそういったインパクトが目指せる会社でなければいけません。同じインパクト投資でも何を目指してるのかによって重視するべき保有銘柄は変わってこなければならないということです。
個人投資家が見るべきポイントの1つ目はS&P500のようなパッシブの運用はどんな構成銘柄になっているのかを把握すること。2つ目はパッシブに比べてファンドの構成の配分がどう違うのかを比較することです。この2つでアクティブ運用にどれだけ差が出ているかがすぐわかります。
2020年注目のキーワードは「トランジション」と「アクティビスト」
Q.2020年以降、ESG投資で注目すべきキーワードは何でしょうか。
2つあります。1つはトランジション。弊社だけでなくESG投資業界全体で非常に注目されてくると思います。そしてもう1つはアクティビスト。アクティビストという言葉が再定義され、違う意味を持ってくるようになります。
「アクティビスト」と言われると不安を煽る、怖いというニュアンスでとらえられてしまいがちですが、これからはより建設的に、前向きに企業と関わってトランジションを進めていくといったようなアクティビストが生まれてくると思います。アクティビストの意味合いが変わってくるということです。今までのような敵対的な関係ではなく、企業と投資家の間で建設的で前向きな関係ができれば、パートナーとして連携できるアクティビストが来年見られてくると思います。
編集後記
今回は、グローバルな視点でESG投資の動きを俯瞰しているアクサIMに、日本のESG分野の可能性や、今後予想されるESG投資の動向について伺うことができました。
市場に浸透し、中身が見えづらくなってきているESG投資だからこそ、投資家自身が何をインパクトとして望むのかを明確にし、優先順位をつけて投資をしていくことや、投資家自身も「アクティビスト」としてレポートやポートフォリオを「信頼するが検証もする」視点でしっかり吟味する必要があることを実感しました。
「トランジション」という新たな投資機会により、来年また大きな変化を遂げる可能性のあるESG投資。投資家と企業の向き合い方を大きく変える契機となりそうです。
HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム
最新記事 by HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム (全て見る)
- SIIFがシステムチェンジ投資勉強会「システム思考入門~課題構造探求編」を開催 - 2024年11月22日
- TBWA HAKUHODOが子会社「地球中心デザイン研究所」設立。マルチスピーシーズ視点で持続可能なデザインへ - 2024年10月5日
- 【9/19開催】サーキュラーエコノミー特化型スタートアップ創業支援プログラム「CIRCULAR STARTUP TOKYO」第二期説明会 - 2024年9月25日
- 【10/8開催】東京・赤坂からサーキュラーシティの未来像を模索するカンファレンス&ツアー「Akasaka Circular City Conference & Tourism」 - 2024年9月19日
- 【9/19開催】サーキュラーエコノミー特化型スタートアップ創業支援プログラム「CIRCULAR STARTUP TOKYO」第二期説明会 - 2024年9月10日