ブルーカーボンの可能性と市場動向 地球温暖化対策と日本の取り組み

※ このページには広告・PRが含まれています

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. ブルーカーボンとは
    1-1. ブルーカーボンの概要
    1-2. グリーンカーボンとの違い
  2. ブルーカーボンの種類と仕組み
    2-1. ブルーカーボン生態系の種類
    2-2. 二酸化炭素吸収の仕組み
  3. ブルーカーボンの特徴
    3-1. ブルーカーボンのメリット
    3-2. ブルーカーボンの課題
  4. ブルーカーボンの市場
    4-1. ブルーカーボン市場の現状
    4-2. 実際の取り組み
  5. まとめ

ブルーカーボンとは、海洋生物の活動によって海洋や沿岸の生態系に蓄積される二酸化炭素由来の炭素のことを指し、地球の炭素循環の一環として極めて重要な位置を占めています。ブルーカーボンという概念は、国連環境計画(UNEP)が2009年に発表した報告書「Blue Carbon」に初めて取り上げられ、その後、脱炭素社会を目指す動きの中でますます注目度を増しています。

本記事では、日本が注目するブルーカーボンについて、その特性や魅力、さらには市場の現状について深掘りしていきましょう。

1.ブルーカーボンとは

1-1.ブルーカーボンの概要

ブルーカーボンとは、海洋や沿岸の生態系に蓄積される二酸化炭素由来の炭素のことで、その主な供給源となるのが海草、マングローブ、サンゴ礁、潮間帯の植物などです。これらの生態系は「ブルーカーボン生態系」と称され、その価値が注目されています。

陸上の植物が行うように、これらブルーカーボン生態系も二酸化炭素の吸収を行い、その結果、温室効果ガスの削減に寄与すると期待されています。これがブルーカーボンが近年、注目を集めている理由の一つとなっています。しかも、ブルーカーボン生態系は、大気中の二酸化炭素を単に吸収するだけでなく、一部を長期的にストックする能力を持っています。

特に、海草場やマングローブ林は、その二酸化炭素の吸収とストック能力が非常に高いことが認知されており、これらは地球規模でのブルーカーボンの貯蔵庫として位置付けられています。さらに、ブルーカーボン生態系は海洋生物の生息地や養殖場としての役割も果たしており、多様な漁業資源を提供するなど、生物多様性の維持にも貢献しているのです。

1-2.グリーンカーボンとの違い

ブルーカーボンと類似の概念で、しばしば比較されるのがグリーンカーボンです。グリーンカーボンは、草木などの陸上の植物が光合成を通じて大気中の二酸化炭素を取り込み、貯蔵する炭素のことを指します。つまり、ブルーカーボンが海洋生態系に取り込まれた炭素であるのに対し、グリーンカーボンは陸上の草木が吸収した炭素という位置づけです。

これら二つの概念は多くの面で違いがありますが、その一つとして、ブルーカーボン生態系がグリーンカーボン生態系と比べ、炭素を最大約40倍の速度で貯蔵できるという点が挙げられます。これは、ブルーカーボン生態系がグリーンカーボン生態系よりも大気中の二酸化炭素の吸収力が高いことを意味します。ブルーカーボン生態系は地球上の生物が排出する二酸化炭素の約30%を吸収していると言われています。それに対し、グリーンカーボン生態系の二酸化炭素吸収力は、地球上の生物が排出する二酸化炭素の約12%にとどまるとされています。

すなわち、ブルーカーボン生態系はグリーンカーボン生態系と比較して、格段に効率的に炭素を貯蔵できるという点が特筆されます。加えて、海底の泥中に存在するブルーカーボンは、数十年から数千年という長い期間、分解されずに貯蔵されると考えられています。これは熱帯雨林などのグリーンカーボンの貯蔵期間(数十年から数百年と推定)と比較しても、はるかに長期間にわたるものです。

このように、、ブルーカーボン生態系は再排出することなく二酸化炭素を長期間貯蔵するため、「ネガティブ・エミッション」―つまり、ゼロ排出量ではなく、マイナスの排出量を達成する可能性があるとされています。

2.ブルーカーボンの種類と仕組み

2-1.ブルーカーボン生態系の種類

既に触れたように、海洋および沿岸地域に存在し、二酸化炭素の吸収と貯蔵を行う生態系として、海草藻場、塩性湿地、マングローブ林などが存在します。これら一群はまとめて「ブルーカーボン生態系」と呼ばれています。

次に、これらのブルーカーボン生態系を具体的に見ていきましょう。

海草藻場

海草藻場は、海藻が繁茂する海域を指します。海草藻場はその構成種によって、例えば「アマモ場」(アマモの仲間によって形成)、「ガラモ場」(ホンダワラの仲間によって形成)、「アラメ場」(アラメによって形成)、「カジメ場」(カジメによって形成)、「コンブ場」、「ワカメ場」などの異なるタイプに分けられます。

アマモ場は主に内湾や入り江の波の静かな平坦な砂泥底に形成されます。

その一方で、ガラモ場、アラメ場、カジメ場などは、より荒れた岩礁地帯に形成されます。

塩性湿地

塩性湿地とは、潟湖や河口部における、塩分濃度が高い環境下で形成される湿地帯を指します。

マングローブ林

マングローブ林は、潮の満ち引きによって干上がったり冠水したりする熱帯及び亜熱帯の潮間帯に広がる樹林群のことを言います。これらの林は、炭素貯蔵量が一般的な熱帯林と比較して著しく多いとされており、具体的には面積単位あたりで約6〜10倍という見積もりが出されています。

なぜマングローブ林の土壌に多量の炭素が蓄えられているのか、その詳細な理由はまだ完全には解明されていません。しかし、高い塩分濃度を持つ土壌環境が、有機物の分解速度を抑制する影響をもたらしている可能性が示唆されています。

2-2.二酸化炭素吸収の仕組み

ブルーカーボンの生成過程は、まず大気中の二酸化炭素が海水に溶け込むところから始まります。その後、海洋植物がこの二酸化炭素を取り込み、光合成によって有機物を合成します。有機物が作られると、その一部は水中に放出されます。そして、微生物による分解や酸化が進行する前に、この有機物は海底へ沈降します。沈降した有機物は、河口や湿地の堆積物と混ざり合い、ブルーカーボンが形成される原動力となります。

さらに詳しく述べると、沈降した有機物は海底や湿地の堆積物と混ざり、固形状態となります。これらは泥や粘土、砂などの粒子と結びつき、海底や湿地の地層を形成します。これらの堆積物中に含まれる有機物は、物理的プロセスや生物学的な相互作用により長期間にわたってブルーカーボンとして蓄積されます。具体的には、地質学的な時間スケールにおいて長期的に貯蔵されるメカニズムとなっています。この過程で堆積物は、沈殿岩や泥岩といった地層に変化し、圧力と温度の影響を受けて炭素を含む岩石を形成します。

ブルーカーボンはこのような地質学的な変化の下で安定化し、地球の地殻内に長期間にわたって貯蔵されることになります。

3.ブルーカーボンの特徴

3-1.ブルーカーボンのメリット

ここではまず、ブルーカーボンのメリットについて説明します。

①地球温暖化の緩和

ブルーカーボンの最大のメリットは、地球温暖化を緩和する能力にあります。ブルーカーボンは海洋や湿地に存在し、大気中から大量の二酸化炭素を吸収できます。その結果、大気中の二酸化炭素濃度を低減し、地球温暖化の進行を緩和することが期待できます。

また、繰り返しになりますが、ブルーカーボンは植物や微生物が二酸化炭素を吸収するだけでなく土壌に長期間貯蔵することができるため、ゼロではなくマイナスの排出量を達成する「ネガティブ・エミッション」としても注目されています。

②生物多様性の保護

ブルーカーボン生態系の中でも特に湿地帯は数多くの植物や動物種の保護に寄与しており、鳥類や魚類などの重要な生物群集を支えています。そのためブルーカーボンは地球温暖化に効果があるだけでなく、海洋や湿地帯の生態系の健全性と生物多様性の保護にも貢献しています。

③自然災害の軽減

ブルーカーボン生態系である湿地帯は、河川の氾濫や津波などの自然災害発生時において水を吸収し、堰き止める役割を果たしています。そのため、洪水被害や波の勢力を軽減し、人々や周辺の生態系を保護する役割を担っています。このように、ブルーカーボンは海岸線や沿岸地域における自然災害の軽減にも効果があるとして期待されています。

④経済的なメリット

ブルーカーボンは漁業や観光産業と密接に関連しており、これらの産業の持続可能性を高める助けとなるほか、ブルーカーボンの保全や回復によって水質改善や魚介類の生産性向上など生活や経済活動に重要な影響を与える要素を保護することができるなど、経済的なメリットももたらしています。

⑤持続可能な開発の促進

ブルーカーボン生態系の保護と維持は、エコシステムの健全性の確保とその機能性の維持に直結します。このため、それは地域社会に対して持続可能な利益をもたらす可能性があります。ブルーカーボンの重要性がより広く認識されることにより、環境に配慮した政策や取り組みが推進される可能性も高まります。この観点から、ブルーカーボンの保護と回復は、持続可能な開発の推進に重要な寄与を果たしていると言えます。

3-2.ブルーカーボンの課題

次に、ブルーカーボンの課題について説明します。

①ブルーカーボン生態系の減少

ブルーカーボンは、脱炭素社会の実現に向けて重要な役割を果たすとして注目を集めています。

しかし、同時にブルーカーボン生態系の急激な消失が問題となっています。報告書「Blue Carbon」によれば、この消失率は熱帯雨林の約4倍に達しており、年間平均では約2%~7%もの割合で減少が続けられています。半世紀前と比べると、その消失の速度は驚くべき7倍にも達しています。もし対策を怠れば、今後20年のうちにブルーカーボン生態系の大半が失われるという予測もあります。

日本でも同様の問題が見られます。大正時代から1999年までに国内の湿地面積はおよそ半分以下に縮小しました。特に瀬戸内海の海草藻場では、1960年から1991年の間に1万6,000ヘクタールが消失しました。この消失は、沿岸開発や水質悪化などが主な原因とされています。

このような現状を鑑みて、ブルーカーボン生態系の迅速な保護は喫緊の課題となっています。

②測定およびモニタリングの困難性

ブルーカーボンの量の正確な測定とモニタリングは、その広範囲性ゆえに難易度が高いとされています。沿岸湿地や海草場などの生態系が広範にわたるため、これらの炭素吸収量および蓄積量の定量化は複雑なプロセスとなっています。測定方法やモニタリング技術は進化を遂げていますが、その複雑性から時間とコストがかかり、一定の基準や標準化された手法の確立が求められています。

③地理的制約

ブルーカーボン生成には特定の地理的条件が必要であり、沿岸湿地や海草場は限定的な地域にしか存在しません。これは、ブルーカーボンの潜在的な効果が地理的に制約を受けるという課題を残しています。

④他の環境優先事項との競合

ブルーカーボンの生成は他の環境優先事項との競合を引き起こす可能性があります。沿岸湿地や海草場の保全は、漁業や観光産業に制約を課すことがあります。また、農地や都市開発など、他の社会的・経済的利益とのバランスをとる必要があります。これらの競合がブルーカーボン生成の障壁となる可能性も否定できません。

4.ブルーカーボンの市場

4-1.ブルーカーボン市場の現状

ブルーカーボン市場は、地球温暖化と気候変動対策の必要性が高まる中、その潜在的な役割から注目を集めています。

世界中で進行中の脱炭素化の取り組みは多種多様で、全方位的なアプローチがなされています。しかしながら、ブルーカーボンは、グリーンカーボン生態系と比較しても、格段に効率的に炭素を吸収・貯蔵できることから、その普及が強く求められています。事実、ブルーカーボン市場に対する国際的な規制や政策の推進が進んでおり、世界中でブルーカーボン市場の拡大が期待されています。また、ブルーカーボンのモニタリングや評価技術についても、継続的な開発が進行中で、ブルーカーボンのさらなる普及が見込まれています。

4-2.実際の取り組み

現在、ブルーカーボン市場は活況を呈しており、日本国内でもさまざまな取り組みが実施されています。その一例として、以下に具体的な動きを紹介します。

①リンテック

粘着紙や粘着フィルムの製造・販売を手掛けるリンテック株式会社は、2018年に社内に設置した「SDGs委員会」を発端に、ブルーカーボンをテーマにした新たな付加価値創出の取り組みを始めました。具体的には、アサリの生態研究や稚貝保護に取り組み、漁業者の航路確保のために間引きや廃棄されるコアマモを有効活用しています。

このプロジェクトでは、二酸化炭素を吸収するコアマモのバイオマスを紙に変換し、長期間紙を使用することで二酸化炭素の長期貯蔵を実現しています。

②九州大学水産実験所・トヨタ自動車九州

九州大学水産実験所とトヨタ自動車九州は、2023年4月20日にブルーカーボン生成技術開発に向けた共同研究を開始することを明らかにしました。これにより、以下の取り組みを進める予定です。

  • 海藻の増殖と藻場再生によるブルーカーボン生成技術の開発
  • 地域の漁業者との協働による持続可能なブルーカーボン生成体制の構築
  • 地域の児童や学生を対象とした環境教育機会の提供

③北海道ガス・函館市

北海道ガスと函館市は、2023年1月13日に「協働のまちづくり」に関する包括的な協力協定を更新し、エネルギー利用と災害時の協力に加え、カーボン・ニュートラルの実現に向けた連携を新たに追加しました。

この提携では、コンブ養殖施設で育てられたコンブが大気中の二酸化炭素を吸収し、その吸収価値を北海道ガスがカーボンクレジット化し、それを活用して函館市の脱炭素化を促進します。これにより、漁業施設を活用した水産業の振興とブルーカーボンに関する環境整備を目指します。

5.まとめ

ブルーカーボンは地球温暖化と気候変動に対する解決策の一部として重要な役割を果たしています。また、環境への関心の高まりや政策の変化に伴い、市場は成長を続けており、その規模は今後も拡大すると見られています。

しかしながら、ブルーカーボン生態系の保全と回復、モニタリング技術の改善など、まだ解決すべき課題が多く存在します。これらの課題を一つずつ解決していくことで、初めて地球環境の健全性を保つことができると言えるでしょう。

The following two tabs change content below.

中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12