中国の国家主要研究開発プロジェクトであるカーボン・クレジット取引に関する実証実験とは

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今回は、中国企業が主導するブロックチェーン技術を用いたカーボン・クレジット取引とカーボン・ニュートラル管理の実証実験について、一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. 北京電力交易センターとは
    1-1.北京電力交易センターの概要
    1-2.北京電力交易センターの事業内容
  2. 国家電網とは
    2-1.国家電網の概要
    2-2.国家電網の事業内容
  3. カーボン・クレジット取引に関する実証実験とは
    3-1.実証実験の概要
    3-2.実証実験の目的
  4. 実証実験の実施内容
    4-1.5つのトピック
    4-2.今後の展開
  5. まとめ

2023年3月22日、中国最大の電力配送企業「国家電網(国网数字科技控股有限公司)」が、北京電力交易センター(北京电力交易中心有限公司)の指導のもと、ブロックチェーン技術を用いたカーボン・クレジット取引とカーボン・ニュートラル管理の実証実験を開始しました。この実証実験は、中国の国家主要研究開発プロジェクトの一つとされています。

北京電力交易センターは、政府が承認した規制および市場規則に従って電力取引サービスを提供する企業です。この国家主要研究開発プロジェクトが始動したことで、中国だけでなく世界中から注目を集めています。

今回の記事では、このカーボン・クレジット取引に関する実証実験について詳しく解説していきます。

1.北京電力交易センターとは

1-1.北京電力交易センターの概要

Carbon credit

「北京電力交易センター(北京电力交易中心有限公司)」は、2016年3月1日に運営を開始した電力取引を手掛ける企業です。非営利団体である同センターは、政府によって承認された規制や市場規則に従って電力取引サービスを提供しています。

設立以来、北京電力交易センターはオープンで透明性の高い電力取引プラットフォームの構築に努め、法規制に従った標準化された信頼性が高く効率的な高品質の電力取引サービスを提供してきました。さらに、市場志向の運営を実践し、マルチレベルの電力取引システムの構築と電力資源の最適配分を推進しています。そして、クリーンで低炭素なエネルギー転換を促進することで、「3060ダブルカーボン」の目標達成に取り組んでいます。

3060ダブルカーボンは、中国が2020年から掲げている脱炭素政策で、中国語では「双炭」と呼ばれています。この政策では、2030年までに「カーボンピークアウト」により温室効果ガス排出量を減らし、2060年までに排出量ゼロである「カーボンニュートラル」を目指しています。

北京電力交易センターは、3060ダブルカーボン達成に向けた積極的な取り組みを進めており、今回の実証実験を通じて、その動きがさらに加速されることが期待されています。

1-2.北京電力交易センターの事業内容

北京電力交易センターの主な事業内容は、電力取引プラットフォームの構築、運営、管理、中長期市場取引の組織化などです。さらに、決済基盤の構築、市場参加者の登録・管理、相場情報の開示も行っています。

具体的には、自社が運営する電力取引プラットフォームで電力の買い手と売り手をつなげることを主な業務としています。電力需要側の企業や個人と電力供給側の発電企業や送電企業は、プラットフォーム上の取引ルールに従って、スムーズな取引を行えます。

また、北京電力交易センターでは取引に必要な情報提供、技術サポート、監視・監督などの業務も行っており、クライアントは電力取引に関する包括的なサービスを受けられます。

さらに、北京電力交易センターは、事務局(理事会室)、調査室、マーケティング部(市場運営委員会事務局)、市場取引部、新エネルギー取引部、決済部、技術部、コンプライアンス部門、金融資産部門で構成されています。それぞれの部門が高い専門性を持ち、センター全体でワンストップの包括的なサービス展開を実現しています。

2.国家電網とは

2-1.国家電網の概要

State grid

「国家電網(国网数字科技控股有限公司)」は、2016年1月に設立された北京市を拠点とする中国の国有企業です。国家電網はデジタル技術を活用し、エネルギー産業のデジタル化を推進することを目的としています。そのため、電力通信、データセンター、クラウドコンピューティング、ブロックチェーンなどの分野に特化したサービスを提供しています。また、イノベーションと人材育成に力を入れ、デジタルエコシステムの構築を通じて、クライアントのビジネス価値向上を目指しています。

国家電網は国有企業として大規模で、2023年4月時点でのサービス提供エリアは中国国内の33行政区に及び、登録ユーザー数は約2億4,000万人を超えています。これにより、国家電網は中国を代表する大企業の一つとなっています。

さらに、国家電網はエネルギー効率向上や環境保護などの取り組みにも積極的で、持続可能な社会実現に向けたプロジェクト展開を行っています。気候変動や環境問題、社会問題が世界中で注目される中、これらの問題の早期解決に努めています。

2-2.国家電網の事業内容

国家電網の主要な事業内容は以下の通りです。

電力取引

国家電網は電力関連の包括的なサービスを提供しており、公共料金支払いや電力のEコマースなどを扱うクラウド型プラットフォームを展開しています。さらに、「エネルギー産業クラウドネットワーク」というプラットフォームも構築し、エネルギー生産、設備製造、エネルギー消費という3つの主要分野を対象に、一連の業務プロセスを提案しています。

エネルギーとフィンテック

国家電網はエネルギーとフィンテックを組み合わせたサービスを提供し、企業の電気料金支払いに焦点を当て、信用融資と電気料金支払いを統合した包括的なサービスを実現しています。また、電力需要家の信用状況を総合的かつ客観的に分析・評価し、金融機関や電力会社に対して信用調査結果を提供しています。

エネルギーとデジタルテクノロジー

国家電網はAIやブロックチェーンなどの先端技術を活用した信頼性の高いサービスを提供しています。専門家と技術者からなるコアチームを構成し、最先端のテクノロジーとコア機能を備えたサービスを展開しています。主なサービスには、電力データに基づく地域規制分析やビッグデータ関連技術サービスなどがあります。

さらに、国内最大のブロックチェーン技術を活用したエネルギー公共サービスプラットフォーム「State Grid Chain」を構築し、3060ダブルカーボンとエネルギーのデジタルトランスフォーメーションに向けた包括的なサービスを提供しています。これにより、作業の透明性が向上し、効率化が実現されています。

国家電網はブロックチェーンを用いた統合イノベーションを推進し、中国国内のデジタル経済の発展とグリーンで低炭素なエネルギー産業の拡大をサポートしています。

3.カーボン・クレジット取引に関する実証実験とは

3-1.実証実験の概要

前述したように、2023年3月22日に国家電網は、北京電力交易センターの指導のもと、ブロックチェーン技術を活用した信頼性の高いカーボン・クレジット取引とカーボン・ニュートラル管理の実証実験を開始しました。これは国家レベルで重視されるブロックチェーン領域の主要プロジェクトの一つです。

このプロジェクトの目的は、ブロックチェーン技術やその他の最先端技術を用いて、効率的で信頼性の高い温室効果ガス排出量の監視や計算、および取引システムを構築し、温室効果ガス排出量の正確な把握と削減を実現することです。

具体的には、北京、天津、河北地域や揚子江デルタ地域でシステムの監視とデモンストレーションが行われる予定です。また、北京と江蘇省では、行政レベルが国家に相当する4つの地域を選び、カーボン・ニュートラル管理に特化したアプリケーションを運用することになっています。

実証実験の期間は3年間とされており、プロジェクトのキックオフミーティングには、「産業情報化部産業発展促進センター(MIIT)」などから60人以上の業界専門家や技術指導者が参加していると報じられています。これからの展開が注目されています。

3-2.実証実験の目的

近年、温暖化問題が深刻化する中で、温室効果ガスの排出削減が求められており、特にカーボン・クレジット市場が注目を集めています。カーボン・クレジット市場とは、企業や国が温室効果ガスの排出削減を達成することでクレジットを取得し、それを取引できるマーケットを指します。これは温室効果ガス削減のための革新的なシステムとされ、世界中で普及が進んでいます。

しかし、カーボン・クレジット市場はいくつかの課題も抱えています。特に、取引の透明性に関する問題が懸念されています。排出削減に対するクレジット取引は、国や企業に経済的利益をもたらすことがありますが、市場が不透明であると、不正行為が起こりやすくなり、取引プロセスの監視体制が求められます。また、排出量の測定や認証の問題も存在します。温室効果ガスの排出量を正確に測定し認証するのが困難な場合、不正行為が生じる可能性があります。さらに、排出削減効果が正確に測定されないと、報酬に不公平が生じることもあります。その他、クレジットの二重計上(ダブルカウント)のリスクなど、解決すべき課題がいくつか存在している状況です。

そこで、国家電網と北京電力交易センターは、ブロックチェーンやその他の先端技術を活用してカーボン・クレジット市場の課題を解決することを目指し、実証実験を開始しました。次の項で詳しく解説しますが、今回の実証実験ではブロックチェーン技術を活用して、クレジットの追跡可能性や温室効果ガス排出量の監視、計算、および取引システムの構築などを行うことで、経済的かつ実用的な高度な技術を提供し、中国国内のカーボン・クレジット市場のインフラを構築します。

4.実証実験の実施内容

4-1.5つのトピック

報道によれば、今回の実証実験には主に5つのトピックが設定されています。

詳細は明らかにされていませんが、カーボン・クレジット市場をよりオープンで透明性の高いものにするため、効率的で信頼性のある温室効果ガス排出量の監視、計算、および取引システムの構築が目指されています。さらに、正確な温室効果ガス排出源と排出状況の把握・管理を通じて、各行政区や企業がエネルギー資源の循環プロセスを最適化し、確実に炭素削減目標を達成できる環境を実現することが目的となっています。

これらを達成するために、ブロックチェーン技術などの先端デジタル技術を用いて、各地域の温室効果ガス排出量の識別と追跡可能性を確保し、低コストのアクセス認証や炭素データの正確な算出を実現したい考えです。さらに、再現性とスケーラビリティのあるソリューションやアプリケーションの調査・開発を行い、中国だけでなく世界基準で利用できる業界標準を形成し、政府や企業にブロックチェーンをベースとした信頼性の高いカーボン・クレジット取引環境とカーボン・ニュートラル管理のデモンストレーション・アプリケーションを提供するとしています。

4-2.今後の展開

国家電網と北京電力交易センターは、今後の展開としてキックオフミーティングを活用し、リソースの投入を継続的に増やすことでプロジェクトの実施を高水準かつ高品質で促進します。また、優れた技術研究チームを組織し、より良い科学的研究を実施することを目指しています。

エキスパートで構成される技術研究チームによって、プロジェクトの成果を確実にすることで、新たな電力システムの構築やエネルギー消費構造のグリーン化・低炭素化を実現し、国家の3060ダブルカーボン目標達成に寄与することを目指しています。

5.まとめ

2023年3月22日に開始された、国家電網と北京電力交易センターが主導するブロックチェーン技術を基盤とした信頼性の高いカーボン・クレジット取引およびカーボン・ニュートラル管理の実証実験は、中国国内のカーボン・クレジット市場インフラの構築に寄与することが期待されています。

近年、世界中でカーボン・ニュートラルへの取り組みが進められている中で、今回の実証実験は、ブロックチェーン技術を活用したクレジットの追跡可能性や取引システムの構築が、中国国内のカーボン・クレジット市場発展に大きな影響を与えることが予想されます。中国のブロックチェーン情報は入手しにくいものの、技術革新が急速に進んでいる国であるため、その動向は今後も注視しておくことが重要です。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12