「永遠の若さ」が手に入る?健康寿命の延伸を狙う「長寿テック」欧州スタートアップ3社の挑戦

いつまでも長生きしたいと願っている人は多いのではないでしょうか。世界的な長寿社会化・高齢化が急速に進む中、「単に寿命を延ばすだけではなく、健康に長生きしたい」と考える人が増えています。

そこで本稿では、寿命の質の向上を目指して最先端の長寿技術を研究・開発する、欧州の長寿テックスタートアップを紹介します。
※本記事は2024年2月28日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。

目次

  1. 世界の長寿化の現状と課題
  2. 高齢社会化の課題解決を目指す「長寿テック」
  3. 欧州スタートアップ3社の挑戦
    3-1.Shift Bioscience(英国)
    3-2.GlycanAge(英国)
    3-3.Cellbricks(ドイツ)
  4. 長寿テック市場動向
  5. まとめ

1.世界の長寿化の現状と課題

世界各国で人々の寿命が延びている近年、高齢化は高所得国だけではなく、中・低所得国においても加速しています。WHOの予想によると、60歳以上が世界人口に占める割合は2030年までに6人に1人に増え、2050年までに21億人(2020年の2倍)に、80歳以上は4億2,600人(3倍)に達する見込みです。

参照:WHO「Ageing and health

このような中、歳を重ねても充実した日常を楽しむ上で重要なテーマである「健康寿命」への関心が高まっています。健康寿命の長い人ほど、健康上の問題に日常生活を制限されることなく、自立した生活を送れる期間が長くなるというわけです。

しかし、残念ながら、全ての人が健康に長生きを楽しめるというわけではありません。コロナ禍以前のWHO(世界保健機構)のデータを見てみると、世界の平均寿命は2000~2019年の期間に6.6年延びて73.4歳となった一方で、健康寿命(HALE)は5.4年増の63.7歳に留まりました。つまり、健康寿命の増加が平均寿命の増加に追い付いていないということです。

参照:WHO「GHE: Life expectancy and healthy life expectancy

実際、世界の60歳以上の46%が日常生活に支障を来す疾患を抱えていることが、国連(UN)の調査から明らかになるなど、高齢者の健康と生活の質の向上が長寿社会化の課題となっています。高齢化が加速するにつれ、その割合がさらに増加することが予想されている現在、解決策が早急に必要となることは言うまでもありません。

参照:国連「Ageing and disability

2.高齢社会化の課題解決を目指す「長寿テック」

このような重要課題に取り組んでいるのが、長寿テック(Longevity Technology)と呼ばれる新興技術です。

同じ抗老化研究分野で注目されているアンチエージング(抗加齢)技術が、物理的な老化(シミ・皺・肌の弾力性の低下など)の予防や遅延に焦点を当てているのに対し、長寿テックは病気の予防や治療への早期介入、健康寿命を延ばし、一生涯を通して健康な身心を維持することを目的としています。

参照:Decode Age「Difference between anti-ageing, longevity, and reversing age

その研究分野は極めて複雑かつ広範囲に及びます。現在、注目を集めている長寿及び抗老化療法を大まかに分類すると、薬物療法・分子療法・細胞療法・ライフスタイル関連などがあります。

一方で、英長寿テックメディアLongevity Technology(ロンジェヴィティ・テクノロジー)は健康な長寿社会実現に向けた3つのキーワードとして、「長寿決定要因」「老化要因」「老化疾患」を挙げています。これらを特定し、予防や治療、再生を目指すことで、より多くの人々が長く、より健康的な生活を享受できるようになるという概念です。

近年はAI(人工知能)やビッグデータ、バイオプリンティング、CRISPR(ゲノム編集)、セノリシス(老化細胞除去)など、複数の先端技術を融合させることにより、健康な長寿社会を目指す研究・開発が世界中で活発化しています。

参照:Longevity Technology「Longevity: the definitive definition

3.欧州スタートアップ3社の挑戦

長寿市場はスタートアップの成長が大いに期待できる領域でもあります。以下、「長寿医療の歴史を変革するスタートアップ」として注目されている3社を紹介します。

3-1.因子標的検証プラットフォーム「Shift Bioscience」(英国)

老化細胞(ゾンビ細胞)は、老化現象と深い関連性があるとされており、除去したり抑制するための研究が活発になっています。Shift Bioscience(シフト・バイオサイエンス)は細胞の再プロミングと安全性を両立させることで、細胞の若返りを実現するという使命を掲げ、2017年にケンブリッジで設立されました。

同社の開発は、転写因子(※遺伝子の発現を制御するタンパク質の一群)が細胞老化を逆転できるという、数々の研究結果に基づくものです。生物学的加齢を安全に制御できる転写因子の組み合わせを発見するための研究が世界中で行われていますが、その組み合わせは少なくとも1,300に及ぶとされています。

同社が開発しているのは、生成AIモデルと老化時計(※体内のマーカーを測定して生物学的年齢を算出するためのツール)を活用し、困難な標的検証(※組み合わせ作業)を従来の100倍以上のスピードで行なえる因子シミュレーション・プラットフォームです。

同社はシードラウンドで米長寿テック・ベンチャーキャピタルHealthspan Capital(ヘルススパン・キャピタル)から資金を調達したほか、英国政府による革新的な中小企業支援策Innovate UK SMARTからも補助金を獲得しました。

参照:Shift Bioscience HP「Shift Bioscience

3-2.在宅血液検査で生物学的老化を測定する「GlycanAge」(英国)

同じ年齢でも若く見える人とそうでない人がいるのは、何故なのでしょう。これは、暦年齢(※生まれてからの年月)と生物学的年齢(※身体の細胞や組織の状態に基づく年齢)の差に起因する可能性があります。極端に言うと、同じ60歳でも生物学的年齢が70歳の人と50歳の人では、健康年齢が20歳も違うということになります。

そこで近年、生物学的年齢を測定するための研究が加速しています。ニューキャッスルを拠点とするGlaycanAge(グリカナ―ジ)も、このような研究に取り組んでいる企業の一つです。同社は糖鎖の老化が不健康なライフスタイルと疾患の両方に関連していることに着目しました。血液中のIgG(抗体)糖鎖を解析することで、老化のみならず癌やウィルス感染などの病気も検出できる画期的な技術を開発しました。

利用者はオンラインで測定キットを購入し、自宅で指先から少量の血液を採取して郵送するだけで、3~5週間以内に測定結果が得られるシステムです。289ポンド(約5万6,875円)~の価格には、測定結果に応じて生物学的年齢を改善するためのコンサルティングも含まれています。

同社は最近、シード資金調達ラウンドで420万ドル(約6億3,314万円)を獲得したほか、アラブ首長国連邦政府が100%出資する投資企業ムバダラ・ディベロプメント・カンパニーやEU(欧州連合)機関 からも多額の研究補助金を確保しました。

参照:GlycanAge HP「GlycanAge
参照:TFN「UK biotech GlycanAge picks $4.2M seed funding for its age-defying technology predicting diseases

3-3.再生医療の未来 3D臓器プリンターシステム開発「Cellbricks」(ドイツ)

特殊な3Dプリンターで作成した高度な人体組織や臓器を、臓器不全の再生医療に使用する――まるでSF映画のような世界が現実となりつつあります。その中核となる技術が、バイオプリンティングやバイオファブリケーションと呼ばれる、高度な3Dプリント技術を活用して人間の組織や臓器を複製する最先端の医療テックです。

参照:アメリカ国立生物工学情報センター「3D Bioprinting Methods and Techniques: Applications on Artificial Blood Vessel Fabrication」

2015年にベルリンで設立されたCellbricks(セルブリックス)は、合成生物学と3Dバイオプリンティングを組み合わせた特許取得済みのマルチマテリアル・バイオプリンティング・テクノロジー、そして組織工学分野における世界有数の専門知識を介して、パーソナライズされた高精度の臓器や人体組織インプラントを開発しています。

同社が競合と一線を画すのは、バイオテクノロジーではなく、ITやAI、プロセスエンジニアリングをルーツとする主要テクノロジー(自社開発の高解像度バイオプリンティング技術やチップ、ハードウェア、ソフトウェアなど)を駆使しているです。2024年2月現在までに合計14の特許を取得しており、米ライフサイエンスコンサル企業Brook Hill Partners(ブルック・ヒル・パートナーズ)などから出資を受けています。

参照:Intuity「Cellbricks – Leading the 3D revolution in printing human biology
参照:Pitch Book「Cellbricks Overview

4.長寿テック市場動向

世界的な長寿化、そして高齢者の心血管疾患や神経変性疾患、癌の罹患率の増加を背景に、長寿テック市場の需要は飛躍的な成長を遂げることが予想されます。

インドの市場調査企業Insight Ace Analyticによると、長寿・抗老化治療の2023年の時点で市場評価は271億ドル(約4兆848億円)を上回っており、2031年までに449億ドル(約6兆7,683億円)を超える見込みです。

参照:Insight Ace Analytic「Longevity and Anti-Senescence Therapy Market Size, Share & Trends Analysis Report

一方で、今後大手製薬会社の市場参入が増加すれば、市場のさらなる活性化が期待できる可能性があります。現時点で同分野に投資している大手はアストラゼネカやCalico(※Googleが設立した研究開発企業)などほんの一握りで、研究開発はまだまだ初期段階です。それゆえに、大きな可能性を秘めた領域であるとも言えるでしょう。

参照:Strategy&「Unlocking the potential of human longevity advanced therapeutics

5.まとめ

いつも時代に置いても、人類は「永遠の若さ」を追い求めてきました。地球が「長寿の惑星」となりつつある今、その願望は現実へと近づきつつあるのかも知れません。果たして人間が老化を克服する日は訪れるのでしょうか。新たな投資のチャンスとしても、今後注目したい領域です。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。