コロナ禍や物価高などにより生活が苦しくなったと感じている方や困窮する世帯数が増えています。なかには生活の基盤である住まいを失ってしまった方もいますが、住まいがないと保育園の申込など行政の手続きを行うことができず、行政手続きができないと落ち着いて仕事探しをすることができなくなるなど、自力で困難な状況を抜け出すことが難しくなってしまいます。
今回は、この住まいの課題に対してビジネスとNPO活動の両面から伴走型支援をしている岡本 拓也さんに、活動への想いや活動の中で大切にしているポイント、2022年11月から新しく始まったインパクト事業、今後実現したい社会や未来などについて詳しくお話を伺いました。
話し手:NPO法人LivEQuality HUB代表理事/千年建設株式会社 代表取締役社長 岡本 拓也さん
- 公認会計士としてPwCにて企業再生業務に従事後、2011年よりSVP東京の代表理事、認定NPOカタリバの常務理事兼事務局長に就任し、経営に携わる。18年より、先代の急逝に伴い千年建設株式会社を承継。21年に母子向け住まい提供サービス「LivEQuality」を立ち上げ、22年にNPO法人LivEQuality HUB、株式会社LivEQuality大家さん設立。
※本記事は投資家・寄付者への情報提供を目的としており、特定企業・事業への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
記事目次
- LivEQualityの理念や名前の由来、事業について
- 困窮者支援や貧困問題への取り組み内容やアプローチについて
- 自立に向けた伴走をする上で大切にしていること
- 新会社LivEQuality大家さんの今後の事業展開について
- LivEQuality大家さんの社会的インパクトについて
- 事業を通じて実現したい社会や未来について
- 編集後記
Q.LivEQualityの理念や名前の由来、事業について教えてください。
LivEQuality(リブクオリティ)は、シングルマザーに対して安価で良質な「住まい」と地域との温かな「つながり」を提供する事業です。
LivEQualityと言う言葉にはLive(くらし)、Quality(質・豊かさ)、Equality(公平さ)という意味が込められています。「すべての人にゆたかな暮らしを届けたい」という想いでつけました。
本事業は複数法人が連携することにより成り立っています。住まいを取得し届ける株式会社LivEQuality大家さん、住んでいる方々と行政機関や支援機関、地域住民と繋いでいくNPO法人LivEQuality HUB、修繕を通して長く暮らせる住まいを守る千年建設株式会社がそれぞれの強みを活かすことで、継続して伴走する、持続可能な支援の仕組みを作っています。
Q.困窮者支援や貧困問題と聞くと遠いテーマに感じてしまう人も多いと思うのですが、LivEQualityではどのように考えて取り組んでいるのでしょうか?
シングルマザーの貧困問題は、思っているより身近な課題だと考えています。
現在、子どもの貧困率は約15%となっています。また、母子家庭のおよそ半数が相対的な貧困の状態と言われています。(参考:しんぐるまざあず・ふぉーらむ「シングルマザーの現状」)
そのような現実があるにもかかわらず、それが周りから見えづらく、そのために当事者は孤立しやすくなることが課題だと考えています。
また、私たちにとっても、たとえばイギリスのように物価がどんどん上がって将来的に物件の賃料も上がっていくと、今の住まいを失ったり、見知らぬ土地に引越しをしたりして今あるつながりを失うといったことも起こるかもしれません。そう考えると、この課題は他人事ではない気がして、今の自分にできることをやろうと考えて活動をしています。
Q.自立に向けた伴走をする上で大切にされていることをご教示ください。
様々な困難な問題に、気持ちもお金も時間も余裕のないなかで頑張っているシングルマザーの方々が、自立に向かっていくには時間がかかります。
私たちはくらしの1番の基本である住まいを安定させることで、自立の最初のステップをしっかりと支えていきます。活動を始めた頃は住まいを提供すれば問題を解決できると考えていたのですが、実際には住まいを提供しただけではDVなどの問題や、孤立の問題などは解消されなかった経緯があります。
そこで現在は、ただ住まいを提供するだけではなく、NPOの活動により地域との温かいつながりも作っています。それにより、困ったときに「助けて」と言える人が増え、何か課題が起きたときに早期に解決できるようになったり、問題が起きる前に未然に防いだりすることができるようになっていくと考えています。
そして、大家として、長くつながり続け、近くでサポートすることができます。シングルマザーの方に安心した居場所をつくり、「独りじゃない」と感じてもらえる地域との多様なつながりを長期的に作っていくことが自立を目指すために必要なことだと思っています。
実際に環境の良い物件に入居された方は、本当にすごく良い変化があります。お母さんの自己肯定感もどんどん上がって、子どもたちも、外国籍の子だと日本語がとてもうまくなったり、算数でも100点を取ったり、そういうことを見ていると本当に感動的ですね。そういう変化に我々もすごくエンパワーされています。
Q.2022年11月1日に株式会社LivEQuality大家さんを設立されています。同社では今後どのような事業を展開される予定でしょうか?
株式会社LivEQuality大家さんでは、当事者にとってまず大事な住まいを提供することを事業として展開していきます。提供する物件については、母子家庭の住まいの貧困を解決する観点から、就業機会が得やすく、アクセスがよい物件、そして「うちの社員にも貸したい」と思えるくらいの良い物件を、相場よりも安い賃料で貸し出します。
一方で、母子家庭以外の入居者の比率も一定以上に保つことで、「あそこはシングルマザーが住むところだ」とレッテルをはられることを防ぐことに加え、事業としての収益性も確保し、持続可能なビジネスとしても展開していきます。シングルマザーの方にとっても、良い家に住むことができているということが、自己肯定感を高めることにもつながる面があります。
資金面では、今後インパクト投資家をはじめとした多様な資金を集め、本事業モデルを全国に拡げ、「アフォーダブルハウジング(※)」の普及を目指していく予定です。
※所得が低い人であっても、所得から住居費を払い、その残りで衣食、教育といった費用を負担できたり、就労を獲得出来たりする住宅を供給すること
Q.LivEQuality大家さんでは、具体的にどのような社会的インパクトを設定・測定されていく予定でしょうか?
現在、投資家の方とも議論を重ねながら一緒に考えていますが、まずは生活に困窮された方への住まいの提供数が測定可能な社会的インパクトになると考えています。
現在、様々な困難を抱えたシングルマザーの住まいの選択肢は限定されています。高い家賃の支払いが難しいことにより、都市部から離れた、アクセスの悪い物件、あるいは質の低い物件が多いです。そのような物件での生活は仕事と家事と育児を一人でこなさなければいけないお母さんの就業や地域と繋がるハードルを上げたり子どもの教育に悪影響を及ぼしたりしてしまいます。
都市部に近いエリアで、住みやすい安価な住まいを届けることにより、可処分時間や可処分所得を高めることで、自立に向けた基盤を提供することが社会的インパクトだと考えています。
名古屋では年間350組近くの母子家庭で住まいに困る方が出ると言われているので、私たちはまずその20%ぐらいの方に住まいを提供していくことを目指しています。
Q.最後に、事業を通じて実現されたい社会や未来についてご教示ください。
貧困は自己責任だと言われることもありますが、僕は違うと思っています。ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏は「実力も運のうち」ということを仰っていますが、自分たちが実力だと思っていることも、実力を伸ばして発揮できる環境・つながりに恵まれたという偶然の面もあるのではないでしょうか。そういった偶然性にも目を向けたときに、自然と利他的な気持ちや感謝の気持ちが湧いてくると思うんです。そういった、人の中に本来ある「誰かの力になりたい」「人のために何かやりたい」という優しい気持ちを引き出していきたいと考えています。
僕は、お金というのはエネルギーの一つだと考えていて、そのエネルギーの流れに優しさや愛を込めれば、お金に血が通って社会を循環していくんじゃないかと思っています。お金に対する見方は、その人のあり方や世の中の見方にも反映されると思うので、LivEQuality大家さんの事業を通じてお金の価値観や世の中のマインドセットにも一石を投じたいという想いがあります。
また、僕にとって事業作りというのは、仲間作りでもあります。ソーシャルな事業を作っていくのは僕自身とても幸せで楽しいことですが、それを仲間と一緒にやる感覚がとても好きなんです。それは、誰かのためにやっていると同時に自分のためでもあり、事業に関わってくれるみんなが幸せになって、一度きりの人生をみんなにも楽しく生きてほしいなと思っています。
この住まいとつながりの事業を通じて、伴走支援を受けた母子家庭の人たちが「自分も他の人に何かしたい」と思ってくれたり、関わった人たちも自分の中に優しさが育まれて、また新しいつながりを紡いでいく、そんな優しい愛の循環を社会にもたらすことができればと考えています。
編集後記
岡本さんは事業のきっかけとして、「この事業は、コロナ禍で大変な思いをされている方も多い中で、居ても立ってもいられなくて立ち上げたものなんです。建設会社の建物を作れる・直せるという技術はやはり特別なことなので、それをうまく活かせないかと考えたときに、この不動産の事業を思いつきました」とお話してくださいました。
それを聞いた時に感じたのは、私たちも、普段関わっているビジネスや自分自身が持っているポテンシャルを、困っている誰かのためにもっと発揮することができるのではないかということです。
岡本さんは、千年建設で事業として手がけていた「住まい」を起点に、名古屋で困っている母子家庭の方々の悩みに真摯に寄り添って伴走し、試行錯誤をしながら作り上げた事業モデルを、愛ある投資家に呼びかけて全国へと拡げていこうとしています。同じように私たち一人ひとりも、いま助けを必要としている方々や大切な人のために、自分が働く会社や投資先の企業などが本来持つポテンシャルや自分自身にできることなどをもっと幅広く考えてみると、困っている方々や悩んでいる方々と積極的に関わりをつくっていくこともできるはずです。
取材中、岡本さんは「僕は、カリスマでもなければ、エリートでも全然なくて…」と笑いながら話して下さいました。社会を形作っているのは、カリスマでもエリートでもない、私たち一人ひとりです。その私たちが「社会をより良いものにしたい」「より良くできる」と思って行動を起こせたなら。それはきっと、遠くない未来に実現できるのではないでしょうか。
HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム
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