一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- 鉄鋼業とカーボンニュートラル
1-1.カーボンニュートラルにおける鉄鋼業の位置づけ
1-2.鉄鋼業のCO2排出量が多い理由 - 我が国の鉄鋼業界の取り組み
2-1.日本の鉄鋼業をまとめる一般社団法人日本鉄鋼連盟
2-2.日本鉄鋼連盟の「カーボンニュートラル行動計画」
2-3.日本鉄鋼連盟の具体的な取り組み
2-4.「カーボンニュートラル行動計画」の進捗
2-5.今後の展望 - 鉄鋼業におけるカーボンニュートラルの事例(国内)
3-1. JFEスチール
3-2. 神戸製鋼所
3-3. 日本製鉄 - 鉄鋼業によるカーボンニュートラルの事例(国外)
4-1. SAAB(スウェーデン)
4-2. USスチール(アメリカ)
4-3. 宝武鋼鉄集団(中国) - まとめ
鉄鋼業は現代産業の基盤となる分野であり、CO2排出量の観点からも、その影響は大きいと言えます。鉄鋼業のカーボンニュートラルへの取り組みは、各国の環境対策や持続可能性の追求と密接に関連しています。
今回、鉄鋼業のカーボンニュートラルに向けた動きを詳しく見ていきましょう。
1.鉄鋼業とカーボンニュートラル
1-1.カーボンニュートラルにおける鉄鋼業の位置づけ
鉄鋼業は全世界のCO2排出量の約7%を占めています。特に先進国では、CO2排出の大部分が鉄鋼業から来ており、例えば2021年の日本では、鉄鋼業が国内産業のCO2排出量の15%から20%を担っています。これは、鉄鉱石を高温で還元する際に大量のCO2が排出されるためです。新しい技術の導入や製鉄プロセスの改善が求められています。
世界鉄鋼協会のデータによれば、2021年の鉄鋼需要は18.7億トンで、2022年には19.2億トンに増加すると予測されています。そして、2100年までには38億トンと、現在の2倍近くになると見込まれています。このため、鉄鋼業のカーボンニュートラルの取り組みは急がれています。
1-2.鉄鋼業のCO2排出量が多い理由
鉄鋼の製造には伝統的にブラストファーネス法が用いられ、この方法ではコークスを使用して鉄鉱石を還元します。この過程で大量のCO2が排出されるのが問題です。しかし、水素を還元剤として使用する新技術が研究されており、これによりCO2排出を大幅に削減することが期待されています。
再生可能エネルギーの導入も進められています。太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーは、鉄鋼製造の電力供給において、今後の主要なエネルギー源となるでしょう。実際、アルセロールミッタル社などの大手鉄鋼メーカーは、再生可能エネルギーを活用した製鉄方法を導入しています。
さらに、CO2をキャプチャーして地下に保存するCCS技術も注目されています。特に炭鉱や古い油田など、CO2を大量に保存できる地下空間がある地域では、この技術が有望視されています。
鉄鋼業界は、これらの方法を組み合わせて、カーボンニュートラルを目指しています。
2.我が国の鉄鋼業界の取り組み
2-1.日本の鉄鋼業をまとめる一般社団法人日本鉄鋼連盟
鉄鋼は日本の経済や人々の生活にとって不可欠な資材であり、また主要な輸出商品としての位置づけも持っています。日本の鉄鋼業のまとめ役とも言える一般社団法人日本鉄鋼連盟は、1948年に誕生し、2001年には鋼材倶楽部や日本鉄鋼輸出組合といった鉄鋼業界の3つの主要団体が統合されて、鉄鋼業関連全体に影響する組織に新しく生まれ変わりました。この連盟は、国内のほとんどの鉄鋼産業に関わる企業が参加し、鉄鋼の主要製造企業と流通を担当する商社からなる会員で構成されています。
日本鉄鋼連盟は、鉄鋼に関わるデータの収集、技術の革新と普及、環境問題の対策、業界の労働環境や経営の最適化、業界標準の確立や公正な貿易の推進など、多岐にわたる課題に取り組んでいます。その活動は、日本の経済の健全な成長をサポートするだけでなく、国際的な連携や協力の強化にも努めていると言えます。また、日本鉄鋼連盟も世界の例に違わず、積極的なカーボンニュートラル計画を推進しています。
次に日本鉄鋼連盟のカーボンニュートラル計画について解説します。
2-2.日本鉄鋼連盟の「カーボンニュートラル行動計画」
日本鉄鋼連盟は、以前からの「自主行動計画」を発展させ、「カーボンニュートラル行動計画」を推進しています。この計画は2021年から2030年を対象とし、鉄鋼生産の環境負荷を低減するための4つの主要テーマ、「エコプロセス」、「エコプロダクト」、「エコソリューション」、そして「革新的技術開発」を掲げています。これらのテーマを通じて、CO2削減とカーボンニュートラルの実現を目指しています。
2-3.日本鉄鋼連盟の具体的な取り組み
「エコプロセス」では、製造プロセスの見直しやエネルギーの効率的利用を進め、2030年度までに2013年度比で30%のCO2排出量削減を目指しています。「エコプロダクト」の柱では、高機能鋼材の提供を通じて、製品の製造や使用段階でのCO2排出を低減することを目標とし、約4,200万t-CO2の削減を予定しています。「エコソリューション」では、日本の鉄鋼業界が開発した省エネ技術を世界に広めることで、約8,000万t-CO2の削減貢献を目指しています。「革新的技術開発」の柱では、2050年のカーボンニュートラル実現に向けた技術開発を進めています。特に、グリーンイノベーション基金が推進する「製鉄プロセスにおける水素活用」プロジェクトでは、鉄工所での水素利用や高炉排ガスのCO2活用など、多岐にわたる技術開発が行われています。
日本鉄鋼連盟は、これらの取り組みを通じて、持続可能な未来を実現するための総合的なアプローチを進めています。
2-4.「カーボンニュートラル行動計画」の進捗
日本鉄鋼連盟が進める「カーボンニュートラル行動計画」の2021年度の成果は、エネルギー起源CO2排出量が1億6,309万t-CO2となり、2030年度の目標の53.7%を既に達成しています。この数値は、電力係数を反映したもので、計画達成に向けて順調に進行していることが伺えます。また、エネルギー消費量は1,959PJ、粗鋼生産量は9,165万tとなっています。一方、鉄鋼業全体のエネルギー起源CO2排出量は1億6,720万t-CO2、エネルギー消費量は2,045PJ、粗鋼生産量は9,564万tとなっています。
2-5.今後の展望
日本鉄鋼連盟は、2030年度にエネルギー起源のCO2排出量を2013年度比で30%削減するという目標を掲げています。これを実現するため、国内での先進技術を世界に広める取り組みや、新技術の開発が進められています。具体的には、省エネ技術の導入や廃プラスチックの活用、革新的技術の実用化などが計画されています。これらの取り組みにより、2030年のCO2削減貢献量は約8,000万t-CO2に達すると予測されています。
また、高機能鋼材の供給を通じて、製品の製造・使用段階でのCO2排出を削減する方針もあり、その削減ポテンシャルは約4,200万t-CO2と評価されています。技術開発のテーマとしては、水素還元技術、外部水素供給や高炉排ガスのCO2活用、直接水素還元技術、そして電炉の不純物除去技術などが挙げられています。
日本の鉄鋼業界は、これらの取り組みを通じて、環境問題への対応と持続可能な未来の実現を目指しています。
3.鉄鋼業におけるカーボンニュートラルの事例(国内)
3-1.JFEスチール
JFEスチールは、2030年までに2013年度を基準にCO2排出量を30%以上削減する目標を掲げています。さらに、2050年までのカーボンニュートラル実現のため、カーボンリサイクル高炉とCCU技術の開発を進めています。GI基金を活用し、東日本製鉄所手賀沢地区での試験炉の建設も予定されており、2025年と2026年にはそれぞれの試験炉が稼働する計画です。
3-2.神戸製鋼所
神戸製鋼所は、2030年までにCO2排出量を2013年度比で30~40%削減するという目標を設定しています。2050年までのカーボンニュートラル実現のための取り組みとして、1億以上のCO2排出削減を目指しています。新技術の開発や「Kobenable Steel」の商品化、さらに高砂製作所での電炉の試験など、多岐にわたる活動を展開しています。
3-3.日本製鉄
日本製鉄は、2030年までにCO2排出量を2013年度比で30%削減するという目標を持っています。2050年のカーボンニュートラル実現に向け、大型電炉やCCUS、水素還元製鉄などの技術を取り入れる複線的なアプローチを採用しています。GI基金を利用した君津第二高炉でのCOURSE50高炉の実機検証や、波崎研究開発センターでの試験炉の設置など、具体的な取り組みも進められています。
これらの事例から、日本の鉄鋼業界がカーボンニュートラルの実現に向けて、継続的かつ具体的な取り組みを進めていることが伺えます。
4.鉄鋼業によるカーボンニュートラルの事例(国外)
4-1.SAAB(スウェーデン)
スウェーデンのSSABは、鉄鉱石生産会社のLKABと電力会社のVattenfallと共同で「HYBRIT」イニシアティブという鉄鉱石の還元過程において従来の石炭使用を代替する水素を導入することを目指すプロジェクトを設立しています。他にもスウェーデンエネルギー庁の支援により、直接水素を還元する技術の開発に取り組み、2026年に商業生産を開始することを目指しています。
ヨーロッパにおいて、欧州委員会は、スウェーデンが2045年までに金属産業のCO2排出量ネットゼロを達成するために、EUの補助金「Just Transition Fund」から1億5,570万ユーロを受領することを発表しています。
4-2.USスチール(アメリカ)
米国の大手の鉄鋼メーカーであるU.S.スチールは、年産300万トンの電炉・鍋板工場を新設し、2024年に稼働開始する予定です。さらに、2021年には電炉、薄スラブ連続鋳造機、圧延機を保有するスタートアップ企業であるBig River Steelを買収しました。
また、アメリカでは2022年8月にはインフレ削減法案が成立し、今後10年で気候変動対策などに4,370億ドルを投じる計画が進行中です。このうち、鉄鋼、アルミニウム、セメントなどの多排出産業に対しては「先進産業施設導入プログラム」として53億ドルを投じることになっています。
4-3.宝武鋼鉄集団(中国)
年間粗鋼生産量が世界一で中国の最大手鉄鋼メーカーである宝武鋼鉄集団は、ミニ高炉を用いた水素還元技術の研究を開始していると報道されています。2019年1月には中国の東大とも言われる清華大学および中核集団と技術協力協議を締結し、水素還元製鉄の共同研究を実施しています。 さらに、広東省の遠江製鉄所には年産100万トンの直接還元プラントを導入することが決定され、2024年に稼働する予定です。
また、宝武鋼鉄集団は中国太平洋保険、建信金融資産投資国緑色発展基金と共同で、カーボンニュートラルの実現を目指して、宝武炭中和株式投資基金を設立しています。
5.まとめ
鉄鋼業一つをとっても各国で様々なカーボンニュートラルの取り組みが行われています。日本の高い技術力をカーボンニュートラルの分野でも発揮することで、将来的に技術の輸出までつながり、日本がカーボンニュートラルの世界でもイニシアティブを取れることに期待したい所です。今後も、鉄鋼業のカーボンニュートラルの取り組みに注目していきたいと思います。
中島 翔
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