2023年世界のカーボンクレジットのトピックと振り返り

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 市場のインフラ整備
  2. 取り締まりの強化
  3. アフリカによる取り組み
  4. まとめ

2023年上半期における炭素クレジット発行量は、前年同期の発行レベルである1億4,300万トンに匹敵し、クレジットの発行残高についても、2022年7月の6億2,800万トンから7億4,800万トンまで増加したことが報告されています。

このように、環境問題への関心の高まりを背景として世界のカーボンクレジットマーケットは着実に成長を続けていますが、そんな中、2023年は業界の各方面におけるマーケット整備がより進んだ一年となりました。そこで今回は、2023年における世界のカーボンクレジットについて、主なトピックを振り返りながら、今後の動向を探っていきたいと思います。

1.市場のインフラ整備

1-1.ICVCMによる「コア・カーボン原則(CCPs)」策定

2023年は「ボランタリーカーボンマーケット(VCM)」の健全性および透明性にますます厳しい目が向けられている中、関連するイニシアチブが大きく前進することとなりました。

中でも大きなトピックと言えば、「自主的炭素市場インテグリティ協議会(ICVCM:Integrity Council for Voluntary Carbon Markets)」によって発表された「コア・カーボン原則(CCPs:Core Carbon Principles)」の策定が挙げられます。

ICVCM:「自主的炭素市場の拡大に関するタスクフォース(TSVCM:Taskforce on Scaling Voluntary Carbon Markets)」が2021年秋に創設した民間団体で、カーボンクレジットやその創出制度に関するグローバルな閾値基準を設定することによって質の高い炭素クレジットの創出・使用を促し、真に追加的な排出削減・吸収に資金を導くことを目指しています。

ICVCMは、2022年7月、高品質なカーボンクレジット認証を目的としたコア・カーボン原則のドラフトを公表し、2023年3月にはその最終版を発表しました。このコア・カーボン原則は、ボランタリーカーボンマーケットに関与する多くの組織や団体の意見を基に策定され、「ガバナンス」、「排出インパクト」、「持続可能な開発」という3つの大枠に分けられた10の原則を提示しています。

また、最新の技術と知見が取り入れられており、カーボンクレジットの品質評価フレームワークとして機能するとされています。そして、このフレームワークを通して、プログラムがコア・カーボン原則の基準を満たしているか、さらには「CCPラベル」の使用資格があるかどうかが確認されるということです。

CCPラベル:カーボンクレジットの発行元となる炭素認証プログラムとクレジットの種類(例:調理器具や森林再生プロジェクトなど)の両方が、CCPsで定められた気候、環境、社会的な健全性の基準を満たすと評価された場合、そのカーボンクレジットにはCCPラベルが付けられ、高品質であることが示されるというものです。

2023年は、こうしたICVCMの取り組みが本格化したことによってカーボンクレジットプロジェクトの品質を保証することが可能となり、透明性と信頼性の高いマーケットの形成がより進むこととなりました。

1-2.VCMIによる「主張実践規範(CoP)」公表

2023年6月、「自主的炭素市場インテグリティイニシアティブ(VCMI:Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)」は「主張実践規範(CoP:Claims Code of Practice)」を公表しました。

VCMI:2021年3月に英国政府が設立を発表し、「CIFF」や「ビジネスエネルギー産業戦略省」が共同出資を行って2021年7月に設立された、ボランタリーカーボンマーケットの国際ルール策定イニシアチブのことを指します。

VCMIは、パブリックコンサルテーションと企業による実地試験を経て、2023年6月に「主張実践規範(CoP:Claims Code of Practice)」を公表しました。CoPでは、企業などによるカーボンクレジットの自主的な使用(主張)を、信頼できるものとするための要件や推奨事項、ガイダンスが規定されており、下記に挙げる4つのステップで構成されています。

  1. 基礎的要件を満たすこと
  2. 実施するVCMI主張の選択
  3. カーボンクレジットの使用と質の閾値を満たすこと
  4. VCMIモニタリング・報告・保証(MRA:Monitoring, Reporting & Assurance)枠組みに従った第三者保証の取得

なお、VCMIは今後、ステークホルダーとの対話やフォーラムなどを通してさまざまなフィードバックを受けながら、必要なガイダンスなどを開発し、理解しやすく、且つ利用しやすい環境整備を進めていくということです。

1-3.「質の高い炭素市場の原則」の策定

日本が議長国となり、2023年4月15日から16日にかけて札幌で開催された「G7気候・エネルギー・環境大臣会合」では、資金動員の鍵を握るカーボンマーケットの質を確保することを目的として、「質の高い炭素市場の原則」が策定されました。

G7気候・エネルギー・環境大臣会合:「G7サミット(首脳会合)」に関連して開催される閣僚会合の一つで、サミットにおける議論の基礎ともなる重要な会合となっています。パリ協定の精神を踏まえ、産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、さらに、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを統合的に実現するため、経済社会システム全体の変革であるグリーントランスフォーメーション(GX)のグローバルな推進などについて議論しています。

2023年に開催された会合では、ボランタリーカーボンマーケットなどにおけるクレジットの質を担保するために求められる事項をまとめた「質の高い炭素市場の原則」を定めました。原則の構成要素としては、「質の高いクレジットの創出(供給側)」、「質の高いクレジットの活用(需要側)」、「質の高い市場」という3つに分けられており、それぞれに細かい規定を設けて温室効果ガスの緩和行動を支援することで、国際的な削減目標の達成に尽力しています。

2.取り締まりの強化

2-1.EUによる商品宣伝の規制強化

2023年9月、「欧州連合(EU)」は2026年までに根拠が正確なものであると証明できない限り、「気候中立(温暖化ガスの排出実質ゼロ)」や「エコ」といった商品宣伝のためのうたい文句を企業が使うことを禁止することを発表しました。

これは、消費者向け製品に関連して、気候変動対策に取り組んでいるように見せかける「グリーンウォッシング」に対する取り締まりを強化する政策の一環となっています。また、カーボンオフセットに基づく主張も対象に含まれているほか、承認されたサステナビリティー制度によるものでなければ環境に優しいという意味を表す「グリーン」を名乗ることも許されないという、比較的厳しい内容となっています。

この規制は2026年までに実施される予定で、EUは消費者に対する環境訴求に関して、世界で最も厳しい基準を持つ地域になるということです。EUではすでに活発なクレジット取引が行われており、世界のカーボンクレジット業界を牽引する存在として知られていますが、今回の新たな規制強化によって、業界をさらに一歩リードするとみられています。

2-2.CFTCによるマーケット精査の強化

「米・商品先物取引委員会(CFTC)」は2023年6月に、カーボンマーケットでの詐欺に関連する「商品先物取引所法(CEA)」違反の可能性について、内部告発者からの情報提供を求めていると発表しました。

具体的には、デリバティブマーケット規制当局は、操作取引、カーボンクレジット条件に関連する不正発言、トークン化されたカーボンマーケットの操作の可能性など、各不正行為の可能性を報告する内部告発者と協力すると語っており、内部告発者には一定の機密保持や報復防止の保護が与えられるほか、その情報が法執行措置につながった場合には賞金も与えられる可能性があるとしています。

実際、カーボンクレジットが広く流通するようになって以来、関連する詐欺事件が多く報告されており、排出を実際に削減していないにもかかわらずカーボンオフセットを販売したり、不正なデータを使用してカーボンクレジットを生成したり、一般的にプログラムの環境利益を過大に評価する「グリーンウォッシング」が横行しています。

こうした状況を受けて、CFTC委員長のロスティン・ベーナム氏は、「内部告発者からの情報は委員会の執行任務を前進させ、ひいては不正行為や操作を根絶することでカーボンマーケットの健全性と信頼をさらに築くことができる」と述べており、取り締まりを強化することでより透明性の高いマーケットの構築を推進しています。

2-3.ISSBによるサステナビリティ基準の公表

2023年6月、「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」は、サステナビリティ基準の最終版を公表しました。

ISSB:「IFRS(国際会計基準)」の策定を手がける「IFRS財団」の傘下に新設された機関で、企業が「ESG(環境・社会・ガバナンス)」などを含む非財務情報開示を行う際の統一された国際基準の策定を行っています。IFRSの財務会計基準は140を超える国と地域で適用されている世界的な基準となっており、ISSBはIFRSのサステナビリティ版になるのではと、早くからその動向に大きな注目が集まっていました。

ISSBは今年、ついにサステナビリティ基準の最終版を公表しました。具体的には、気候変動の面では「スコープ3(サプライチェーンからの温室効果ガス排出)」や二酸化炭素の排出に価格を付ける「社内炭素価格」、「カーボンクレジット」の利用計画などが示されています。スコープ3は、原材料の調達や輸送、製品の使用などにかかる社外の排出量が対象になるため、自社の排出量と比べて把握するのが難しく、開示していない企業も少なくありません。

しかし、今回新たにISSBの基準に盛り込まれたことによって、多くの企業が対応に動き出しています。実際、ISSBは2024年1月以降の年次報告書から適用が可能になるとされており、基準を導入するかどうかは各国の判断によりますが、日本では「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)」がISSBをベースに日本版の基準を策定するということです。具体的なスケジュールとしては、2024年3月までに公開草案を公表し、2025年3月までに確定させるということで、上場企業などおよそ4000社が有価証券報告書でサステナビリティ情報の開示を行うことが義務付けられており、早ければ2026年6月にもISSBの基準に沿って開示する企業が現れる可能性があるとみられています。

3.アフリカによる取り組み

3-1.「第1回アフリカ気候サミット」の開催

ケニア政府と「アフリカ連合(AU)」は2023年9月4日から6日にかけて、ケニアの首都ナイロビで初の「第1回アフリカ気候サミット」を開催しました。このサミットでは、アフリカ地域の大統領等の首脳、主要国の政府高官、国連機関、企業、NGOなど、数百人が参加し、最終日には「ナイロビ宣言」が採択されました。

そもそも、アフリカのような開発途上国は人口が約13億人と多いものの、二酸化炭素排出量は世界の約4%にすぎず、地球上で発生している気候変動に大きく寄与しているわけではありません。しかし、それにも関わらず、アフリカは気候変動の影響で自然災害などに見舞われているほか、クリーンな技術を用いることが要求されており、こうした不平等性を背景として、温室効果ガスを多く排出している先進国が開発途上国に対して気候変動への対策の支援を行うべきであるという議論が進められています。2022年の国連報告書によると、アフリカは気候変動により年間で70億ドルから150億ドルの損失を被っていることが明らかになっており、これを緩和するためにはアフリカ諸国が年間平均1,240億ドルを調達する必要があるとされています。

そんな中、今回のアフリカ気候サミットは、こうした資金調達やグリーンテクノロジーの開発などについて、アフリカ諸国が主体となって声をあげるという意味のあるものとなりました。ナイロビ宣言においては、化石燃料の取引や海上輸送、航空に対する世界的な炭素税の導入が指導者に呼びかけられたほか、「国際開発金融機関(MDBs)」に対して、貧困国への譲許的融資拡大が要請されました。さらに、「国際通貨基金(IMF)」の特別引出権メカニズムの改善も求められるなど、アフリカ諸国が地球温暖化との闘いにおいて「受け身の被害者」ではなく強力なパートナーになるべきだということが呼びかけられました。

3-2.アフリカ諸国のトレンド

アフリカでは、カーボンクレジットの販売がトレンドになりつつあります。アフリカには森林面積が残っている国も多く存在し、再生可能エネルギーに適した土地が広がっているほか、省エネや輸送効率、廃棄物管理などが十分に行われていないため、炭素排出量を削減する余地が大いにあると言われています。そのため、カーボンクレジットを販売することができれば、森林保護という元々は別でコストがかかることから、反対に収益を生むことができるというわけです。

最近では、排出量の多い特定産業以外でも、社会や投資家からカーボンニュートラルを求める声が聞かれるようになっており、より安くスピーディに炭素削減を行いたい先進国の企業が多数存在します。そんな中、こうした企業と、カーボンクレジットという新たな収益源を見つけた途上国とのニーズがマッチした形で、アフリカでのカーボンクレジット創出がより活発化しています。

特に、ジンバブエは、気候変動枠組条約の下で合意された、途上国の森林から温室効果ガスの排出を減らすための仕組みである「REDD+」において、世界2位のカーボンクレジット取引規模を持つとされています。また、2023年1月には、サブサハラアフリカの小規模農家向けに農業資材のファイナンスと農業のDX促進を行う日本の「Degas(デガス)株式会社」が、アフリカの食糧危機と気候変動問題を同時に解決するために10億円の資金調達を実施したことが明らかになり、約15,000軒が参画する農家ネットワーク「Degas Farmer Network」を活用して、アフリカ最大のカーボンクレジット創出を目指すことを発表しました。

このように、2023年は特にアフリカでもカーボンクレジットをめぐる新たな動きが始まっており、今後のアフリカの経済的な救世主になるのではとみられています。

4.まとめ

2023年はカーボンクレジットをめぐるインフラがより整備されたほか、各方面での規定も強化されることとなりました。これによって、今後はより透明性および信頼性の高い、質の良いクレジットのみが流通するとみられており、炭素削減目標に向けてさらに効率的な取り組みが行われることが予想されます。また、元々は温室効果ガスの排出による気候変動の影響を大きく被っていたアフリカ諸国においても、カーボンクレジットの仕組みを用いることで新たな収入源を獲得しており、先進国のサポートのもと、今後、クレジットの創出規模はさらに拡大していくとみられています。

【参照記事】Voluntary Carbon Market Rankings 2023
【参照記事】A Look Back at 2023: Setting the Stage for COP28
【参照記事】A look at the 2023 voluntary carbon market
【参照記事】Carbon Markets Update – Q3 2023
【参照記事】ICVCMによるカーボン・クレジットの新基準の公表について
【参照記事】ICVCMとは?カーボンクレジット市場の質の保証につながる基準となるか
【参照記事】サステナビリティ(環境・資源・エネルギー・ESG・人権)炭素市場の十全性を確保するための国際的な原則等策定の動向
【参照記事】CoPリリースされました
【参照記事】気になるカーボンクレジットの国際動向
【参照記事】G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合
【参照URL】G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合
【参照記事】US regulator seeks whistleblower tips on carbon markets misconduct
【参照記事】EU、商品宣伝の規制強化
【参照記事】ISSB、サステナビリティ基準の最終版を公表
【参照記事】Voluntary Carbon Market Update 2023 – H1: A Period of market consolidation
【参照記事】アフリカで初「第1回アフリカ気候サミット」開幕 開発途上国で開かれる意味は?
【参照記事】カーボンクレジットはアフリカの経済的な救世主となるか
【参照記事】Degasがアフリカの食糧危機と気候変動問題を同時に解決するために、10億円の資金調達を実施し脱炭素事業へ進出

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12