一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- グリーンファイナンスとは
1-1.グリーンファイナンスの概要
1-2.グリーンファイナンスが注目される背景 - トランジションファイナンスとグリーンファイナンスの違い
2-1.トランジションファイナンスとは
2-2.両者の違い - グリーンファイナンスのメリット
- グリーンファイナンスの事例
4-1.三井住友信託銀行株式会社
4-2.京都府 - まとめ
近年、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みが広がりを見せており、環境に配慮した企業に対する投融資の重要性もますます高まっています。
そんな中、脱炭素社会への移行を目指す企業へのサポートを目的としたファイナンスである「トランジションファイナンス」および、地球環境への取り組みに対して投融資される「グリーンファイナンス」にも大きな注目が集まっています。
これらは環境関連のファイナンスでありながら、それぞれに特徴がありますが、その違いについて明確に理解していない方も少なくありません。
そこで、この記事ではトランジションファイナンスとグリーンファイナンスのそれぞれの特徴と違いをわかりやすく説明します。
1.グリーンファイナンスとは
1-1.グリーンファイナンスの概要
グリーンファイナンスは、地球温暖化対策や再生可能エネルギー投資など、環境保全に貢献するプロジェクトへの資金提供を目的とした金融手段です。主に「グリーンボンド」、「サステナビリティ・リンク・ローン」、「サステナビリティ・リンク・ボンド」という形態があり、それぞれに特徴があります。
環境問題への関心の高まりを背景に、グリーンファイナンスの発行実績は増加傾向にあります。例えば、イギリスの金融サービス業界団体「ザ・シティーUK」と金融グループ「BNPパリバ」による2022年の調査では、グリーンファイナンスの市場規模が2012年の52億ドルから2021年には5,400億ドルに拡大し、約10年で約100倍の成長を遂げたことが示されています。
日本でも、グリーンファイナンスの普及を目指して、環境省が中心となり、支援体制の整備に取り組んでいます。「一般社団法人グリーンファイナンス推進機構」は、この動きの一環として、低炭素社会の実現や生物多様性の保全など、持続可能な社会づくりを金融面から支援しています。この機構は、情報提供や相談対応、環境省の事業をサポートする役割を果たしています。
こうした取り組みは、グリーンファイナンスが社会や環境に対してどのように貢献できるかを示す良い例です。次に、トランジションファイナンスについても同様に詳しく見ていきましょう。
1-2.グリーンファイナンスが注目される背景
グリーンファイナンスがこれほどまでに注目を集める理由には、世界的な環境問題への取り組みが大きく関係しています。特に、2015年にフランス・パリで開催された気候変動に関する国際会議(COP21)で、196か国がパリ協定を締結したことは、環境問題への意識を一新させる大きな転換点となりました。
パリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して2℃未満に抑え、さらには1.5℃に抑えることへの努力を目標としています。この目標達成のためには、各国が温室効果ガスの排出削減に向けた具体的な行動を取る必要があります。
また、同じく2015年には持続可能な開発目標(SDGs)が国連サミットで採択されました。これにより、気候変動の影響、貧困、不平等など、世界が直面する多様な課題に対する共通の目標が設定され、解決への取り組みが加速しました。
日本でも、2020年10月に政府が2050年のカーボンニュートラルを宣言し、企業や自治体に環境対策の推進が求められています。このような動きは、環境問題への対策を経済的な観点からサポートするグリーンファイナンスの重要性を高めています。
なお、グリーンファイナンスによって調達された資金は、太陽光発電など再生可能エネルギーや、断熱性能の向上など建築物の省エネルギー化などに活用されており、カーボンニュートラルの実現に向けて大きく貢献しているということです。
2.トランジションファイナンスとグリーンファイナンスの違い
2-1.トランジションファイナンスとは
トランジションファイナンスは、脱炭素化を目指す企業に対し、長期的な視点に立った戦略の下で、温室効果ガス削減に向けた取り組みに資金を提供する金融手法です。主に、温室効果ガスの排出が多い鉄鋼、石油・ガス、電力、化学、自動車、航空業界などが対象です。これらの産業は、脱炭素社会への移行にあたり、生産プロセスや事業構造の大幅な改革が求められますが、これを一朝一夕に達成することは困難です。
トランジションファイナンスは、企業がグリーンな状態に到達するための「トランジション期間」、すなわち移行期間に必要な資金を提供します。この取り組みは、前述した日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」や、脱炭素社会の実現に向けてなくてはならない仕組みだと考えられており、国内においても経済産業省を中心として積極的に推進されています。
2021年1月より、経済産業省・金融庁・環境省によって「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」が開催されており、国際原則を踏まえたうえでの国内基本指針の策定が行われています。
また、2023年2月には、金融機関などの10社とともに組織された「官民でトランジション・ファイナンスを推進するためのファイナンスド・エミッションに関するサブワーキング」を設けており、トランジションファイナンスにかかる課題の整理や、課題提起ペーパーの取りまとめなどが行われました。
このほか、経済産業省では、鉄鋼・化学・電力などの多岐にわたる分野におけるより詳細な移行の方向性を明示したロードマップを公表しており、2023年6月には「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス」として、金融機関向けの手引きが策定されました。
2-2.両者の違い
ここからは、トランジションファイナンスとグリーンファイナンスの違いについて、表を用いながら詳しく解説していきます。
トランジションファイナンス | グリーンファイナンス | |
---|---|---|
目的 | カーボンニュートラルな社会に向けた移行のサポートため | 地球温暖化など環境問題の解決に取り組む「グリーンプロジェクト」のサポートのため |
条件 | 資金の用途がグリーンプロジェクトであるかどうかは関係なく、調達資金の用途が特定されているわけではないが、トラジションファイナンスの4つの要素を満たすもの。グリーンプロジェクトに該当するものであっても問題ない。 | グリーンプロジェクトに用途が限定されているもののほかに、用途は限定されていないが、設定したサステナビリティに関する取り組みで一定の結果を出すことを求められるものがある。 |
対象プロジェクト | 「電力」、「ガス」、「石油」、「鉄鋼」、「セメント」、「化学」、「紙・パルプ」の7分野 | グリーンプロジェクト。持続可能な社会を目指した省エネルギー化、再生可能エネルギー、廃棄物処理、土地利用、水の管理、生物多様性の保全、環境への負担の少ない交通、気候変動への対応など。 |
種類 | ・トランジションボンド 一般的に、二酸化炭素排出量等の観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、低炭素経済社会等に移行(トランジション)するためのプロジェクトを資金使途とする「債券」 ・トランジションローン |
・グリーンボンド 企業や地方自治体などが、国内外のグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する「債券」 ・グリーンローン 企業や地方自治体などが、国内外のグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために用いる「融資」 ・サステナビリティ・リンク・ローン 借り手が野心的なサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)を達成することを奨励する「ローン」 ・サステナビリティ・リンク・ボンド サステナビリティ目標の達成状況に応じて、財務的・構造的に変化しうる「債券」 ・インパクトファイナンス 環境・社会・経済にポジティブなインパクトをもたらすことを意図した「投融資」 |
このように、両者は性質が似ているようで、明確な違いがあり、特にトランジションファイナンスでは、これまでグリーンファイナンスの対象外であった二酸化炭素の排出量が比較的多い分野が対象とされているため、さらなる削減効果が期待されています。
3.グリーンファイナンスのメリット
1.企業価値の向上
グリーンファイナンスを通じて企業が取り組むサステナビリティ経営は、企業価値の向上に大きく寄与します。具体的には、「サステナビリティ・リンク・ローン」や「サステナビリティ・リンク・ボンド」などを活用することで、企業は野心的なサステナビリティ目標を設定し、その達成に向けた具体的なアクションを促進します。このプロセスは、サステナビリティ経営の充実を図り、同時に企業のブランドイメージを高める効果があります。
2.脱炭素経営の推進
脱炭素経営の推進においても、グリーンファイナンスは重要な役割を果たします。特に、大企業からサプライチェーンを通じて中小企業に対する脱炭素への取り組みが求められる中、グリーンファイナンスの選択は中小企業の脱炭素化を促進し、全体としての環境負荷の低減に貢献します。
3.投資家や金融機関からの評価向上
さらに、グリーンファイナンスを活用する企業は、環境への取り組みを積極的に投資家や金融機関に開示することで、企業としての信頼性を高めることができます。この開示は、社会全体からの評価を高め、結果として、投資家や金融機関からのより好ましい評価を受けることにつながります。
4.グリーンファイナンスの事例
環境省では、特に環境面においてモデル性を有すると考えられる「サステナビリティ・リンク・ローン」、「サステナビリティ・リンク・ボンド」、「インパクトファイナンス」のモデル事例を創出し、情報発信などを通じて国内に普及させることを目的とする事業を実施しています。
そこで、この項ではグリーンファイナンスモデル事例創出事業として選出されたケースをいくつか紹介していきます。
4-1.三井住友信託銀行株式会社
「三井住友信託銀行株式会社」は、同社が提供する「ポジティブ・インパクト評価フレームワーク」が、2022年度にモデル事例として選定されたことを明らかにしています。
三井住友信託銀行では、評価対象企業が他の金融機関からファイナンスを受ける際にも、当該ファイナンスをポジティブ・インパクト・ファイナンスとして参照できる「ポジティブ・インパクト評価のフレームワーク」を本邦初のフレームワークとして導入しています。
本フレームワークは、投融資先から創出されるインパクトの「測定・管理およびエンゲージメント」を通じ、より多くのインパクトの創出につなげるとともに、金融機関が継続してポジティブ・インパクト・ファイナンスによる融資を行うことにより、企業のインパクト創出に当該融資を通じて金融機関が貢献するインパクトの総量を、より精緻かつ広範に把握していくことを目指しているということです。
4-2.京都府
京都府は、地域の中小企業の脱炭素化を促進するため、地元金融機関と協力してESG投融資を推進する独自のスキームを開発し、これが2022年度のモデル事例として選ばれました。府内では、「2030年までに温室効果ガス排出量を46%削減する」という野心的な目標を掲げており、この目標達成には約11万の事業所の脱炭素化が求められています。
中小企業がESG投融資を活用しやすくするための環境整備が、脱炭素化を加速させる上での主要な課題となっています。この解決策として、京都府は地域金融機関が持つ中小企業ネットワークを活用し、サステナビリティ・リンク・ローンの組成にあたって必要とされる第三者評価のための独自の枠組みを考案しました。具体的には、「京都府地球温暖化対策条例」に基づく事業者の排出量削減計画や報告、公表制度を参考にしています。
この取り組みにより、中小企業は条例制度に準じた報告書を提出することで、第三者評価の費用負担なしにサステナビリティ・リンク・ローンを組成することが可能となります。これは、中小企業にとって大きな支援となり、府全体の脱炭素化に貢献しています。
また、京都府は2023年3月17日に、「京都市脱炭素先行地域推進コンソーシアム」を設立しました。このコンソーシアムは、民間事業者間のパートナーシップを基盤とし、地域の脱炭素モデルを具体的に推進する体制を構築しています。この取り組みを通じて、ESG投融資の推進、金融機関の提案力向上など、府内企業の脱炭素化に向けた支援体制が強化されています。
5.まとめ
トランジションファイナンスおよびグリーンファイナンスは、サスティナブルな社会を実現するために必要不可欠な資金調達手段であると考えられています。
国際的に脱炭素や二酸化炭素の排出抑制が求められ、さらに日本国内においても2050年までにカーボンニュートラル社会の実現が掲げられる中、環境問題への対応はますます重要になってくるでしょう。
今後はあらゆる業界、企業において取り組みが加速し、資金調達方法についての枠組みもより拡充していくと見られます。
今回紹介したトランジションファイナンスやグリーンファイナンスは、こうした動きをサポートするキーとなる存在であり、その活用が増えることによって、2050年カーボンニュートラルを実現した、世界をリードする日本が見られることが期待されます。
中島 翔
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