生物多様性とESG運用、投資家は何に注目するべき?TNFDのポイントも【WWF(世界自然保護基金)インタビュー】

Kuching Wetland National Park, located near to the capital city of Sarawak. The habitat mostly covered by mangrove vegetation with few local settlements within the gazetted area.

企業のESGに関する取り組みへの関心は日々高まっており、ESGを考慮した投資も急激に増えています。ESGの環境面において、気候変動と並ぶ重要なテーマの一つと言われているのが「生物多様性」です。

今回は、生物多様性の保全や回復を目指した環境保全プロジェクトを世界で展開しているWWF(世界自然保護基金)の一員であるWWFジャパンの生物多様性グループ長・松田江美子さんへ、私たちの生活や投資と生物多様性の関わりについて、HEDGE GUIDE編集部がお話を伺いました。

話し手:WWFジャパン 自然保護室 生物多様性グループ長 松田英美子 氏

WWFジャパン松田氏米国国立衛生研究所において、酵母をモデル生物とした基礎研究にポスドクとして従事。その後民間環境コンサルティング会社にて東南アジアにおける気候変動対策や、気候変動枠組条約国際交渉などに携わる。2019年にWWFジャパンへ入局後、生物多様性政策を担当。

目次

  1. 生物多様性が失われることで発生するリスクは?
  2. 生物多様性の保全に関する、国際的な取り組みや最近の動向は?
  3. 企業が生物多様性の保全に取り組む際の課題は?
  4. WWFが報告書や調査を通して見えたESG運用の課題は?
  5. 個人投資家の方が生物多様性を意識した投資を行うにあたっての課題は?
  6. 編集後記

自分たちの生活や社会にとって、生物多様性が失われるとどのようなリスクがあるのでしょうか?

今年2月に公表されたダスグプタレビュー(要約版)で、生物多様性と私たちの生活の関連性をうまく説明していましたので、引用して以下説明いたします。

「生物多様性」とは、生物がさまざまな形で多様性に富んでいること、通常は地球上に生息する種の数と考えます。海底中に存在する極限環境微生物から、私たち人間すべて、生物多様性です。生物多様性には、たとえばこうした生物が持つ遺伝子や、生態系の機能的特徴などの別な側面もあります。地球上の植物、藻類、多数の細菌による化学反応が、日光と栄養分を食物、利用可能なエネルギーなど生命の基礎的要素に転換し、廃棄物を再生し、生命を維持する活動を行います。このような活動は私たちの目で見ることができないものですが、生態系を機能させ、気づかないうちに多くの貢献をしてくれています。

生態系には、流域、湿地、サンゴ礁、マングローブ林が含まれ、農地、内水面漁場、淡水湖、雨林、沿岸漁場、河口域、海域も生態系です。生態系は、非生物的環境と動植物、菌類、微生物のコミュニティとを結びつけ、私たちの身の回りを形成するさまざまな自然プロセスをコントロールする生命体の複合体を形作ります。さらには私たち一人ひとりの人間も生態系の一部と考えられます。

私たちは、生態系を構成する農地、淡水、雨林から、食料、水、繊維、木材などといった供給サービスを受けています。そして娯楽だけでなく、気晴らし、静養のために訪れる公園、海岸などの文化的サービスも、生態系がもたらしてくれます。

自然プロセスはまた、遺伝子ライブラリーの維持、土壌の保全と再生、治水、汚染物質のろ過、廃棄物の吸収、授粉、水循環の維持、気候コントロールなど、調整・維持サービスを担い、それらサービスなしでは私たちの暮らしは成り立ちません。生物多様性とは、様々な生態系が統合しているものとも言えます。

この生物多様性が崩れる、つまり生態系サービスである供給サービス、文化的サービス、調整・維持サービスがなくなると、私たちの生活、社会は成り立たなくなってしまいます。現在生物多様性は減少傾向にあり、回復に向けた早期の取組が必要となっています。

生物多様性の保全に関する、国際的な取り組みや最近の動向についてお教え下さい。

生物多様性を扱う国際議論は様々な国連会議の中で行われていますが、ここでは生物多様性条約に絞ってお伝えします。

生物多様性を最も包括的に取り扱っている国際会議は、国連生物多様性条約(Convention on Biological Diversity, CBD)です。CBDは1992年6月5日に開催された国連環境開発会議(リオ地球サミット)で立ち上げられました。1994年にはCBD第1回締約国会議(Conference of Party, COP)が開かれ、その後198の国と地域がCBDを批准しています。

CBDの一つの大きなターニングポイントは、2010年に愛知県で開催されたCBD COP10です。このCOP10では、20の目標からなる愛知目標が採択され、2020年までに達成することを締約国間で約束しました。

2019年、2020年で愛知目標に対する世界的な評価が行われておりますが、残念ながら多くの目標において達成できていないことが示されています。
参考:GBO5から読み解く、世界の生物多様性保全の今とこれから

現在、愛知目標に次ぐPost2020生物多様性枠組み(2030年までのグローバル目標)が議論されています。本来は2020年に決定することになっていましたが、新型コロナウィルスの影響で会議が延期され、2021年10月に開催されるCBD COP15で決定が見込まれています。

また生物多様性条約での議論とは別に、世界の政治リーダーも自然回復に向け行動を起こし始めています。例えば2020年9月の国連総会(生物多様性サミット)ではLeaders Pledge for Natureという形で、さらに2021年6月に開催されたG7では首脳レベルでの合意文書(G7首脳コミュニケ)やG7 2030年自然協約において、気候変動と同等に自然回復に向けた取組の重要性が示されています。
参考:国連生物多様性サミットが閉幕 自然回復への緊急行動を
引用:外務省サイト

企業が生物多様性の保全に取り組もうとした際に、評価指標や目標設定が難しいという課題があると思いますが、この点についてのお考えをお聞かせ下さい。

国際的な生物多様性目標はCBD関連会議の中で現在議論中ではありますが、民間からの取組を求める文言がPost2020生物多様性枠組みドラフト文書に入っています。したがって民間による生物多様性の保全は今後求められてくると思います。

一方で、CBDで今後採択されるグローバル目標と、それに付随する一つ一つの指標を事細かに確認して、達成しようとすることは現実的ではありません。したがってまず事業活動と関連する分野(例えば、水、土地利用、食料など)を見出し整理したうえで、分野ごとの目標、指標に対して対応することが重要かと思います。

生物多様性を定量的に表現することが難しく企業価値と関連付けて表現できていないという課題に対して、生物多様性の影響をリスク評価にどう組み込むことを目指した動きもあります。

例えば、2021年6月に発足した自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は今後2年間をかけ、自然に関連した情報開示の枠組みを開発することとしています。分野ごとの目標に加え、各種の情報開示や関連する取り組みを通じて、指標と目標設定のあり方は徐々に実用的なものになっていくものと思います。

WWFでは責任投資に関するインパクト評価やサステナブルファイナンス報告書を出されていますが、調査を通して見えたESG運用の課題について教えて下さい。

WWFでは、SUSBA(Sustainable Banking Assessment)やRESPOND(Resilient and Sustainable Portfolios that Protect Nature and Drive Decarbonisation)といった評価ツールを通じて、世界の銀行やアセットマネージャーによるESGの取組を定期的に評価しています。アジアにおいては、日本の金融機関が同地域の金融機関よりも高い評価を得る傾向にありますが、欧州と比較すると必ずしもそうとはいえず、課題もあります。

例えば、主要な日本の金融機関は気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を支持し、持続可能性を主要な戦略的課題と認識しています。気候変動のみならず、森林破壊や水といったより広範のESG課題をリスクとして理解しています。

一方で、脱炭素化するための科学的知見と整合した目標を設定するなどの、具体的な行動が遅れています。また、顧客や投資先企業に対して、自然資本の問題への行動を求めるなどの取組も十分になされてはいません。つまり、問題の所在は理解しているけれども、具体的なアクションには必ずしもつながっておらず、投融資先とのエンゲージメントの質を高めることが求められています。

個人投資家の方が生物多様性を意識した投資を行うにあたっての課題は何ですか?

投資の判断材料として適切な情報開示は必須ですが、生物多様性に関連した企業の情報開示について重要性は理解されつつあるものの、その詳細な中身について国際的なコンセンサスがとれているとは言い難い状況です。生物多様性については数値化することが困難な情報もあり、企業による情報発信があったとしても部分的であったり、定性的な記述であったりすることもあります。

また仮に、生物多様性に関する企業の優れた取り組みがあったとしても、ファイナンシャルにそれが短期や中長期でどういう意味合いを持つのか、定量的に判断することは容易ではありません。

また、企業活動全体を見ず、ある特定の取組だけで評価することは、グリーンウォッシュ(環境に明らかな悪影響を及ぼしている企業が、他の環境に対して良い影響のある活動などをアピールすることで、その行為を隠そうとすること)に加担することに繋がる場合もあります。

生物多様性を企業価値と関連付けて表現できていないという課題がある中で、前述のTNFDなどは、生物多様性の影響を企業のリスク評価にどう組み込めるか、投資家が評価できるようにすることも目指しています。

今後、投資家の方の有用な判断材料になる情報が発信されていくことが期待されますので、まずはTNFDなど、生物多様性に関する情報開示の指針がどのように発展していくのか注目して頂ければと思います。

編集後記

生物多様性は、気候変動に比べるとまだまだ企業や投資家の関心度が低く、具体的な取り組み・指標も少ない状況です。

しかし、生物多様性が失われれば私たちの生活・社会が成り立たくなることを考えると、生物多様性は気候変動と同じように非常に重要なテーマであることは間違いなく、今後は企業・投資家の関心も高まっていくと考えられます。

生物多様性に関する企業の取り組みやリスクを企業価値に織り込むことはまだできていない状況ではありますが、だからこそ投資機会になり得ると考えることもできます。

ESG投資に興味がある方や長期投資に取り組んでいる方は、ぜひこの記事を参考に、生物多様性に関する情報開示の指針や先進的な企業の取り組みなどの情報収集、投資先・ポートフォリオの見直しなどを進めてみてはいかがでしょうか。

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HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム

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