米国カリフォルニア州のETS(排出権取引スキーム)と各国制度について解説

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 「ETS(排出権取引スキーム)」とは
    1-1.「ETS(排出権取引スキーム)」の概要
    1-2.「ETS(排出権取引スキーム)」の手法
  2. 米国カリフォルニア州のETSとは
    2-1.米国カリフォルニア州のETSの概要
    2-2.ETSの対象
  3. 米国カリフォルニア州のETSの制度内容
    3-1.基本内容
    3-2.無償での排出枠分配
    3-3.カーボンオフセット
    3-4.コンプライアンス
    3-5.オークション
  4. その他のETSとの相違点
    4-1.欧州域内排出量取引制度(EU-ETS)
    4-2.中国全国排出量取引制度(全国ETS)
    4-3.韓国排出量取引制度(K-ETS)
    4-4.カナダ連邦政府排出量取引制度
  5. まとめ

地球温暖化への対策として、カーボンクレジットの取引が世界中で行われています。この取引の背景には「ETS(Emission Trading Scheme)」という、各国で採用されている排出権取引スキームが存在します。

特に、排出量削減の先行事例として、アメリカのETS、特にカリフォルニア州の取り組みが注目を集めています。この記事では、カリフォルニア州のETSの特徴や制度内容、他のETSとの違いについて解説します。

1.「ETS(排出権取引スキーム)」とは

1-1.「ETS(排出権取引スキーム)」の概要

「ETS」は「Emission Trading Scheme」の略で、日本では「排出権取引スキーム」と呼ばれます。この制度は、温室効果ガスの排出権を取引することによって、総排出量の削減を促進するものです。この考え方は、国際的な気候変動対策の枠組みである「京都議定書」に起源を持ちます。

京都議定書とは、1997年に京都市で開催された「国際連合気候変動枠組条約(UNFCCC)」の「第3回締約国会議(COP3)」で採択され、2005年に発効した協定です。これにより、多くの国が気候変動に対する対策を本格化させていきました。

京都議定書のもとで、温室効果ガスの総排出量を削減する目的が掲げられました。この目標を達成するための方法の一つとして、ETSが導入されました。

ETSのシステムでは、各国に温室効果ガスの「排出枠」が定められ、その枠内での排出が許可されています。もし国や企業が削減努力を行い、定められた枠を下回った場合、余った排出権を他の国や企業に売ることができます。この取引システムを導入することで、排出権の有効活用が促進され、全体的な温室効果ガスの排出量が抑制されています。

1-2.「ETS(排出権取引スキーム)」の手法

ETSにはいくつかの方式がありますが、ここでは特に注目されている2つの手法について説明します。

①キャップ&トレード方式
キャップ&トレード方式は、排出量に上限(キャップ)を設け、その上限内で排出権の取引(トレード)が行われる方法です。この方式の特長は、単純に排出量を制限するのではなく、取引を通じて効率的な排出削減を促進することにあります。企業が排出量の削減を実現すれば、余剰となった排出枠を売ることで利益を得られます。この仕組みにより、多くの企業が自発的に削減に努める動機づけとなっています。加えて、排出枠の取引を通じて、企業は変動するビジネス環境にも柔軟に対応できるというメリットがあります。

②ベースライン&クレジット方式

ベースライン&クレジット方式では、もともとの排出予測量を「基準(ベースライン)」として設定します。そして、具体的な温室効果ガス削減プロジェクトを実施することで、このベースラインよりも実際に少なく排出した分をクレジットとして取引します。

この方法の特徴は、キャップ&トレード方式のような固定された「排出枠」が存在しないことです。そのため、排出枠を超えるリスクや不足分を補う必要がありません。ベースライン&クレジット方式は比較的自由度が高く、企業は自発的に取引を行うことができるのが魅力となっています。

2.米国カリフォルニア州のETSとは

2-1.米国カリフォルニア州のETSの概要

カリフォルニア州のETSは、2013年から2014年までの2年間を第1遵守期間として定めており、2015年以降は3年ごとに遵守期間が更新される予定で、全7期間、2032年まで続く予定です。

さらに、2032年から2050年までの年間排出量の上限キャップは次の式を用いて算出されます:

年間排出量(百万トンCO2e)=193.8-6.7×n

※nは、2032年は1、2033年は2、…、2050年は19を示す。

2050年の予測される年間排出量上限は6,650万トンとされています。また、2014年からカナダのケベック州のETSと連携を開始し、排出枠のオークションなどを共同で行っているとのこと。

2-2.ETSの対象

カリフォルニア州におけるETSの対象となる企業は、年間の温室効果ガス排出量が2万5千トン以上の事業者となっており、製造業、発電施設 電力輸入事業者、CO2供給業者、天然ガス供給者、RBOBガソリン・蒸留燃料油の供給者、液化石油ガス供給者、パイプライン運営者などが含まれるということです。

また、これらの条件を満たす対象はおよそ450社存在すると報告されており、これらの事業者がカリフォルニア州の全体の排出量におけるおよそ85%を占めているとされています。

3.米国カリフォルニア州のETSの制度内容

3-1.基本内容

CARBは、ETSの対象となる事業者に、それぞれの生産量や排出実績を基に、「排出枠(Allowance)」を毎年無償で分配しています。事業者は、排出した温室効果ガス1トンにつき、排出枠1単位を使用する必要があります。

さらに、各排出枠にはユニークなシリアルナンバーが付与されているため、すべての取引の透明性と追跡が確保されています。

排出量が許容枠内であれば、その範囲内の余剰排出枠は次年度に持ち越すか、他の企業に売却することができます。逆に、許容枠を超えて排出が発生した場合は、オークションやマーケットを利用して他企業から排出枠を購入したり、カーボンオフセットとしての「オフセット」クレジットを取得して適正化する方法があります。

しかし、カーボンオフセットの利用には一定の制約が存在し、2021年から2025年の間は、排出枠の上限の4%までしか使用することができません。期間の終わりに必要な排出枠を確保できなかった場合、1トンの排出に対して4枠のペナルティが課される仕組みとなっています。

3-2.無償での排出枠分配

CARBが一部の産業施設に排出枠を無償で提供している背景には、移行期間中の経済的負担を軽減し、事業が他の地域に移転して排出規制を避けることを防ぐ目的があるとされています。特に電力や天然ガスの事業者への無償提供は、市民への電気料金の急激な上昇を防ぐための措置として位置づけられています。初めの頃は多くの排出枠が無償で供給されましたが、現在はその数が徐々に減少し、オークション形式への移行が進められています。

3-3.カーボンオフセット

カリフォルニア州のETS制度下で、事業者は環境保全プロジェクトへの投資を通じて取得したオフセットクレジットを、排出量の調整(コンプライアンス)のために利用することが認められています。

カリフォルニア州のETS制度では、カーボンオフセットを利用する際の対象プロジェクトは、国内の森林・都市林の管理や、畜産業の排泄物処理、オゾン層を破壊する物質の取り扱い、そして掘削時のメタン回収に限られています。これらのプロジェクトは、各分野のガイドラインに基づき進められ、信頼性を確保するために認定済みの第三者機関による認証が必要です。

カーボンオフセットの利用には上限が定められています。具体的には:

  • 2020年まで:排出枠の8%
  • 2021年から2025年:排出枠の4%
  • 2026年から2030年:排出枠の6%

3-4.コンプライアンス

事業者は毎年度の終わりに、年間の温室効果ガス排出量を計算し、第三者機関の認証を受けた上でCARBに報告する必要があります。そして、その年の排出に対して、排出枠やオフセットの30%を提供します。各期間の最後には、最初の2年間の未払い分と最終年度の100%分の排出枠またはオフセットを提供します。幸い、これまでのコンプライアンス率は高く、ほぼ100%を達成しています。ただし、規定を守らなかった場合、CARBが適切な罰則を科すこともあります。

3-5.オークション

CARBは2014年から、カナダのケベック州と連携し、四半期ごとに共同オークションを開催しています。このオークションでは排出枠が出品され、売れ残りの場合、次回のオークションで再度提供されるシステムになっています。

排出枠のオークションでは、最低価格が設定されており、この金額は年々増加しています。そして、オークションで得られた売上は「温室効果ガス削減ファンド(GGRF)」に収められ、こちらの資金は環境対策に役立てられています。興味深いことに、制度が開始されて以来2020年末までの合計収益は、なんと約142億ドルにも上るとのことです。

4.その他のETSとの相違点

他の国々もETSを導入しています。ここで、それぞれの特徴とカリフォルニア州のETSとの主な違いについて見てみましょう。

4-1.欧州域内排出量取引制度(EU-ETS)

欧州連合(EU)では、「EU-ETS」という名前で排出量取引制度が行われています。この制度は2005年に始まり、それ以降も様々なフェーズに分けられて進められてきました。カリフォルニアの制度が事業者を対象としているのに対して、EU-ETSは1万2千を超える「施設」が対象です。2021年からは、さらに海運や道路輸送、建物も新たな対象として加えられました。

4-2.中国全国排出量取引制度(全国ETS)

2015年、中国の国務院は国内での炭素排出量取引制度の導入を発表。2017年には、取引市場の設立計画が明らかにされました。そして、2021年にこの取引が始まり、初日だけで410.40万トンの取引があったとされています。全国ETSの目標は、2030年頃に二酸化炭素の排出をピークにし、早期にそれを下回ること、GDP当たりの排出量を2005年比で60~65%減少させること、非化石燃料を全体の約20%まで増やすこと、などが挙げられています。

また、中国の全国ETSは、カリフォルニア州などのETSと異なる特徴を持っています。具体的には、一定の制度期間が設定されていないこと、違反時の罰則が統一されていない点などが挙げられます。この制度では、罰則の詳細は地方政府に委ねられています。

4-3.韓国排出量取引制度(K-ETS)

韓国の「K-ETS」は、2015年から導入された排出量取引制度です。制度の期間は、第1期間が2015年から2017年、第2期間が2018年から2020年、そして第3期間が2021年から2025年と定められています。さらに、2030年までには、2017年比で24.4%の排出削減を目指しています。カリフォルニア州のETSが無償割当やオークションを用いるのに対して、K-ETSでは排出量や削減の実績、業種の成長予想、炭素集約度などを基に、排出枠の割当が行われています。

4-4.カナダ連邦政府排出量取引制度

カリフォルニア州のETSとの共同オークションで触れたように、カナダも排出量取引制度を採用しています。

カナダのETSは、制度期間を1年(暦年)としています。対象となるのは「事業」ではなく、「施設」です。さらに、一つの統一された削減目標ではなく、規制対象分野ごとに原単位目標が設定されており、95%、90%、80%といった段階的な改善目標が存在します。また、排出枠の割当方法としては、ベンチマークに基づいた無償割当が採用されています。これらの特徴から、カリフォルニア州のETSとは異なる点がいくつか見られることがわかります。

5.まとめ

近年、地球温暖化といった環境問題が深刻化する中で、温室効果ガスの排出量を制限するETSへの関心が高まっています。この制度は、カーボンクレジット取引を可能にするもので、排出量削減の取り組みを促進します。各国での導入例を見ると、それぞれ異なる特徴や目標を持つことが分かります。

多くの国や企業がETSに参加しており、今後、この市場はさらに拡大していくと考えられます。興味を持った方は、カリフォルニア州や他国のETSについて、さらに深く学んでみることをおすすめします。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12