今知っておきたい!カーボンクレジット価格動向と環境対策プロジェクト

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。

目次

  1. J-クレジットとは
    1-1.J-クレジットの概要
    1-2.J-クレジット誕生の背景
  2. J-クレジットの特徴
    2-2.多岐にわたる用途
    2-3.企業の環境貢献
    2-4.価格変動
  3. 相対取引における価格動向
    3-1.相対取引とは
    3-2.相対取引における価格動向
  4. 入札販売における価格動向
    4-1.入札販売とは
    4-2.再エネ発電
    4-3.省エネ他
  5. J-クレジットの今後の予測
    5-1.全体的に上昇傾向
    5-2.東京証券取引所のカーボン・クレジット市場
  6. まとめ

「J-クレジット」とは、日本国内における温室効果ガス(GHG)削減に焦点を当てた取引可能なカーボンクレジット制度の一つです。この制度は、企業や団体が温室効果ガスの排出を削減し、それに対するクレジットを取得することによって持続可能な環境への貢献を促進するために設立されました。近年では、日本政府が2050年までに温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、排出量を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言するなど、脱炭素社会へ向けた動きが活発化しており、J-クレジットにもますます関心が集まっています。

そこで今回は、日本のJ-クレジットについて、その概要や価格動向、また今後の予測などを詳しく解説していきます。

1.J-クレジットとは

1-1.J-クレジットの概要

「J-クレジット」とは、2013年4月よりスタートした、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量削減に向けた国の取り組みのことを言います。

具体的には、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用による温室効果ガスの排出削減量や、適切な森林管理による吸収量を「クレジット」として国が認証する制度のことで、日本国内の企業や団体による削減活動を支援し、国内および国際的な排出削減目標に貢献することを目的としています。J-クレジットを介して発行されたクレジットは他の企業などに対して販売することが可能なため、企業はこれまでよりもさらに柔軟な方法で削減に向けた取り組みを行うことができるようになりました。

J-クレジットは、国内のクレジット制度とオフセット・クレジット(J-VER)制度が発展的に統合した制度と位置付けられており、経済産業省・環境省・農林水産省によって運営が行われています。

オフセット・クレジット(J-VER)とは、2008年11月に創設された制度で、国内において実施される温室効果ガス排出削減および吸収プロジェクトによって実現された排出削減や吸収量を、環境省がカーボン・オフセットに用いるクレジットとして認証する制度のことを指します。そして、J-クレジット制度ではこれらの国内におけるクレジット制度をまとめることによって、誰もが分かりやすく利用しやすい制度の確立を目指しており、現在世界的に対策が急がれている気候変動問題などに寄与することを推進しています。

1-2.J-クレジット誕生の背景

J-クレジット誕生の背景には、日本が気候変動対策を強化し、国内のみならず国際的な温室効果ガス削減目標に貢献する必要性が高まっていることがあります。具体的には、前述した「2050年カーボンニュートラル」や「パリ協定」の存在が挙げられます。

2050年カーボンニュートラルとは、2020年10月に菅元内閣総理大臣が所信表明演説において宣言した声明のことを指し、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すという内容になっています。具体的には、各企業や自治体などが温室効果ガスの排出量削減に取り組んだ上で、それでもどうしても排出せざるを得なかった排出量については、それに相当する量を「吸収」または「除去」することによって差し引きゼロを目指すというものです。日本国内では、この宣言が行われて以来、各企業などによる積極的な削減努力が行われており、脱炭素に向けた取り組みは今や企業の価値を評価するにあたっても重要な要素となっています。

また、世界的な削減目標としては、2015年の「国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)」において採択され、その後の2016年に発効した気候変動問題に関する国際的な枠組みである「パリ協定」があります。このパリ協定では、世界共通の長期目標として「世界的な平均気温上昇を産業革命以前 に比べて2Cより十分低く保つとともに、1.5Cに抑える努力を追求すること」 が掲げられているほか、長期目標の達成に向けて、2023年以降、5年ごとに世界全体の進捗を確認することも定められました。

このように、日本国内のみならず世界中で温室効果ガスの削減が急がれており、こうした状況のもと、日本はJ-クレジット制度を導入することによって温室効果ガスの削減を推進し、国際的な気候変動対策に貢献する仕組みを整備したというわけです。なお、現在はこの制度を通して日本国内の企業や組織が気候変動対策に積極的に取り組んでおり、サスティナブルな未来に向けて一歩一歩着実なステップが刻まれています。

1-2.J-クレジット誕生の背景

2.J-クレジットの特徴

企業は、J-クレジット発行のために省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの活用を行うことで、ランニングコストの低減や、クリーンエネルギーの導入を図ることが可能です。また、設備投資の一部をクレジットの売却益によって補うこともできるため、投資費用の回収やさらなる省エネ投資に活用できるというメリットがあります。

2-2.多岐にわたる用途

J-クレジットによって創出されたクレジットは、温室効果ガスの排出量を相殺して埋め合わせる「カーボン・オフセット」のほか、「企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)」など、多岐にわたる用途に活用されています。また、企業の環境への取り組みの一環として、サスティナブルなビジネスモデルの促進にも寄与するなど、企業にとって重要な要素となっています。

2-3.企業の環境貢献

企業は自主的な温暖化対策に取り組み、温室効果ガスの排出削減や吸収プロジェクトを実施してJ-クレジットを取得することによって、積極的に環境保護を行う企業や団体として対外的にプロモーションを行うことが可能です。また、企業内におけるサスティナブルなビジネスモデルの構築促進も期待できるなど、環境への配慮と経済的な利益を結びつけることで良い循環が生まれると考えられています。

さらに、J-クレジット制度に参加することで省エネの取り組みが具体的な数値として見える化できるため、社内におけるメンバーの取り組み意欲向上や意識改革にもつながることが期待できます。

2-4.価格変動

J-クレジットは主に、売り手と買い手が直接的に価格や数量などについて合意する「相対取引」と買い手が希望の購入量や価格を提出する「入札販売」の2つの方法で売買されます。そのため、J-クレジットには定価が設定されておらず、相対取引や入札販売における取引状況に応じてその価格が変動するという特徴があります。つまり、J-クレジットの市場価格は比較的変動しやすいと言うことができ、企業にとってリスクとなるケースもゼロではありません。

3.相対取引における価格動向

ここからは、実際のJ-クレジットの価格動向について、詳しく解説していきます。

3-1.相対取引とは

前述した通り、相対取引とはクレジットの売り手と買い手が直接的に価格や数量などについて合意して取引する方法のことを指します。

J-クレジットでは基本的にこの相対取引が用いられており、公式ウェブサイトの「売り出しクレジット一覧」において現在売り出されているクレジットの「希望売却価格(税抜)(円/t-CO2)」を確認することができるプロジェクトもありますが、なんせ売り手と買い手が直接的にやりとりして売買するため、実際の取引価格や量はなどは正確に把握できないケースが多くなっています。

3-2.相対取引における価格動向

相対取引については、「省エネルギー等分野」、「再生可能エネルギー分野」、「工業プロセス分野」、「農業分野」、「廃棄物分野」、「森林分野」という方法論別にプロジェクトを検索することが可能となっています。

そしてここでは、2023年9月現在で売却希望価格が公表されている様々なエコプロジェクトの価格状況をご紹介します。

省エネルギー等分野

  • 情報なし(価格非公開)

再生可能エネルギー分野

  • 例)山梨県南アルプス市において、公共施設での水力発電設備の導入が計画されています。売却希望価格は、12,000円/t-CO2(税抜)です。購入手数料は、550円(税込)となっています。

工業プロセス分野

  • 現在、情報なし(売り出し中のクレジットなし)

農業分野

  • 現在、情報なし(売り出し中のクレジットなし)

廃棄物分野

  • 現在、情報なし(売り出し中のクレジットなし)

森林分野

  • 例1)北海道標津郡中標津町では、町有林での森林経営活動が行われています。価格は、11,000円/t-CO2(税抜)です。
  • 例2)長野県では、南佐久郡小海町、諏訪郡下諏訪町、佐久市、下伊那郡阿智村で、県有林での森林経営活動が進行中です。こちらの価格は、15,000円/t-CO2(税抜)となっています。
  • 例3)岐阜県では、本巣市、海津市、垂井町、池田町、揖斐川町、美濃市、郡上市、美濃加茂市、八百津町、白川町、東白川村、高山市で、分収造林を含む森林経営活動が実施されています。売却希望価格は、8,000円/t-CO2(税抜)です。購入量によっては1t-CO2あたりの単価が割引になる可能性があります。また、市場価格の変動に伴い、価格が変更される可能性があります。

これらの情報を基にすると、現在の価格レンジはおおよそ8,000円/t-CO2から15,000円/t-CO2となっています。

4.入札販売における価格動向

4-1.入札販売とは

前述した通り、入札販売とはクレジットの買い手が希望の購入量や価格を提出する販売方法のことを指します。J-クレジットではおおよそ半年に1回、大口活用者向けに入札販売を行っており、これまでにすでに14回の実施実績があります。

また、再エネ発電由来のクレジットがCDP質問書に報告可能になり、需要家の注目を集めていることから、第4回の入札販売以降は「再エネ発電」と「省エネ他」に分けて販売されています。なお、CDP質問書とは、ESG投資を行う機関投資家やサプライヤーエンゲージメントに熱心な大手購買企業の要請に基づいて、企業の環境情報を得るために送付される質問書のことを指し、近年では企業の環境への取り組みを測る指標として、全世界的に影響力を強めています。

4-2.再エネ発電


上の図は、J-クレジット制度事務局が2023年9月に公開した資料から引用したものですが、再エネ発電の落札価格の平均値はここ数年、上昇傾向にあることが見てとれます。特に、2016年に実施された最初のJ-クレジットの入札価格が500円台だったことをとっても、価格の上昇幅はかなり大きいと言うことができるでしょう。

下記は、これまでの価格推移をまとめたものです。

第〜回 開催時期 販売量 平均販売価格
14 2023年5月 259,721トン 3,246円/トン
13 2022年4月 200,000トン 3,278円/トン
12 2022年1月 250,000トン 2,995円/トン
11 2021年4月 200,293トン 2,536円/トン
10 2021年1月 250,000トン 2,191円/トン
9 2020年6月 200,000トン 1,887円/トン
8 2020年1月 200,000トン 1,851円/トン
7 2019年4月 200,000トン 1,801円/トン
6 2019年1月 200,000トン 1,830円/トン
5 2018年4月 400,000トン 1,724円/トン
4 2018年1月 400,000トン 1,716円/トン

この資料を見ると、特に第9回以降、その入札価格が上昇していることが窺えます。これは、2020年10月に菅元内閣総理大臣が所信表明演説において「2050年カーボンニュートラル」を宣言したことから、温室効果ガス削減に向けた取り組みに一気に関心が集まったことなどが理由として考えられます。

また、直近の第14回については、第13回入札と比べてその平均販売価格がわずかに下がったものの、ほぼ横ばいと言ってよい結果となりました。

4-3.省エネ他

下記は、これまでの省エネ他についての価格推移をまとめたものです。

第〜回 開催時期 販売量 平均販売価格
14 2023年5月 41,410トン 1,551円/トン
13 2022年4月 100,000トン 1,607円/トン
12 2022年1月 24,305トン 1,574円/トン
11 2021年4月 100,000トン 1,518円/トン
10 2021年1月 100,000トン 1,500円/トン
9 2020年6月 0トン 落札なし
8 2020年1月 40,000トン 1,473円/トン
7 2019年4月 50,000トン 1,506円/トン
6 2019年1月 50,000トン 1,602円/トン
5 2018年4月 100,000トン 1,395円/トン
4 2018年1月 100,000トン 1,148円/トン

これを見ると、省エネ他は再エネ発電と比較してそこまで伸びが良くないことが分かります。これについては、省エネの活用範囲が限られていることなどが理由として考えられます。再エネ由来については、「CDP質問書での報告」や「SBTでの報告」、「RE100での報告」などでの活用が可能となっており、利用用途がさまざまであるのに対して、省エネに関しては現在、上記の項目では利用できないため、まだまだ活用シーンが多くないという懸念があります。

5.J-クレジットの今後の予測

5-1.全体的に上昇傾向

前述した通り、クレジット価格は全体的に上昇傾向にあり、特に再エネ発電分野については今後も徐々に上がっていくと見られています。一方で、省エネ他についてはまだまだその用途が限られていることから、今後活用できる場が広がらない限りはこれまでと同様、ほぼ横ばいの推移が続いていくのではと予測されます。

5-2.東京証券取引所のカーボン・クレジット市場

東京証券取引所は、2022年度の実証事業の結果を踏まえつつ、取引所としての日本のカーボン・プライシングへの貢献の観点から、2023年10月を目途として正式にカーボン・クレジット市場を開設することを明らかにしました。そして、ローンチに先駆けて、カーボン・クレジット市場設立に向けたテクノロジー面での課題の検討を目的として、売買区分の見直しなどの機動的な実証実験が実施されました。

この実証実験では、2022年9月~23年1月の期間においてJ-クレジットの市場機能に関する取引実証が実施され、その中で11月から実証の一環として、J-クレジットが計9回販売されました。また、実証には183者の企業および地方公共団体などが参加し、実証期間中の売買高は合計でおよそ15万t-CO2、売買代金はおよそ3億円に上りました。さらに、期間中のクレジット種別取引価格は、省エネが800~1,600円、再エネが1,300~3,500円、森林が10,000~16,000円となり、加重平均価格は省エネが1,431円、再エネが2,953円、森林が14,571円となりました。

6.まとめ

「2050年カーボンニュートラル」などを背景として、現在日本国内では政府が認証するJ-クレジットに関心が集まっています。実際、クレジットに対する需要が日に日に高まっていることからその取引価格も上昇傾向にあり、今後はさらに高騰していくのではと予想されています。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12