ニュージーランド政府は10月22日、気候変動報告制度の適用基準を大幅に緩和し、上場企業の時価総額要件を従来の6,000万ニュージーランドドルから10億ニュージーランドドルに引き上げると発表した。スコット・シンプソン商業・消費者問題担当大臣は、企業の上場促進と実務的な排出削減への投資を両立させるための「常識的な変更」であると説明した。ニュージーランドは2021年に世界で初めて気候関連財務情報開示を義務化した国だが、過度な規制が企業の上場意欲を削ぎ、資本市場の活力を損なう要因となっていたことから、制度の見直しに踏み切った。
同国政府によると、これまで気候変動報告の義務化により、一部の企業では最大200万ニュージーランドドルもの規制対応コストが発生していた。シンプソン大臣は、企業がこうした費用を電気自動車の導入など実際の排出削減対策に振り向けることができるよう、制度を再設計したと説明している。ニュージーランド証券取引所(NZX)では、2020年以降34社が新規上場(うちIPOは6社)した一方で、37社が上場廃止となっており、気候変動報告を含む規制負担が上場の障壁となっているとの指摘があった。今回の改革では、気候変動報告の閾値引き上げに加えて、投資信託などのマネージドファンドを報告対象から除外することも決定された。
気候変動報告を巡る国際的な動向を見ると、欧州では2024年1月から企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が段階的に適用開始され、第三者保証の義務付けなど高度な品質要求が課されている。ただし、2025年2月に欧州委員会が発表した「オムニバス法案」により、適用対象企業の基準引き上げや適用時期の延期、報告要件の大幅な簡素化が提案されており、企業負担の軽減に向けた調整が進められている。米国では2024年3月に証券取引委員会(SEC)が気候関連開示規則を採択したものの、複数の訴訟が提起され、同年4月に規則の施行を一時停止した。2025年1月のトランプ政権発足後、SECは気候変動開示規則に関する訴訟の停止を申し立て、事実上規則の廃止に向かっており、共和党支持州を中心とした反ESGの動きが具現化している。日本では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月5日に国際基準と整合的な開示基準を確定・公表した。金融庁は、2027年3月期から時価総額3兆円以上の企業への適用を開始し、その後2028年3月期には時価総額1兆円以上、2029年3月期には時価総額5,000億円以上の企業へと段階的に拡大する予定である。
気候変動報告は、金融安定理事会(FSB)の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が2017年に最終提言を発表して以降、世界的に広がった。TCFDは2023年に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)に引き継がれ、統一的な開示基準の策定が進められている。一方で、企業の負担軽減と市場活性化のバランスをどう取るかは各国共通の課題となっており、ニュージーランドの今回の制度見直しは、世界に先駆けて義務化を実施した国が、実践を通じて得た教訓を反映した軌道修正と言える。今後、他国の制度設計にも影響を与える可能性がある。
【参照記事】Commonsense changes to boost capital markets
HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム
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