一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- クライメート・トランジション・ボンドとは
1-1.トランジション・ボンドとは
1-2.クライメート・トランジション・ボンドとは - フレームワーク策定に当たって
2-1.日本のクライメート・トランジション戦略
2-2.フレームワーク策定の意義
2-3.フレームワークの整合性 - クライメート・トランジション・ボンドのフレームワーク
3-1.調達資金の使途
3-2.充当事業の選定・評価プロセス
3-3.調達資金の管理
3-4.レポーティング - まとめ
脱炭素社会の実現に向けた資金と言えば、これまでは太陽光発電や風力発電をはじめとする再生可能エネルギーなど、比較的グリーンな事業に投じられる傾向が強かったですが、最近では、二酸化炭素を大量に排出する鉄鋼や化学、エネルギー企業などが発行する「移行債」に注目が集まっています。
移行債は、再生可能エネルギー投資だけでなく、事業の脱炭素化を目指す技術開発や設備投資にも資金を提供するもので、日本政府は2022年に世界で初めてこの概念を提案しました。2023年度からは、クライメート・トランジション・ボンドを通じて、10年で20兆円を集める計画を発表しています。
そこで今回は、今注目のクライメート・トランジション・ボンドについて、そのフレームワークを詳しく解説していきます。
1.クライメート・トランジション・ボンドとは
1-1.トランジション・ボンドとは
「クライメート・トランジション・ボンド」を理解する前に、「トランジション・ボンド」とは何かを説明します。これは、高い二酸化炭素排出量を持つ企業が、低炭素経済への移行を目的としたプロジェクト資金を集めるために発行する債券です。既に環境に良い影響を与えている企業だけでなく、グリーンプロジェクトの資金を必要とするが、グリーンボンドの基準には達していない企業も発行できます。
特に、石油やガス、鉄鋼など二酸化炭素排出量の多い産業にとって、脱炭素は大規模な改革を要する課題です。資金の大きな需要があるため、トランジション・ボンドの発行が増加しています。
世界的には、化石燃料を多用する企業への資金提供に批判的な意見もありますが、日本ではトランジション・ボンドの普及に向けた積極的な取り組みが行われています。政府は脱炭素実現に向けて企業への支援が欠かせないと考え、2021年5月には経済産業省、金融庁、環境省が「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を公表しました。
これにより、技術ロードマップの設定など、政府のサポートが強化され、トランジション・ボンドの発行は増え続けています。
それでは、次の項では「クライメート・トランジション・ボンド」について、詳しく解説していきます。
1-2.クライメート・トランジション・ボンドとは
「クライメート・トランジション・ボンド」は、日本政府が進める、世界で初めてのトランジション・ボンドです。この取り組みは、2050年に向けた温室効果ガス排出量実質ゼロの目標達成を支援するため、岸田文雄首相が2022年5月に発表した「GX経済移行債」の概念から始まりました。目的は、脱炭素社会への移行に必要な財政支出を確保することです。
この国債は、既存の「グリーンボンド」とは異なり、現在はグリーンとは言い難いが将来的に脱炭素化に貢献が期待される事業に焦点を当てています。企業が同様の移行債を発行する例はありますが、国が発行するのは世界で初めての試みであり、国内外から大きな関心を集めています。
一方で、国際市場での受け入れや「GX(グリーントランスフォーメーション)」という用語の理解という課題もあります。特に、炭素排出量の削減に向けた「移行」の定義は国際的に統一されていないため、日本の取り組みがどのように評価されるかは、そのプロジェクト内容によって異なります。
この背景を踏まえ、日本政府は「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」など、国際資本市場協会(ICMA)のガイドラインを参考に、国際的に理解されやすい名称を採用することで、より広い受け入れを目指しました。
GX経済移行債、すなわち「クライメート・トランジション・ボンド」の発行を通じて、日本政府は投資家や市場との積極的な対話を重視し、定期的なレポーティングを行うことで、脱炭素社会への移行を促進するための取り組みを一歩ずつ進めていくことを目指しています。
2.フレームワーク策定に当たって
2-1.日本のクライメート・トランジション戦略
日本は、パリ協定の目標に沿って、「2050年カーボンニュートラル」を2020年10月に宣言しました。この目標は、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して2度未満に抑え、できれば1.5度以内にとどめる努力をするというものです。その後、地球温暖化対策推進法の改正により、この宣言は法的にも定められました。
2021年4月には、より具体的な中期目標として、2030年度に2013年度比で温室効果ガスを46%削減すること、そして50%削減を目指すことが発表されました。これらの野心的な目標は、化石燃料中心の産業構造をクリーンエネルギーに転換する「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」を目指すものです。この方針を推進するために、2022年より内閣総理大臣を議長とする「GX実行会議」が開催され、関連する議論が進められています。
2023年2月には、「GX実現に向けた基本方針」がまとめられ、GX推進法やGX脱炭素電源法の成立を通じて、成長志向型カーボンプライシング構想などの政策が具体化されました。同年7月には、「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」が閣議決定され、日本の産業競争力を強化し、経済成長や雇用の拡大を図ることが目指されています。
2-2.フレームワーク策定の意義
日本のGX経済移行債は、将来のカーボンプライシングを償還財源とし、脱炭素移行に挑戦する企業を支援することを目的としています。GX推進法においてカーボンプライシングの導入が法定されており、企業には脱炭素投資を促すインセンティブが与えられます。これにより、二酸化炭素排出者の行動変容効果が期待されています。
GX経済移行債は、脱炭素へのトランジションに寄与するプロジェクトにも資金を提供することで、民間事業者の投資を促進し、民間金融機関によるトランジション・ファイナンスの支援を目指しています。また、クライメート・トランジション・ボンドを個別銘柄として発行することで、投資家や市場との対話を重視し、脱炭素に向けた施策を段階的に実施していくことが計画されています。
このフレームワークの策定は、日本のGX推進に必要な資金を集めるためのもので、20兆円規模の先行投資をサポートすることにより、官民協調でのGX実現を目指しています。さらに、このフレームワークがトランジション・ファイナンスの指針となり、民間によるさらなる投資の促進と資金供給の拡大に繋がることが期待されています。
2-3.フレームワークの整合性
クライメート・トランジション・ボンドのフレームワークは、下に示す原則などと整合しているということです。
- グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2022年版(環境省)
- グリーンボンド原則2021(ICMA)
- クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック(ICMA)
- クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針(経済産業省、金融庁、環境省)
3.クライメート・トランジション・ボンドのフレームワーク
3-1.調達資金の使途
調達資金の使途は、GX推進戦略をベースとして、パリ協定に整合する国際的な公約「2050年カーボンニュートラル」および「2030年度の46%削減(2013 年度対比)」の実現に向けた事業に充当されるとしています。
また、調達資金は、GX推進戦略に規定された取り組みの中から、将来のカーボンプライシングを財源として償還されるため、受益と負担の観点を前提として、民間だけを以ってしてしては投資判断が非常に難しいとされる事業、且つ排出削減と産業競争力強化・経済成長の実現に寄与する分野への投資に優先順位を振り当てて、使途の対象とするということです。
なお、GX推進戦略においては、官民が一体となって進めている「エネルギー安定供給の確保を大前提としたGXに向けた脱炭素の取組」の中で例示されている「今後の対応」についての取り組みが掲げられており、これらは下記の通り分類されています。
エネルギー転換部門のGX
- 再生可能エネルギーの主力電源化
- 原子力の活用
- 水素・アンモニアの導入促進
- カーボンニュートラルの実現に向けた電力・ガス市場の整備
- 蓄電池産業
くらし関連部門のGX
- 徹底した省エネルギーの推進、製造業の構造転換
- 蓄電池産業
- 運輸部門のGX
- 脱炭素目的のデジタル投資
- 住宅・建築物
- インフラ
産業部門のGX
- 徹底した省エネルギーの推進、製造業の構造転換
- 水素・アンモニアの導入促進
- 蓄電池産業
- 資源循環
- 運輸部門のGX
- 脱炭素目的のデジタル投資
- 住宅・建築物
- インフラ
- カーボンリサイクル/CCS(二酸化炭素回収・貯留技術)
- 食料・農林水産業
3-2.充当事業の選定・評価プロセス
調達資金が充当される事業は、それぞれの事業所管省庁内において「調達資金の使途」で規定されている適格事業への適合状況について確認を行い、これを踏まえて、局長級で組織される「GX経済移行債発行に関する関係府省連絡会議」において、「調達資金の使途」で定められている適格事業への適合状況をベースとして確認するということです。
また、その際、必要があればその他関連省庁や関係機関と協議を実施し、GX実行会議に伝えるほか、それぞれの事業は政府予算の一部として毎年度国会の議決を経て決定するとしています。
なお、GX経済移行債発行にかかる関係府省連絡会議の構成メンバーは、下記に挙げる通りとなっています。
- 内閣官房
- 金融庁
- 財務省
- 経済産業省
- 環境省
このほか、上記関係府省連絡会議においては、後述する充当レポーティングおよびインパクトレポーティングについても議論し、充当状況の確認・評価を実施するとしています。
また、必要があれば、GX実行会議に伝えることも定められています。
3-3.調達資金の管理
調達資金は適格事業に充当するとしており、充当対象となる事業は、本フレームワークをベースとする資金調達の実行日を含む事業年度27、当該事業年度以降および前事業年度に、運転スタートもしくは執行される事業とするということです。
また、充当事業は、エネルギー対策特別会計のエネルギー需給勘定にて他の勘定とは分けて管理を行うと規定しており、同勘定内でも GX関連の予算(充当事業)は区分されており、その管理は経産省が内部管理システムを利用して、調達資金と実際の支出が一致するよう年度単位で追跡管理するとしています。
3-4.レポーティング
本フレームワークをベースとする資金調達の実行後に行うレポーティングに関しては、以下の通り資金充当レポーティングおよびインパクトレポーティングを実施するとしています。
①資金充当状況レポーティング
調達資金が全額充当されるまでの期間、下に示す項目のいずれかもしくはすべてにおいて、守秘義務の範囲内且つ合理的に対応可能な範囲内で、政府のウェブサイト上にて資金充当状況を年次で報告する。
なお、調達資金の金額充当が完了した後に大きな状況変化が発生したケースなどは、適時に開示する。
<レポーティング項目>
- 充当金額
- 未充当金の残高
- 調達資金のうち、発行時点より前の年度に充当された概算額(もしくは割合)
②インパクトレポーティング
適格クライテリア毎に、下に示す項目のいずれかもしくはすべてにおいて、守秘義務の範囲内且つ合理的に対応可能な範囲内で、政府のWebサイト上にて環境改善効果を年次で報告する。
最初の報告については、初回発行から2年以内に実施することとし、その後の進捗報告は最低でも個別事業の事業期間が終了するまでは実施する。
<レポーティング項目>
- 二酸化炭素排出削減量等環境改善効果(研究開発については期待される削減効果)
- 主要プロジェクトの概要、充当額、採択件数、導入事例、研究開発や設備投資の進捗状況など
※なお、必要があれば、そのほか指標についてもクライテリア・事業について追加で開示する。
4.まとめ
これまではグリーンな事業に投じられる傾向の強かったカーボンニュートラル関連の資金ですが、最近では中長期的な脱炭素化への「トランジション」にフォーカスした移行債がますます広がりを見せています。
実際、日本政府は関連する取り組みを次々に打ち出しており、トランジション・ボンドの活用が2050年のカーボンニュートラルを達成できるかどうかの重要なポイントとなっています。
しかしその一方で、トランジションに対する認識が世界共通でないことなどもあり、海外投資家はアクセスしづらいのではという懸念も存在します。
そんな中、政府は明確なフレームワークを提示することによって、日本の移行債の在り方を分かりやすく定義しており、今後はこのフレームワークをベースとして、年平均で2兆円程度、10年間で約20兆円の資金を集めることが期待されています。
中島 翔
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