一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- SCOPE1、2、3の整理
1-1.SCOPE1の概要
1-2.SCOPE2の概要
1-3.SCOPE3の概要 - SCOPE4とは
2-1.SCOPE4の概要
2-2.SCOPE4の算定方法 - SCOPE4を計測すべき理由
3-1.他社の排出量削減に貢献可能
3-2.テクノロジー・プロダクト開発の進展
3-3.脱炭素経済にマッチしたビジネスモデルへの転換
3-4.企業評価の向上 - 各企業の実際の取り組み
4-1.パナソニックグループ - まとめ
日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」の目標に向け、企業や社会が取り組むべき課題はますます多様化し、深刻さを増しています。その中でも、企業の温室効果ガス排出量を正確に把握し、削減努力を続けることは、重要な要素の一つとして位置付けられています。従来の「SCOPE1、2、3」による排出量の算定は、企業活動における直接的および間接的な排出量を網羅していますが、新たに「SCOPE4」という概念が注目されています。
①SCOPE1、2、3の整理
まず、SCOPE4の説明に入る前に、従来から用いられているSCOPE1、2、3について整理しましょう。
1-1.SCOPE1の概要
SCOPE1は、温室効果ガスの排出量を算定および報告するために定められた国際的な基準「GHGプロトコル」で示されているものの中で、企業が直接的に排出する温室効果ガスを指します。これは、企業が排出を最もコントロールしやすい領域であり、多くの企業が最初に取り組むべき部分です。
具体的には、企業が所有または管理する設備や車両からの燃料燃焼、工業プロセス、その他の活動から直接排出される二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素などの温室効果ガスが含まれます。排出源としては、下記のようなものが挙げられます。
- 工場や施設でのボイラー、炉、エンジンの燃焼
- 自社所有または管理する車両の燃料燃焼
- 化学工業などの製造プロセス
- 冷却装置からの冷媒漏れ
1-2.SCOPE2の概要
SCOPE2は、外部から調達した電力や熱、蒸気の消費により間接的に排出される温室効果ガスを指します。これには、発電所での排出などが含まれますが、企業自身が直接的に排出するわけではないため、外部との協力が重要です。再生可能エネルギーの利用やエネルギー効率の改善が、SCOPE2の削減に効果的です。
具体的には、下記のような排出源がSCOPE2に該当します。
- 発電所での電力生産時に発生する排出
- 蒸気や熱の供給業者が供給過程で排出する温室効果ガス
- 冷却装置の使用に伴う間接排出
企業はSCOPE2の排出量を削減することを目的として、再生可能エネルギーの購入やエネルギー効率の向上に努めることが多く、これによって、間接的な温室効果ガス排出を低減し、全体のカーボンフットプリントを削減することが可能となります。
1-3.SCOPE3の概要
SCOPE3は、企業のバリューチェーン全体で発生する間接的な排出を指します。これには、サプライヤーの製造工程や、製品の使用および廃棄段階で発生する排出も含まれ、測定の複雑さが増しますが、サプライチェーン全体を通じて排出削減を推進することが求められます。
SCOPE3には原材料の生産から製品の廃棄に至るまでのあらゆる段階が含まれ、具体的なものとしては以下のような項目が挙げられます。
- 調達した原材料やサービスの生産過程での排出
- 企業が販売した製品やサービスの使用段階での排出
- 企業の製品やサービスの廃棄処理段階での排出
- 従業員の通勤や出張に伴う排出
- 資産のリースやフランチャイズによる排出
- 投資先の企業活動による排出
SCOPE3の排出は企業の影響範囲が広がるため、測定や管理が複雑で難しいとされている一方、サプライチェーン全体でのサスティナビリティを高めるために重要な役割を果たしています。
②SCOPE4とは
2-1.SCOPE4の概要
これまでのSCOPE1、2、3で捉えられなかった温室効果ガス排出削減の貢献量、いわゆる「削減貢献量」(Avoided Emissions)を評価する新たな概念です。これにより、企業が提供する製品やサービスが、どれだけ社会全体の温室効果ガス削減に寄与しているかを定量化することが可能となります。
具体的には、企業が新たに開発・販売した製品が、従来の製品よりも温室効果ガス排出を抑えるものであれば、その差分が削減貢献量として評価されます。例えば、電気自動車(EV)を製造・販売する企業は、ガソリン車と比較して削減された排出量をSCOPE4として計上することができます。
このように、SCOPE4は単に企業内での排出削減を測るだけでなく、企業が提供する商品やサービスを通じて社会全体の温室効果ガス削減に貢献する「効果」を評価するものです。したがって、SCOPE4を活用することで、脱炭素に向けた企業の取り組みがより包括的に評価される可能性が高まります。
SCOPE4の導入は、これまでのSCOPE1、2、3にはなかった視点をもたらす点で画期的です。従来は、企業の直接的な排出や、サプライチェーン内の排出を中心に考えられていましたが、SCOPE4は製品やサービスの「影響範囲」をも評価します。このため、企業が提供するソリューションがいかに他の企業や消費者の排出削減に貢献しているかを示すことができます。
しかしながら、SCOPE4には課題も存在します。その最大の問題は、削減貢献量の測定基準が明確に確立されていないことです。例えば、どの製品を「ベースライン」として比較するのか、あるいはダブルカウントのリスクをどう排除するかなど、技術的な問題が残されています。国際的なガイドラインや共通基準の整備が急務です。
近年では、脱炭素社会への移行を加速させるにあたって、その重要性が改めて認識されるようになり、さまざまな団体が削減貢献量の算定範囲や方法などについて検討を始めているようです。2023年12月には、「第28回気候変動枠組条約締約国会議(COP28)」会場内の「ジャパン・パビリオン」において、経済産業省と「WBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための経済人会議)」の共催によるイベント「ネットゼロ社会に向けた削減貢献量の適切な評価」が開催され、GXリーグからGX経営促進ワーキング・グループが「削減貢献量 -金融機関における活用事例集-」を紹介したほか、2023年4月の「G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合」では、「削減貢献量(Avoided Emissions)」を認識することの価値や今後の具体化に向けた課題についてグローバルな共通理解が得られることとなりました。
2-2.SCOPE4の算定方法
現時点では、算定に関して特定の基準などは設けられていないものの、ガイダンスはいくつか出てきているようです。
ここでは、そのうち経済産業省が公表している「温室効果ガス削減貢献定量化ガイドライン」をもとに、SCOPE4の算定プロセスを解説していきます。
①目的の設定
ガイドラインによると、定量化を実施する際には、目的を明確にしなければならず、その目的に沿って、報告相手、報告手段を明確にすることが望ましいとされています。
②評価対象の設定
評価対象製品・サービス等は、最終製品である場合や最終製品の一部の機能を担う部
品・素材等の中間財である場合があるため、いずれの場合においても評価対象製品・サービス等の機能もしくは内容などを明確にする必要があります。
③ベースラインシナリオの設定
ベースラインシナリオは、そのシナリオを採用したことの説得性を持たせるために、根拠となる考え方とともに説明する必要があるとされています。なお、ベースラインシナリオは、例として下記のようなものを使って示すことができるということです。
- 市場に存在する他の製品・サービス等
- 法規制等で規定された基準値
④定量化の範囲・内容の決定
定量化については、原則として、それぞれに関わる製品・サービス等のライフサイクル全体が算定範囲となります。ただし、条件によってはライフサイクルの一部の段階のみを定量化の範囲とするケースもあり、その際は対象とする段階とその理由を明確にする必要があるほか、対象となる温室効果ガスのうち、一部の温室効果ガスのみを対象とするケースにおいても、その理由を明確にする必要があるとされています。
⑤削減貢献量の累積方法の決定
評価期間における削減貢献量の累積方法においては、販売期間、使用期間をそろえた「 フローベース」および「ストックベース」という2通りの代表的な考え方があります。なお、これらは削減貢献量の使用目的に応じて、いずれの方法を選択しても構わないとされています。
⑥削減貢献量の算定
削減貢献量は、前述した「フローベース」、もしくは「ストックベース」によって算定することが出来ます。フローベースとは、評価対象製品・サービス等のライフタイムにおける削減貢献量に着目して削減貢献量の定量化を実施する方法を指し、下記の計算式によって算定することが可能です。
削減貢献量(製品・サービス等単位) = ベースライン排出量 - 評価対象製品・サービス等の排出量
一方で、ストックベースとは、評価対象製品・サービス等の評価期間の削減貢献量に着目して削減貢献量の定量化を実施する方法を指し、対象製品には過去に販売されたものも含め、評価期間に稼働しているすべての対象製品・サービスが含まれます。
なお、ストックベースでの削減貢献量は、下記の計算式によって算定することが可能です。
削減貢献量(フローベースの組織単位) = ベースライン排出量 - 評価対象製品・サービス等の排出量
※評価対象・サービス等の排出量は、「各段階での排出量 × 各段階での個数」で算出
③SCOPE4を計測すべき理由
SCOPE4の測定は、他社の排出削減への貢献を可視化するだけでなく、企業の競争力を強化する手段にもなります。特に、欧州連合(EU)の「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」に代表されるように、企業の環境パフォーマンスの包括的な開示が求められる中で、SCOPE4の評価は企業価値の向上に寄与するでしょう。
さらに、SCOPE4の導入は、省エネルギーや低炭素技術の開発を促進し、企業のイノベーションを加速させる効果が期待されます。特に日本のものづくり産業においては、高度な技術力を活かした製品がグローバル市場での競争優位性を高めるためのカギとなるでしょう。
以下では、SCOPE4を計測するべき理由について詳しく見ていきます。
3-1.他社の排出量削減に貢献可能
これまでは、SCOPE1、2、3を算定することによって、自社やバリューチェーンからの排出量削減が行われてきましたが、最近では、こうした範囲のみならず、他社の排出量削減に貢献するソリューションを提供する必要があることが認識されつつあります。
欧州連合(EU)では2023年1月、 企業のサスティナビリティパフォーマンスのより包括的な全体像を提供することを目的とした新しい「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が施行され、企業のサステナビリティに関する情報開示の要件が厳格化されました。こうした動きを受けて、自社やバリューチェーン以外にも、他社の温室効果ガス削減に貢献した量、つまり「削減貢献量」をSCOPE4として算定し、指標を策定することで、相互関係にあるさまざまなステークホルダーらから構成されるネットゼロ達成へ向けたシステム変革を加速するためのソリューション拡大を後押しし、スケールさせていくことが期待できるとされています。
3-2.テクノロジー・プロダクト開発の進展
SCOPE4を算定することによって、削減貢献量を可視化できるため、省エネルギーに関するテクノロジーやプロダクトの研究開発がより進み、競争力アップにつながることが期待できます。また、削減貢献量が世界的に評価されるようになることは、テクノロジー分野に長けたものづくり先進国の日本にとっても追い風になると考えられます。
3-3.脱炭素経済にマッチしたビジネスモデルへの転換
企業は、温室効果ガスの削減貢献量を非財務目標に設定することによって、脱炭素経済にマッチしたビジネスモデルへの転換に役立てることが可能です。
先進国の多くでは、2050年のカーボンニュートラル達成を目指して排出規制が施行されており、消費者の嗜好も低炭素製品へと変化していくことが想定されているため、今後は世界的に低炭素製品のニーズがますます拡大していくと見られています。こうした背景から、企業は削減貢献量を製品開発の指標に設定し、取り組みを進めていくことによって、将来的な排出規制や消費者ニーズの変化に対応した事業モデルの構築をスムーズに行うことができるでしょう。
3-4.企業評価の向上
製品やサービスを通じて脱炭素に貢献することは、取引先だけでなく、投資家や金融機関からの企業評価にもつながります。そのため、早い段階からSCOPE4を算定し、脱炭素へ貢献する姿勢を示すことによって、他社を一歩リードした脱炭素経営が可能になるでしょう。
④各企業の実際の取り組み
4-1.パナソニックグループ
パナソニックグループでは、新事業や新技術の創出によって社会のエネルギー変革に貢献する「FUTURE IMPACT」において、2050年までに社会に対して1億トン以上の削減貢献量を目指すことを宣言しており、具体的には、「ペロブスカイト太陽電池」など、現在開発中の先進の環境技術を向上・普及させることで、社会のカーボンニュートラルの実現に貢献していくとしています。
また、電化製品の普及で電力需要は増えるものの、パナソニックグループではエネルギー効率を継続的に高め、さらに、蓄エネやエネルギーマネジメントなどによる需要の抑制や最適化、再生可能エネルギーの普及促進によって、各地域の系統電力の負荷削減につなげていくと語っています。
なお、現時点では、削減貢献量には国際的に統一された規格がないため、政府部門や企業との共創を通じて、削減貢献量の必要性について対話を進めていく方針を示しています。
⑤まとめ
SCOPE4は、従来の排出量削減の枠組みを超え、企業が提供する製品やサービスの価値を新たに評価するための指標として、今後ますます注目を集めるでしょう。脱炭素社会に向けた企業の取り組みを包括的に評価し、他社や消費者との連携によって排出削減を実現することで、2050年カーボンニュートラルという目標に一歩近づくことが期待されます。
企業にとっては、単に自社内の排出を削減するだけではなく、社会全体の脱炭素化に貢献できるソリューションを提供することが、今後の競争力の源泉となるでしょう。企業経営の中でSCOPE4をいかに活用し、ビジネスモデルに組み込んでいくかが、未来の持続可能な社会を形作る大きな要素となるのです。
中島 翔
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