持続可能な高齢化社会のカギを握る「AgeTech」は3兆ドル市場へ成長?海外スタートアップ3社も紹介

人口増加・出生率低下・医療の進歩・生活水準の向上といった様々な要因を背景に、高齢化・長寿化という2つの重要な人口動態傾向が世界経済・社会に大きな影響を与えています。近年は高齢化・長寿化を持続可能な社会作りと経済成長につなげる為の試みが世界各国で加速しており、多様な商品・サービスが開発されています。

特に注目が高まっている「AgeTech(エイジテック)」は、高齢者の生活の質(Quality of Life:QOL)やウェルネスの向上、医療負担の軽減などを目指す為のテクノロジーです。本稿では、世界の高齢化・長寿化の現状と課題、そして2025年までに市場規模が2兆ドルに成長すると予想されているAgeTechと海外スタートアップをレポートします。

※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年9月6日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。

目次

  1. 人口増加率の鈍化・高齢化の加速
  2. 長寿経済が活発化
    2-1.GDPに占める割合が倍増
    2-2.高齢労働者の台頭
  3. 年齢差別が原因で630万人が鬱病に?
  4. 約3兆ドル市場への成長が期待される「AgeTech」
  5. 海外のAgeTechスタートアップ3社紹介
    5-1.ニーズに合わせて選べる!介護施設・サービス・退職者向け住宅マッチング・プラットフォーム Lottie (英国)
    5-2.高齢者の自立をサポートし、介護負担の軽減を目指す Patronus (ドイツ)
    5-3.行動科学×テクノロジーでウェルネスを向上 DNX (スペイン・韓国)
  6. まとめ

1.人口増加率の鈍化・高齢化の加速

世界が直面している最も深刻な人口動態の課題は、急速な人口増加ではなく人口高齢化です――ハーバード大学公衆衛生大学院T.H. Chanの経済学・人口統計学のデヴィッド・ブルーム教授は、国際通貨基金(IMF)への寄稿でこのように述べました。

同教授の言葉通り、1970~2020年の期間、世界全カ国で出生率の低下が見られた一方で、世界の人口増加率は過去数十年間で著しく鈍化しました。特に中・高所得国と欧州においては出生率低下が際立っており、人口増加率の鈍化に拍車をかけています。

参照:国際通貨基金(IMF)「Aging Is the Real Population Bomb
参照:Scientific American 「Global Population Growth Is Slowing Down. Here’s One Reason Why

対照的に、世界の平均寿命と高齢者が人口に占める割合は増加の一路を辿っています。世界保健機構(WHO)の調査によると、2020年には世界の60歳以上の人口が5歳未満の子どもを上回りました。さらに、2015年から2050年に渡り、60歳以上が世界人口に占める割合は12%から22%(21億人)へとほぼ倍増することが予測されています。

高齢化はかつて先進国で顕著に見られる現象でしたが、近年は低・中所得国においても急速に進んでおり、2050年までに世界の60歳以上の80%が低・中所得国に集中する見通しです。
参照:WHO「Ageing and health

2.長寿経済が活発化

世界的な高齢化・長寿化が加速する中、労働力不足や社会保障・医療制度への負担、医療・介護費の増加、経済活動の停滞といった様々な課題への取り組みが進む一方で、「長寿経済」や「シルバー・エコノミー」などと呼ばれる経済活動も活発化しています。

2-1.GDPに占める割合が倍増

非営利組織American Association of Retired Persons (米国退職者協会:AARP)が世界76カ国における50歳以上の経済貢献を調査したレポート『AARP’s Global Longevity Economy Outlook(国際長寿経済展望)』 によると、50歳以上の人口が世界の国内総生産(GDP)に占める割合は今後30年間で2倍以上に増加し、2050年までに39%(119兆ドル/約1京7,133兆円)に達する見込みです。

一方で、消費支出を通じて15億人の雇用と53兆ドル(約7,361兆7,431億円)相当の労働所得に貢献することが予想されています。このような傾向は経済的大国に限らず、50歳以上の人口が経済成長を支えている発展途上国においても見られます。
参照:AARP「Global Longevity Economy Outlook

2-2.高齢労働者の台頭

一方で、テクノロジーの進歩による雇用構造の変化・減少、労働人口の縮小などを背景に雇用市場が変革期を迎えている現在、高齢者が重要な働き手となる可能性があります。既に多数の国において、定年延長や再雇用など高齢者が就労を続けられる新しい働き方が模索されています。

米国においては2000~2020年までの期間、60歳以上の就業者の割合が男女共に倍増しており、シンガポールにおいては既に55歳以上の就業者の雇用率が国内で最も高い水準となっています。
参照:米国国勢調査局「Understanding the Aging Workforce: Defining a Research Agenda
参照:WEF「The workforce is aging. 3 labour experts share how companies can prepare

3.年齢差別が原因で630万人が鬱病に?

このように経済成長と持続可能な社会への貢献が期待されている高齢・長寿社会ですが、心身の健康という重要な要因に大きく左右されることは言うまでもありません。つまり、高齢者の健康寿命を延ばし、QOFを向上させることが世界的な高齢・長寿社会の向上のカギとなるのです。

しかし、現実的には様々な障壁が立ちはだかっています。特に、広範囲に蔓延している高齢者や若者に対する年齢差別は、人々の心身の健康から経済、社会まで様々な領域でマイナス影響を与える要因となっています。

例えば、世界中で推定630万人が年齢差別に起因する鬱病を患っており、米国において2020年に年齢差別に起因する疾患(年齢差別に起因する糖尿病・心血管疾患・慢性呼吸疾患・精神疾患など)の治療に費やされた医療費は総額630億ドル(約9兆723億円)に達しました。

一方で、高齢者に対する年齢差別は、心身の健康状態の悪化・社会的孤立・経済的不安・生活の質の低下などと関連性があることが、複数の調査から明らかになっています。
参照:WHO「Ageism is a global challenge: UN
参照:Oxford Academic「Ageism Amplifies Cost and Prevalence of Health Conditions

4.約3兆ドル市場への成長が期待される「AgeTech」

AgeTechは、革新的なアプローチとテクノロジー主導のソリューションを活用して、このような高齢者が直面する課題や需要に対応し、高齢者の生活の質やウェルネスを向上する為のテクノロジーです。具体的には高齢者の自立と社会参加の支援・認知的健康を含むウェルネスの促進・高齢者でも抵抗なく利用出来る包括的テクノロジーの開発・介護負担の軽減などを目指しており、ヘルスケア技術から介護支援技術、デジタル・コミュニケーションまで、その領域は広範囲に及びます。

米ベンチャーキャピタル、Northstar Venture(ノーススター・ベンチャー)のディレクター、ドミニック・エリオット氏は2019年の時点で「世界のAgeTech市場規模が年間21%のペースで成長し、2兆7,000億ドル(約390兆7,654億円)規模に達する可能性がある」と予測していました。
参照:Forbes「‘Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption

5.海外のAgeTechスタートアップ3社紹介

AgeTechへの注目が益々高まる中、市場成長の原動力となっているのはスタートアップの存在です。以下、革新的かつ実用的なソリューションでAgeTech市場を扇動している欧州スタートアップ3社を紹介します。

5-1.ニーズに合わせて選べる!介護施設・サービス・退職者向け住宅マッチング・プラットフォーム Lottie (英国)

ニーズや予算に合った質の高い介護サービスを探すのは、容易なことではありません。例えば、英国ではほぼ5人に1人が65歳以上であり、介護施設の収容能力が低下している一方で、利用者や家族はサービスの透明性の欠如や介護費用の高騰といった多くの問題に直面しています。
参照:人口統計研究所(PRB)「Countires With the Oldest Populations in the World

ロンドンで2021年に設立されたLottie(ロッティ―)は、高齢者や家族が英国全土の4,000以上の介護施設やサービス(訪問・在宅介護)及び介護サポート付き高齢者向け住宅(賃貸・購入)から、最適なオプションを見つけられるように支援するマッチング・プラットフォームを開発しています。さらに、介護・認知症サポートから退職後の生活、介護費用、緊急ケアの手配まで広範囲な情報を配信しているほか、プロバイダーには問い合わせ・顧客関係・財務などを一括管理出来る総合プラットフォームも提供しています。

低額の広告料と自社商品の販売を収入源とすることで全てのサービスを無料で発信し、利用前にプロバイダーとユーザーの双方に認証審査を義務付けるなど信用性が高くなっています。

2023年のシリーズA資金調達ラウンドでは、米VC大手Accel(アクセル)などから総額2,100万ドル(約30億3,601万円)を調達しました。
参照:Lottie HP「Lottie
参照:TechCrunch「Accel Leads $21M Investment In UK Care Home Marketplace Lottie

5-2.高齢者の自立をサポートし、介護負担の軽減を目指すPatronus (ドイツ)

近年、欧州の医療制度は過重な負担と資金・人材不足に陥っており、患者の自立を支援し、家族や看護スタッフの負担を軽減することを目的とするデジタル医療ソリューションへの移行が進んでいます。しかし現実的には、多くの高齢者が「万が一の時、自宅や外出先で誰も助けに来てくれないのではないか」といった不安感や孤独感を抱えています。

2021年にベルリンで設立されたPatronus(パトロナス)は、スマートウォッチを高齢者向けのデジタル・モニタリング・デバイスに変えるソフトを開発し、高齢者がどこにいても安心して日常生活を送れるサポートを提供するスタートアップです。

緊急時にはスマートウォッチから24時間365日アクセス可能な緊急コールセンターが、ユーザーの健康記録や介護者に連絡先に基づいて適切な対応を行ってくれるほか、家族は専用アプリで被介護者の位置情報や活動状況など様々な情報を確認出来ます。

2022年10月のシリーズA資金調達ラウンドでは同シリーズとしては最高額の2,700万ユーロ(約47億4,345万円)を獲得しました。将来的には介護施設や病院など、より多くの介護関係者がアプリへのアクセスを提供することを目標としています。
参照:Patronus HP「Patronus
参照:EU Startups「Berlin-based Patronus picks up €27 million to support seniors in their daily lives

5-3.行動科学×テクノロジーでウェルネスを向上 DNX (スペイン・韓国)

孤独感は高齢化社会において深刻な問題の一つです。孤独感は単なる感情的な影響に留まらず、認知症のリスクを約50%、脳卒中のリスクを約32%増加させるなど、健康面にも影響を与えることが明らかになっています。

バルセロナとソウルを拠点とするDNX(ディーエヌエックス)は、遠隔ケア・モニタリング技術・行動科学・データ分析及び予想をベースに、高齢者の孤独感の緩和やモチベーションの向上に重点を置いた商品・サービスを提供しています。2023年には小型室内センサーデバイス「Touch Tag(タッチタグ)」と状況認識AI(人工知能)「Suni(スニ)」を組み合わせた画期的なサービス「Touch Care(タッチケア)」を、韓国の延世大学校医療院と共同開発しました。

同サービスは、Touch Tagが自動収集したユーザーの行動データ(行動・睡眠・食習慣や屋外活動など)からアプリがパターンを分析し、音声メッセージでより健康的な生活を支援するという仕組みです。例えば、「今日はまだ薬を飲んでいないようですね」といった重要なリマインダーから、「昨日はTVを見過ぎたようなので、今日は散歩に出かけてはいかがですか」といったさり気ないウェルネス・アドバイスやモチベーション促進まで、会話型のインタラクションを通して孤独感を和らげる効果も期待出来ます。

臨床試験では、軽度うつ病者とうつ病の平均スコアをそれぞれ約半分に減少させ、生活の質スコアを大幅に改善させたことが判明するなど、医学的にもその効果が立証されました。一方で、介護者には分析結果やGPS(衛星測位システム)による位置情報を確認など、リアルタイムな遠隔モニタリングサービスを提供しています。
参照:DNX HP「DNX

6.まとめ

少子高齢化の加速やテクノロジーの進化に伴い飛躍的発展が期待されているAgeTechは、持続可能性な経済・社会を実現する上で重要な役割を果たすことが予想されます。将来的には医療・介護・ウェルネスに留まらず、例えば高齢者向けの教育(例:生涯学習・バーチャル勉強会)、金融(例:金融リテラシー・投資)、雇用(例:求人検索・スキル向上)など、多様な領域へ広がる可能性も期待出来るでしょう。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。