都心及び近郊で農産物を生産する「都市農業」の需要が高まる中、テクノロジーを駆使して都市農業の効率化とサステナビリティの両立を目指す、環境配慮型・循環型ハイテク農業が急発展しています。
本稿では「都市農業の持続的成長に欠かせない技術」として期待を担う都市農業テックと、その成長を支える欧州スタートアップを紹介します。
※本記事は2024年2月20日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- 都市農業とは?
- 変化する都市農業の役割
- 都市農業テックで効率性・生産性が向上
- 都市農業をリードする欧州スタートアップ3社
4-1.PhytonIQ(オーストリア)
4-2.BIGH(ベルギー)
4-3.Hexagro(イタリア) - 2028年には324億円市場に成長?
- まとめ
1.都市農業とは?
都市農業とは、大都市やその近郊で食物を育て、消費地域で加工・流通させる活動の総称です。英語では、アーバン・アグリカルチャー(都市農業)やアーバン・ファーミング(都市農園)、アーバン・ガーデニング(都市菜園)などと呼ばれます。
都市農業の歴史は長く、世界中の都市で長年に渡り営まれて来ました。古くは紀元前700年、センナケリブ王統治下の新アッシリア帝国(※紀元前911~609年に渡り、上メソポタミア地方を中心に繁栄した世界最大の帝国)で、空中庭園でナツメヤシの栽培が行われていた記録が残っています。
参照:Science Direct「Strategies to improve the productivity, product diversity and profitability of urban agriculture」
近年は屋上農園、室内農園、垂直農園(※作物を積み重ねて栽培することにより、生産量を高める農業形態)から、水耕栽培や固形培地耕栽培、噴霧耕栽培を含む養液栽培(※土壌の代わりに肥料を溶かした培養液を使用した栽培法)、アクアポニック(※水耕栽培と養殖を組み合わせた循環型農業)施設、身近なところでは空き地や公園を利用したコミュニティーガーデンや市民農園、自宅の庭やベランダを利用した家庭菜園まで、形態や栽培法が多様化しています。
参照:アメリカ合衆国農務省「Urban Agriculture」
2.変化する都市農業の役割
一方で、都市農業の役割は、時代や需要の変化と共に変化し続けています。欧州を例に挙げると、1880~1900年代初頭には、ロンドンやパリといった都市部の貧困層が自足自給するための手段として、第二次世界大戦中は国を挙げての食料生産活動の一環として、市民農園を含む都市農業が活発化しました。
参照:オーロラ大学「History of Urban Agriculture」
近年は人口増加や都市集中化、環境意識の高まり、コロナ禍で浮彫になったサプライチェーン断絶などを背景に、地産地消、食料不足対策、コミュニティー社会・経済の発展、環境負担の軽減、地元住民のウェルネスの促進など、サステナビリティ面における重要性が増しています。
3.都市農業テックで効率性・生産性が大幅向上
前述の通り、形態や栽培法が多様化している点も近代都市農業の特徴の一つです。その基盤である「都市農業テック(アーバン・アグリテック)」は、農地確保・生産の最適化・収益性の改善・労働力不足・環境負担の軽減といった近代都市農業の課題を踏まえ、限られたスペースで効率性と生産性を最大化し、かつ環境を配慮した生産活動を支援するための技術です。
実際のところ、1戸あたりの生産規模が小さいにも関わらず、単位面積あたりの生産性や収益性は高いことを示す調査結果が報告されるなど、近年の都市農業の生産性は大幅に向上しています。また、英ランカスター大学の研究チームが世界53カ国の都市農業を対象に実施した調査では、キュウリやレタスといった一部の作物の収穫量が、従来の農業より2~4倍高かったことが明らかになりました。
同調査によると、2022年の時点でマメ科植物、野菜、塊茎類野菜の推定5~10%が都市環境で栽培され、都市農業が世界の食料生産量に占める割合は15~20%に達しました。
参照:ランカスター大学「Urban crops can have higher yields than conventional farming」
4.都市農業をリードする欧州スタートアップ3社
都市農業のさらなる発展を促す上で重要なカギを握っているのが、スタートアップの存在です。ここでは、革新的な技術とアイデア、持続可能なアプローチで都市農業の変革を狙う、欧州スタートアップ3社を紹介します。
4-1.屋内農業分野のパイオニア「PhytonIQ」
オーストリアのスイスヴァレー州を拠点とするPhyton(パイソン)IQは、屋内農園向け小型モジュール式自動栽培システムと技術を開発する、屋内農業分野のパイオニア的存在です。世界中の食品・製薬・化粧品セクターの一流企業と提携しており、顧客のニーズに合う、経済性・効率性・品質水準の高い小規模生産ソリューションも提供しています。
同社にとって大きな強みとなっているのは、競合と一線を画す突出した技術力とサステナビリティの追求力です。通常3年間を要するワサビの栽培期間を1年間に短縮し、大根から新たな鉄原料を開発することに成功したほか、自動空中栽培などの技術で特許を取得しています。
また、同社のシステムは100%再生可能電力から供給されており、屋根に太は陽光発電システムを設置するなど、持続可能で環境に優しい循環経済の確立を目指しています。
参照:PhytonIQ「PhytonIQ HP」
参照:MeinBezirk.at「PhytonIQ bietet ressourcenschonend nachhaltige Lebensmittel」
4-2.循環型アクアポニック農場「BIGH」
BIGH(Building Integrated Greenhouses)は、ブリュッセルを拠点に主要都市で循環型アクアポニック農場のネットワークを展開するスタートアップです。2016年にブリュッセル市内のフードホール屋上に開設したアクアポニック農場は、各2キロ平方メートルという欧州最大規模の温室と屋外菜園を誇り、年間1.2㎏の野菜や2万㎏のニジマスなどを供給しています。
同社のアクアポニックシステムの特徴の一つは、RAS(Recirculating Aquaculture System:循環水産養殖システム※高度なろ過装置やフィルター、PH調節装置などを使用して、養殖タンクを通して水をリサイクルする屋内養殖システム)で養漁場の排水を有効利用していることです。また、トマト栽培や自社の井戸水や雨水から水を供給することにより、養殖や栽培に適した良質かつ栄養素の高い水を循環しています。
その一方で、太陽パネルやヒートポンプを設置し、生産プロセスの消費エネルギーを可能な限り最適化するなど、循環型都市農業の確立を目指しています。
参照:BIGH「BIGH HP」
4-3.スマート家庭菜園システム「Hexagro」
「誰でも、どこでも、ヘルシーな食べ物を育てて食べることができる」というビジョンを掲げ、Hexagro(ヘキサグロ)は2017年にミラノで設立されました。
屋内外のスペースに合わせて最大40株を垂直に積み上げることができる栽培キット、AIとセンサーが水の必要量を判断する自動潅水システム、光の量を自動調節してくれるIoT(モノのインターネット)アシスタントアプリなど、ガーデニング初心者や忙しい都会人でも簡単に美味しい自家製無農薬野菜を収穫できるシステムを提供しています。また、アプリを介してユーザー同士が交流できる、都市農業コミュニティづくりも促進しています。
同社の試算によると、土を使用しない空中栽培法(※)を採用することにより、水の使用量を90%、エネルギー消費量を30%削減できるほか、土壌ベースの栽培と比べて3~5倍の生産性が期待できます。
参照:Hexagro「Hexagro HP」
参照:Urban Vein「Hexagro」
5.2028年には324億円市場に成長?
都市農業の需要は今後も拡大し続けることが予想されており、米国やフランスなど、投資政策の一環として都市農業への公的支援に取り組む国が増加傾向にあります。一方で、スタートアップへの投資も活発化しています。ベンチャー企業データベース、Crunchbase(クランチベース)によると、2022年には屋内農業関連のスタートアップだけで総額45億ドル(約6,666億9,836万円)の資金を調達しました。
参照:Crunchbas「VCs Plow Money Into Indoor Farming, But Open Fields Might Be More Ripe For Innovation」
需要と投資の拡大は、都市農業にとって大きな追い風となりそうです。インドの市場調査企業Absolute Reports(アブソルート・レポート)によると、2022年の世界の都市農業市場規模(※都市部及び近郊における食料の栽培・加工・流通)は推定1億3,946万ドル(約206億4,333万円)に達しており、2028年には2億1,915万ドル(約324億4,847万円)へ成長すると見込みです。
参照:Global News Wire「Urban Farming Market Size: Growth Analysis, Future Trends and Developments by 2030」
6.まとめ
2050年までに世界人口の約70%が都市部に集中すると予想されている中、食料需要や気候変動対策がこれまで以上に重要な課題となることは間違いありません。都市部におけるQQL(Quality of Life:生活の質)向上への関心も、ますます高まることでしょう。
参照:世界銀行「Urban Development」
持続可能な都市農業はこのような課題解決の糸口となると同時に、魅力的な投資の機会となる可能性を秘めた領域です。
アレン琴子
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